第11話

「ポーションだ。自分で飲めるか?」


 首を横に振った俺に、アイギスは優しい笑みでポーションを俺の口元に当てる。


「ゆっくりでいい。慌てるな。魔族は来ないから安心しろ」


 天女のような耳を溶かす声により、俺は緊張していた体を一気に休ませる。


 彼女の綺麗な銀髪が少し触れ、一瞬ドキッとする程度には回復できた。


「……助かった」

「礼はいらない。むしろ遅れてすまない」

「いや、むしろ襲撃があってこのスピードで到着しただけでも感謝だ」


 ここから王都までの距離は数百キロ以上の距離がある。


 それを10分も経たずにやってきたこの人は、正にチートキャラと呼ぶに相応しい人物であろう。


「本当にすまない。おそらく、村の人間は少年以外もう……」

「村の人間は無事だ。全員既に避難してる」

「そ、そうなのか?」


 俺は未だに痛む体を起こす。


 ボックスにある剣を取り出し、それを鞘がわりにしる。


「それはアイテムボックス!!まさか使えるのか!!」

「え?あ、ああ。一応な」

「まさかこんな辺境の村にダイヤモンドの原石が落ちているとは、これは予想外だ」


 アイギスは感動する目で俺を見る。


 まさかボックスは珍しい能力なのか?


 これは想定外だ。


 どうにか言い訳でもしたいところだが、今は


「外に一人、女の子が戦ってなかったか?」

「見かけたよ。私が来た時には既に魔族を倒していた。足を怪我しながら進んでいたが、成る程。目的地は少年の場所だったのか」


 まさかカナ、一人で魔族に勝ったのか?


 やっぱチートキャラだあいつ。


「それで、人々はどこに?」

「あそこ」


 いつの間にか、家の中の火が消えていたので俺は窓の外を指す。


「……あれは火か?」

「あの中に村のみんながいる」

「そういうことか」


 後ろからギュッと抱きしめられる。


 こんな美女になら本望のはずだが、甲冑が当たって痛い。


 いやマジで。


「大丈夫。少年と少女だけでも生きてた。それだけで君達は立派だ」


 何故か慰められる。


「いや死んでないから。あの中に結界張ってんだよ」

「結界?」

「木を隠すなら森の中。最も危険な場所が、実は最も安全だったりもあるだろ?」

「君、本当に子供か?私は熟練の戦闘経験者と話してる気分だ」


 精神年齢でも今年で20になったばかりだが?


