第12話

「せ、聖剣ですか!!」

「ああ」


 アイギスは部下にオースを見せる。


 オースも未だに目覚めないが、その手は未だに聖剣を握り続けている。


「確かにこの見た目、感じる魔力、そして圧倒的存在感。証拠はこれでもかと揃っていますね」

「おい。私が聖剣と言った言葉を信じろ」

「すみません。アイギス隊長は最強ですが、最強にバカですので」

「ノックス。少し私と模擬戦でもしないか?」

「すみません許して下さい後生ですので」

「次舐めた口聞いたら斬るからな」


 アイギスは少し怒りながら、ベットに眠る二人を見る。


 ルナもオースも決して無事ではないが、少なくとも命に別条はない。


「二人には悪いが、聖剣保持者をここに置き続けるわけにはいかない」

「俺が行きましょうか?」

「バカを言うな。聖剣の護衛は私がする。これよりノックス、お前が代理隊長だ」

「承知しました」


 アイギスはお姫様抱っこでオースを持ち上げる。


「……その子、少し可愛そうですね」

「どうしてだ?」

「いえ、別に」


 ノックスは一度アイギスの顔を見る。


 アイギスという人物を知らなければ、どこかの令嬢かと思う程の美貌。


 そんな女性に触れるという行為は、きっと男にとってはこの上ない幸福なのだろう。


 その幸せな時間を意識なく過ごすというのは、大変可愛そうだとノックスは思ったのだ。


 だが、それ以上に


「それじゃあ行ってくる」


 アイギスは空へと飛ぶ。


「方向合ってるよな?」


 アイギスの移動方法は特殊である。


 空中に結界を張り、その身体能力にものを言わせ、空気に生まれた地面を蹴る。


 障害物の一切ない空中こそが、彼女にとって最も効率のいい道なのである。


 だが、その道は他の人にとっては


「あ、あれ?」


 目を覚ますオース。


「ここは……」

「おはよう少年」

「え?あ、おはようござ……って、高!!」

「じゃあ行こうか!!」

「地獄にですか!!」

「アハハ、中々ユーモアが出来るな?それじゃあ楽しもうか!!」


 そして、オースの悲鳴が響き渡った。


 ◇◆◇◆


「どうかされましたか?」


 ノックスは簡易的に作った医療場に足を運んだ。


 すると一人、パニックを起こしている女性を見つける。


「む、息子と娘が見当たらないんです!!シェイドちゃんっていうとっても可愛い子と、カナちゃんっていう可愛い子がいないんです!!」


 ノックスは親馬鹿なのだと瞬時に察したが、直ぐに気持ちを切り替える。


「安心して下さいお母様。シェイドちゃんとカナちゃんはアイギス隊長が発見し保護したと聞いています。今はとある事情でここにはいませんが、ご安心下さい」


 ノックスはアイギスから言われた言葉をそのまま伝える。


 実際のところ事情は何も知らないが、アイギスが大丈夫と言ったら大丈夫だという深い信頼が、そこにはあった。


「そ、そうなんですか。よかった〜」


 ノックスの言葉に安心したのか、女性は敷かれた布団の上に座る。


 それと同時にうつらうつらし、そのまま眠ってしまった。


 あんな激動が起きたにも関わらず、心配で一睡もしていなかったのだろう。


 半日もすれば保護のために王都に向かう。


 短い休息を邪魔しないように、ノックスは静かに退出した。


 その後、ノックスは今回の件についてまとめた資料を見る。


「死者0。更に聖剣と同時にその使い手が見つかる。とんでもない事態だな」


 ノックスは一本のタバコを咥える。


 魔法で火をつけ、そっと煙を吐いた。


「歴史が動くな」


 ノックスはここに来るまでの出来事を思い出す。



 ◇◆◇◆



『聖剣の居場所が見つかりました』


 聖女様の呼び声と共に、一斉に場が騒がしくなる。


『ノックス。直ぐに準備をした方がいい』

『聖剣の在処を魔王も察知する可能性が高い、ですね』

『ああ。それに、貴族どもに先を越されては王家のパワーバランスが壊れる』

『心得ています。隊長にしては頭が周りますね』

『聖女様にこういう時の行動を……ノックス。後で模擬戦だ』

『直ぐに支度してきます』


 俺は急いで装備を整えた。


 外に出れば、他の隊員も揃っている。


 いくつもの馬車が鎮座している様子から、聖女様は我ら騎士団に事前に情報を与えたとみえる。


