第13話

 活気溢れる。


 そんな言葉が似合う場所。


 歩けば香ばしい匂いが誘惑し、童話に出てくるような煌びやかな服や装飾品が並んでいる。


 他にもゲームならではの武器屋、道具屋、魔石屋なんてものもある。


 この大地で最も発展した称号に相応しい光景が、そこに広がっていた。


「ここが王都。実際に見ると想定以上ね」

「俺もだ。画面越しじゃわからない世界だったな」


 大きな道を馬車に揺られながら進む。


 騎士の帰還に周りからは賞賛の声がする。


 おそらく聖剣と同時に、聖剣使いが見つかったことが知れ渡っているのだろう。


「紛らわしいわ。勇者でよくないかしら」

「一応勇者は聖女に認められる儀式が必要なんだ。歴代でも聖剣使いになったが、魔王に挑めずに終わる人間が多々いた。そいつらを勇者とは呼べないだろ?」

「そういうことね」


 カナがかなり常識的なことを知らない事に驚いたが、よく考えればこの世界に来てまだ一年しか経っていない。


 得る知識は全て本の中であり、偏りが生まれるのも納得だ。


「一年……か」


 俺はこれまでの時間を思い出す。


「早いな、時の流れは」

「大丈夫おじいちゃん。ご飯はさっき食べたでしょ?」

「食ってねぇよ」

「ボケてるわね。しょうがないから私が一生面倒みてあげるわ」

「誰が認知じゃコラ」


 王都に来てもカナの毒舌は相変わらずらしい。


 馬車に揺らされ二日。


 恐怖の一日も、今では遠い過去のような気がしてきた。


「到着しました。ここが皆さんが一時期滞在する宿屋です」


 馬車を降りると、目の前にはかなり上等な宿泊施設があった。


「お母さんこんな凄いところ泊まるの初めて」

「母さんが初めてなら俺も初めてだよ」


 村の面々にとって、やはり王都の生活は刺激が強いようである。


 目を丸くしてこんな場所に泊まって大丈夫なのかと慌て出す程だ。


「慣れないとは思いますが、我々の方で皆さんの待遇を決定するまで少々お待ち下さい。あぁご安心を。おそらくですが、かなり良い報告が待ってると思いますので」


 そのまま騎士の一人が場所に乗り込み、俺らは半ば放置される形で取り残された。


「なんだか騎士さん達忙しそうね〜。お母さん心配」

「そりゃ、これから国が大きく変わるんだか大変だろうよ。それより母さん、部屋見に行こうぜ」


 戸惑う母の手を引き、俺は施設へと足を入れた。


 後ろからルナの視線が刺さるが、放っておこう。


「ようこそ始まりの村の皆様。お辛い経験をされたとお聞き致しております。どうか、当店でその苦労を癒して下されば本望です」


 中に入ると、笑顔のスタッフが丁寧な挨拶をする。


 かなり手厚い歓迎だ。


「勇者を生んだ村。下手なことすれば印象がどうなるか分かったものじゃないって感じね」

「だから言わなくていいんだよ、そういうこと」


 カナは裏の工作を感じ、どこか不機嫌そうにする。


 こういう大人の汚い部分嫌いだろうなぁ。


「悪い、疲れてるんだ。早速部屋を教えてもらっていいか?」


 俺は早く部屋に引きこもりたいため、申し訳ないが従業員を急かす。


「配慮が足らず申し訳ございません。お部屋はいくらでもご用意できますが、ご家族で利用されますか?」

「はい。シェイドちゃんとカナちゃんもそれでいい?」

「「嫌」」

「えぇ!!」


 母さんが悲鳴じみた声を上げる。


「お母さん、二人に嫌われちゃった……」

「「それは違ーー」」


 声が重なる。


「……どうぞ」

「じゃあありがたく」


 カナは母さんの手を取り


「メーシャさんもいつもシェイドの面倒を見て疲れてるでしょ?こんな辛いことがあった後、メーシャさんには楽しむ時間があってもいいと思うわ」

「ううん。お母さんは二人と一緒にいて辛いなんて思ったことないよ?」


 ちなみにメーシャは俺の母の名前である。


「ありがとう。でも、今くらいメーシャさんも休んで。私達はメーシャさんが少しでも疲れをほぐしてくれることが一番嬉しいの。私のお願い、聞いてくれないかしら」


 カナはお得意の我儘お姫様を発動する。


 母もカナのパワーに押されているようだ。


「う〜、カナちゃんがそこまで言うなら、お母さん少しダラダラしてもいいかな?」