「だが魔族にバレないのか?」

「元から家の中にダミーを用意しておいた。あいつらは燃やした家の中から人の形をしたものが出てきてさぞ嬉しかっただろうよ」

「用意周到だな」

「褒め言葉として受け取るよ」


 アイギスはどこか不思議な目で俺を見ていた。


「他の騎士はどうした?」

「私が先に来た。あいつらも後数分もすれば到着する。安全はもう保証された」

「いや、まだだ」


 俺はとある方向に目を向ける。


「あそこに二人残ってる。助けてやってくれ」

「何!!分かった。直ぐにーー」

「俺のことは黙っててくれ」

「それは何故だ?」

「……頼む」


 アイギスは一瞬動きを止め


「……分かった」


 それ以上は何も聞かず、飛び立った。


 これで原作通り、聖剣に選ばれたオースをアイギスが助ける流れが出来た。


 おそらくオースもこの件で魔族に対して大きな憎しみを覚えたはず。


 ストーリーも無事、村人も無事、俺も生きてる。


「一件落着だな」

「そんなわけないでしょ」

「うお!!ビックリした!!」


 いつの間にか隣に立っていたカナ。


「その生傷だらけの体でよく言えたものね」

「ポーション飲んで落ち着いた方だこれでも」

「そう……」

「むしろカナの方こそ、足を怪我したんじゃないのか?今普通に立ってるけど」

「……ポーション飲んだだけよ」

「捻挫したくらいだったのか?それに体の傷もないみたいだが、魔族相手に捻挫だけか?」

「……なんかいけたのよ」

「さすがチートキャラだな」


 まだ14でこの強さなら、四年後にはもしかしたら世界二位の強さになってるかもしれん。


 成長が楽しみである。


「……」

「?」


 それにしても、さっきから大分口数が少ないな。


 いつもならもっと俺の心を抉るような言葉が飛んできそうなもんなんだが。


「カナ、さっきからどうしーー」

「ごめんなさい」


 精一杯頭を下げた。


「罠だって気付けなかった。冷静になれていなかった。シェイドを……危険な目に合わせてしまった……」

「カナ……」

「ごめんなさい……」


 どこか涙ぐむ声で


「ごめんなさい……」


 カナは謝った。


 こんなに弱々しいカナを見るのは初めてである。


「ああ、そっか」


 カナはずっと一人だった。


 だからゲームでも、オースの言葉にカナは心揺らされた。


 今のカナは平気そうに見えていたが、実際はゲームと同じように寂しかったのだろう。


 だから村の人とも関わり、楽しんでいた。


 そんな中で俺の存在は、カナにとっての家族に近い存在になっていたのかもしれない。


 長い空白の時間が与えた彼女の弱さ。


 その弱さがどうしようもなく


「ごめんな」


 俺には愛しく思えた。




 ◇◆◇◆




「勘違いしないでちょうだい」


 少し目を腫らしたカナは、俺に背を向けながら喋る。


「シェイドの能力は実質的な未来予知よ。私が心配したのはその能力を失うこと。だから勘違いしないでよね」

「はいはい」


 照れ隠しにツンデレの真似をするカナ。


 傲慢プリンセスの復活である。


「作戦は概ね成功ね。後は騎士が全部片すのでしょう?なら私達もみんなの元に行きましょう」


 カナは俺に肩を貸すように座る。


 やっぱりなんだかんだ優しい子である。


「いや、一応最後の確認だけしてくる」

「確認?」

「オースの状態。それからアイギスへの釘打ち」

「それなら私が」

「いや、カナはここで騎士達に村の人の救助を頼んでくれ。俺ならアイギスの性格を知ってるから口止め出来るはずだ」

「でも道中に魔族がいるかもしれないわ」

「安心しろ。あれはカナと同じチートキャラだ」


 最強の称号をその身に宿す存在。


 その通った道に魔族の残党などいるはずがない。


「……分かったわ」


 カナはどこか不満気に納得する。


「終わったら集合場所は例の場所だ」

「ええ、また後で」


 少し悲しそうにカナはヒラヒラと手を振った。


 俺は剣を杖にし、オース達のいる場所に向かった。


 ◇◆◇◆


「苦労した敵のはずなんだけどなぁ」


 歩きながら空を見ると、虫かのように飛んでいる魔族達。


 その一匹一匹が頭おかしい程強いのだが、その全てが完全に恐怖に包まれている。


 一匹が逃げようと動いた。


 その瞬間、まるで糸でも張ってあったかのように一刀両断される魔族。


 逃げることは許さないという暗示だ。


 魔族は逃げることは不可能と判断し、一斉に全員で襲い掛かる。


 結果


「終わったな」


 それらが俺のまばたきの後に全て斬られていた。


 これで戦いは終わった。


 俺は足を引きずりながら目的地に向かった。


「いたな」


 倒れるルナとオース。


 そして、二人を温かい目で見つめるアイギス。


「これでよかったのか?」


 アイギスはこちらを見ずに声をかける。


 後ろに目でもあるのか?


「ああ。悪いな、面倒事を押しつけて」


 アイギスは正義感の強い人だ。


 村の人の命を救った功績を、自身の手柄だと誇示するような人間ではない。


 そんな彼女に俺は、手柄を掻っ攫えと言っているわけだ。


 なんとも不思議な状況だな。


「何を言う。私は私の役目を果たしただけ。むしろいいのか?」

「これでいい。俺のことは絶対に喋らないでくれ。俺に恩でも罪の意識でも感じるのなら、お返しはそれで頼む」

「……分かった。それでは私は聖剣の保持者を連れて帰る。君は?」

「さぁな。俺はただの村人だ。騎士様が詮索することじゃないさ」


 怪しさ満載の俺をアイギスは引き止めなかった。


 なんとなく事情を察してくれているのだろう。


「ありがたいな」


 こうして、魔族の来襲は幕を閉じたのだった。




 ◇◆◇◆




 そして現在、いつもの小屋下の地下に俺とカナは鎮座していた。


「情けないわね。男なら我慢しなさい」

「うるさい!!痛いのに性別は関係ないだろ!!」


 ポーションで治り切らない傷は、しっかりと消毒しなければ医学が発達していないこの世界では普通に死ぬ。


 カナは自作の医療キッドで俺の傷を手当てしてくれる。


 ありがたいが少し乱暴じゃないか?


「勘違いしてたわ。シェイドはもう少し冷静に動けると思ってた」

「動いてただろ」

「よく考えれば、あの時私に告白してきた時も結構感情的だったわね」

「あ、あれは忘れ!!痛!!」


 傷に染み込む。


「……無茶はしないでよ」

「分かってる」


 俺は痛みに耐えながら、とりあえずの処置を済ませた。


「それで?これからどうするのかしら?」


 カナはベットの上に腰を下ろす。


 カナの長い黒髪が肌に当たって少しくすぐったい。


「王都に向かう。少年期編はここで終了して、青年期編は二年後が舞台となる。その間に、王都で新たな仲間を増やし、そして全員のパワーアップをする期間にする」

「新たな仲間……ね。ただでさえ強いのに、あれは今聖剣とかいうシェイドの言うチートアイテムまで手に入れたのでしょう?勝てるのかしら?」

「勝てるか勝てないかじゃない、勝つんだ。俺はまだ死にたくないからな」


 俺の中にある魔王の残滓。


 それはあくまで残滓であり、本来の力とはかけ離れている。


 そして俺の知っている中に、魔王の力を克服した人物がいる。


 あれが本当なら、おそらく俺も魔王の力を抑えることが出来るはず。


 そうなれば晴れて俺は


「なぁ……カナ」

「何?」


 例の言葉を思い出す。


「楽しもうな」


 カナはキョトンとした顔をする。


 珍しい表情だ。


「ええ、言えれるまでもないわ」


 そしてカナは傷に向かって消毒液をかけ、俺の悲鳴が空へと打ち上がった。

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