 やはり、あの方は民の味方だ。


 これ程までに優れ、優しい方を俺は見たことがない。


 だからこそより実感する。


 俺達は無力なのだと。


『団長から許可は貰っている。出発するぞ』


 アイギス隊長と共に、皆で一斉に馬を弾いて王都を後にした。



 ◇◆◇◆



「もう終わりか」


 ちょうどよくノックスのタバコはダメになる。


「周り全部燃えてるし、捨ててもいいよな?」


 ポイ捨てなど正義感の強いあの人に見られたら命はないが、先ほどいなくなったばかり。


「俺らも疲れてるんだ。神様もこれくらい許してくれるだろ」

「騎士道も案外大したことないんだな」


 荒れた大地に足跡が残る。


「……向こうにいなかったな。誰だ?」


 ノックスは警戒する。


「シェイドという。聞いてるだろ?」


 ノックスはてっきりシェイドが女の子と思っていたが、どうやら男だったらしい。


 この様子だと、カナという名前の子供も男である可能性があるなとノックスは思った。


「ママが探してたぞ?行かなくていいのか?」

「俺は生きてる。どうせあの人なら俺の姿を見れば全部許してくれるよ」

「随分と親不孝で悟った子供だな」


 ノックスは捨てるはずだったタバコを燃やす。


 捨てるよりはマシだろうという考えだ。


「まだ傷だらけじゃねーか。こんな場所歩いてたら病気で死ぬぞ?」

「そうかもな。だが、少し探し物があるんだ」


 シェイドは燃えた家の中を探して回る。


 ノックスは不思議に思うが、少年の探し物が何か直ぐに分かった。


「魔石か」

「魔族の魔石だ。売るにも使うにも得しかない」


 通常の魔物から取れるものであれば爪くらいの魔石だが、魔族から取れるものは手のひら程の大きさだ。


 その価値は何十倍にも膨れ上がるだろう。


「人のポイ捨ては咎めておいて、自分は他人のお残しを拾うなんて躾がなってねぇな」


 ノックスは騎士に入る前のような荒々しい言葉遣いで喋る。


「それでも、生きる為なら安いもんだろ」

「……それもそうだな」


 ノックスはどこか地面を這い、魔石を探す少年に既視感を覚えた。


 生きる為に努力する。


 その姿は、光に生きる人間は一生知らない姿なのだろう。


 ノックスは昔はそのことを恨んだ。


 何故自分だけがそんな思いをしなければいけないのか。


 何故あいつらは苦労しないのか。


 だが、一人の女性に出会い……変わった。


 今の彼は思う。


 その苦労は経験しなくてもいいものだ。


 輝きを放つ人々がその闇に触れてしまえば、世界は本当に真っ暗になってしまう。


 光無くしては闇は生まれない。


 だから


「しょうがねぇな」


 ノックスはシェイドの隣に立つ。


「なんだ?」

「手伝うんだよ。愛想ねぇ餓鬼だな」

「盗むなよ」

「騎士にその台詞を言うか?普通」


 特に会話もなく、淡々と魔石を拾い続ける二人。


 そのまま夜を超え、朝にまで作業は続いた。


 二人の集めた魔石により、小さな山が形成されていた。


「大体集まったか」

「バカかよお前」


 ノックスもまさかここまで付き合わされると思ってもおらず、完全に疲労が顔に現れる。


 騎士として毎日鍛えているはずだが、まだ少年であるはずのシェイドは汗が少し滲んでいる程度であり、余裕がある。


 その様子に、ノックスは少し恐怖を見せた。


「……どんな鍛え方してんだ」

「シェイドは弱いが、精神力だけは本物だった。その性質を受け継いだだけだろ」


 まるで自分自身を他人かのように語る少年の姿に、ノックスは違和感を覚えた。


 だが、巷ではそう言った自分ではない何者かに憧れる子供が多いという。


 シェイドは所謂厨二、という流行りのやつだろうとノックスは考えた。


「それにしてもこの量どうするんだ?馬車は人だけでも一杯だぞ?」

「大丈夫だ」


 シェイドが手をかざすと、山のようにあった魔石が消える。


「……は?」

「タバコをポイ捨てしようとした件。アイギスに報告されたくなければ黙ってることだ」


 ノックスの背筋が凍る。


 目の前にいる子供は、自分が思っていたよりもおかしい存在のようだ。


「まさか、魔族の変装か?」

「あいつらの狡猾さを考えれば分かるが、目を見ろ」