「すべきよ。むしろ頑張り過ぎ。お世話になってるのだから、これくらいの心配してもバチは当たらないでしょ?」

「うぅ……カナちゃん!!」


 ギュッとカナを抱きしめる。


 カナもどこか照れ臭そうにその抱擁を受け入れる。


 そして実の息子である俺は蚊帳の外になっていた。


「すみません。やっぱり別々でいいですか?」

「もちろんです。親子の愛に、私達も涙腺が崩壊しそうでした」


 本当に涙を流しながら、三人分の鍵を渡す仕事っぷり。


 この人プロだ。


「どう?」

「完璧」


 俺はカナから鍵を受け取り、自身の部屋に向かう。


 母さんがいては悪巧みが出来ないからな。


 ま、さっきの言葉が嘘というわけでもないがな。


「じゃあお母さん、マッサージの場所があるから行ってくるね〜」


 母さんは部屋に着く前に、目に入った美容コーナーに行った。


 ホント気分屋である。


「じゃあ一時間したら俺の部屋に来てくれ」

「分かったわ」


 俺らは別々の部屋に入った。


 中は案の定、どこかの高級ホテルかのようである。


 テレビなどの現代的娯楽はこの世界にはないが、机を漁ればトランプなどが出てくる。


 この世界基準でいえば、トップレベルの施設なのだろう。


「こんな場所で休める機会、二度とないだろうな」


 俺は少し童心に戻り、ベットに飛び込む。


「ふぉおおお」


 吸い込まれるような弾力に、思わず変な声が出る。


 さすがゲーム世界。


 謎技術で現実よりも遥か上をいく気持ちよさだ。


「あ……これやば……」


 気を失うように、俺は眠りの世界へと誘われた。



 ◇◆◇◆



 焼けた大地が広がっていた。


 空には、絶望的なまでの恐怖が何度も少年の上を通り過ぎる。


「お母さん……助けてお母さん……」


 少年は泣きながら、何度も母親の名前を呼ぶ。


 だがその姿は見えない。


 何故なら少年の母親は既に


「もう生き残りの人間はいないよな?」

「分からん。人間のことだ。どこかに隠れているかもしれない」

「ま、そいつらもこの火の中じゃ生きていけないだろ」

「それもそうだな」


 二匹の魔族が少年の前を通り過ぎる。


 少年は息を殺す。


 奴らは耳も、目も、鼻も利く。


 バレれば命はないだろう。


「それにしても聖剣、無かったな」

「魔王様あるあるだな。俺らは人間殺せるから万々歳だけど」


 魔族が少年の近くで会話を始める。


「お前は人間をどう殺すのが好きだ?」

「やっぱ爪で串刺しにするのが好きだな。そのまま焼いて食えるからよ」

「いい趣味だな。俺はやっぱ生きたまま生でが一番だ。あいつらの悲鳴が耳辺りいいんだ」


 魔族の話す言葉が少年には理解出来なかった。


 魔族と人間の差は、見た目以上に大きいもので溢れていた。


 少年は恐ろしくなり、つい体を動かしてしまう。


「ん?」

「今」

「ぃ!!」


 魔族がドンドン近付いてくる。


 そして少年の目の前には、赤い瞳を覗かせる化け物が姿を見せた。


 命のカウントダウンが迫る。


「人間の子供、まだ生きてたか」

「今日の晩飯が決まったな」


 少年は声にならない叫び声を上げた。


 逃げようとしても、体がいうことをきかない。


 そもそも魔族から逃げるなど不可能である。


「助けてお母さん!!オ、オイラまだ死にたくない!!」


 ヘラヘラと笑う魔の手が、少年へとゆっくりと伸びる。


 少年が死を覚悟した瞬間、魔族の手は切り落とされる。


 そして


「生きていてくれてありがとう、少年」



 ◇◆◇◆



 コンコン


「ん?……あぁ、カナか」


 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 今日からこれを人をダメにするベットと名付けよう。


 俺は眠い目を擦り、外を確かめもせずドアを開ける。


 そして、俺の眠気が一瞬で吹き飛んだ。


「……どうしてここにいる」


 扉の先には、モデル顔負けのスタイルをした銀髪の女性。


 騎士団最強の名を冠するバーサーカーこと


「アイギス」

「やぁ少年。少しお話ししないか?」


 アイギスは屈託のない笑顔を見せた。

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