 そこには青い目が、まるでノックスの動きを予知しているかのようにギョロリと覗いていた。


「……」

「どれだけ変装をしようと、魔族の赤い目は誤魔化せない」


 シェイドはそう言って、ノックスの前から去った。


「……聖剣使いに、得体の知れない餓鬼が一匹」


 ノックスは一本のタバコを取り出そうとする。


「……もう空か」



 ◇◆◇◆



「シェイドちゃああああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんん」

「グヘッ」


 突然の母親に抱きつかれ、傷が一気に開く。


 それに苦しい。


「よかった……本当によかった〜」


 ポロポロと泣き出す母。


 本当に、子供よりも幼く見えてしまう。


「大丈夫だ。俺もカナも生きてるよ」

「うえ〜ん」


 普通こういうのは逆の立場じゃないのか?


 何故俺は実の母の頭を撫でているのだろうか。


 ほら、村のみんなも生暖かい目でこっち見てるし。


「シェイドお兄ちゃん!!」

「ラークか。怪我はないか?」

「うん!!シェイドお兄ちゃんはボロボロだね」

「そうだな。逃げる途中に盛大に転んじまったよ」

「シェイドお兄ちゃんって嘘付くの下手だよね。そういうのダサいよ」


 グサリ


 子供も何気ない一言って刺さるよな。


「シェイドお兄ちゃんありがとう。みんなもありがとうって、ずっと言ってたよ」

「……そうか。俺も、お前らが生きてくれて嬉しいよ」


 俺は32歳と8歳の頭を撫でる。


 4倍か……


 これ言ったら流石に母さんも怒りそうだ。


「ところでシェイドちゃん。カナちゃんは?」

「ん?戻ってないのか?カナなら俺よりも早く作業を終わらせてるはずなんだけど……」


 俺とカナは手分けして魔石を回収した。


 例のアイテムボックスが誰でも使えると勘違いした要因に、カナの存在もある。


 カナも同じようにボックスが使えた為、別々で魔石を回収していたのだが


「まさか何かあったんじゃ……」

「心配は一定のラインを超えると束縛になるのよ?」


 声がする方を向く。


「……後ろにいるのはどちら様だ」

「心優しい騎士の方々」


 大きなテントの中に入ってきたカナ。


 その後ろには、多くの騎士団の方々も来席していた。


「少しお喋りをしたら仲良くなったのよ。そうよね?」

「その通りです、カナお嬢様」


 お嬢様?


 誰だよそいつ。


 俺の知ってるカナは野蛮で人をバカにするのが大好きな女なんだが?


「少し情報収集と口止めをしたわ。化け物はいないけど、例の女児には私達のこと秘密にさせないと」

「女児言うな。ルナは立派な女の子だ」


 だが助かったな。


 村のみんなは優しさを極め過ぎて、察しの能力が異常に高く俺らがオースとルナを避けていることを知ってる。


 だから今回の件も黙っててくれる筈だ。


 だが騎士の面々にもどうにか口封じが必要だったが、片手間で解決した完璧魔女さん。


 頭が上がらないな。


「それでは皆さん。そろそろ時間ですので馬車にお乗り下さい」


 騎士の言葉と共に、村の面々はゾロゾロと馬車に乗り込む。


 俺とカナも場所に乗ろうとすると


「「ゲッ!!」」


 偶然横を通りかかったルナと目が合う。


 うわぁ。


「「最悪」」


 俺とルナの意見が重なる。


 別に俺はルナのことを嫌いではないが、シェイドの真似をするという俺の苦行も考えてくれ。


 俺に会わないようもっと努力出来ないかな?


 はぁ


「ル、ルナ!!け、怪我はない?オ、オイラがかか、看病してあげようか?」

「キモ!!マジで死ね!!」


 ルナは自身の鳥肌を抑えるように違う馬車に乗り込む。


「どうシェイド?愛しのルナちゃんにキモいって言われて。嬉しい?」

「黙れカナ。殴るぞ」

「激しいスキンシップね。キモいわ」


 俺は涙を流した。


 もう俺の心はボロボロだ。


 何故こうもみんな俺に辛辣なのだろう。


 俺悪いことしたかな?


「死にたい」


 そして俺の心は癒えぬまま、馬車に揺られ二日。


 遂に


「ここが、王都か」


 俺達は王都へとたどり着くのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る