第10話

「魔族は能無しね。火なんて放ったら何も残らないわよ」

「あいつらの目的は略奪じゃなくて殲滅だからな。火の海作って逃げ場潰した方が楽なんだろうよ」

「そして何より魔物が厄介ね。数が多過ぎるわ」

「だが、予想していた量の範疇には収まっている」


 俺とカナは走りながら作戦を再確認する。


「ええ、だから最初は」

「カナが魔物を蹴散らし、俺がその間に村のみんなを誘導する。だろ?」

「そうよ。今日まで集めたビー玉程の信頼を振り絞りなさい」

「分かってる」


 ここで俺とカナは一度別れる。


 俺の目の前に逃げ惑う村人達。


「よし」


 俺は腕に力を込める。


 魔法は魔力というこの世界特有の力を使って引き起こす。


 魔力は自分の意思で動き、心臓から腕へと魔力を伸ばす。


 そしてトリガーである言葉を使って


「鳴らせ!!」


 まるで巨大な鐘が鳴ったように辺りに騒音が響く。


 先程まで慌てていた村人が一斉にこちらを向く。


 第一段階成功だ。


 次は


「みんな!!こっちに逃げろ!!」


 俺は火の海へと指を向ける。


「な、何を言ってるんじゃシェイド!!」

「もしかして、パニックで頭が」


 村人達は混乱する。


 そりゃ火の中に突っ込もうなんて正気の沙汰ではない。


 だが


「頼む、信じてくれ」


 これが成功しなければ意味がない。


 恥も外聞も捨てると決めただろ。


「でも……」

「頼む」

「やっぱり……」

「頭ならいくらでも下げる」

「お高いんでしょ?」

「それが今ならなんと……じゃねぇよ」


 なんだいきなり。


「見たみんな!!今のツッコミは間違いなくシェイドお兄ちゃんだよ!!」


 ラークが声を張り上げる。


 どういう確かめ方してんだ。


「確かに今のツッコミはシェイドのものじゃ」

「あの人を見下すような目は間違いなくシェイドだ!!」


 急に盛り上がるを見せる面々。


 こいつら一回全員死なないかな?


「シェイド」

「……どうした母さん」


 いつもは笑ってばかりの母が、今は真剣な瞳で俺を見る。


「いつもありがとう」

「それはこっちの台詞だバカ親が」


 そう言って俺の指差した方向に走っていき、火の海へと躊躇いなく飛び込んだ。


「わしらも続くぞ!!」


 村長が声を上げ、皆が一斉に火の中に入っていく。


「第二段階、クリアだ」


 後は俺もあそこに飛び込んでしまえば


「まだ生き残りがいたか」

「!!!!」


 俺は咄嗟に剣を背中に構える。


 金属音が響き、俺は衝撃で遠くに吹き飛ばされる。


「チッ、イッテェ」

「お前、随分と俺らの性質を知ってるな」


 そこには一匹の魔族がいた。


 案の定、背後から攻撃してきて助かった。


「向こうに……俺よりも強くて口の悪い女がいたはずだが?」

「いたな。中々に厄介そうだ。早めに潰しときたいのも山々だが、生憎順番待ちが最後になってよ。今は他で暇潰ししたい気分なんだ」


 背中から滝のように汗が流れる。


 目の前にいるのは魔族。


 万が一にも今の俺では勝ち目はない。


 ここは時間稼ぎに徹するのが吉だ。


「暇なら話に付き合え。どうしてこの村を襲った」

「ん?俺は口を動かすより体を動かす方が好きなんだが、お前弱そうだし答えてやってもいいぜ」


 悔しいが、俺にとってあいつはいつでも潰せる存在というわけだ。


「魔王様の命令だ。ここいらに聖剣の使い手がいるかもしれないという噂を聞いたらしくてな。面白そうだから滅ぼしてこいと」

「ファンキー過ぎだろ魔王」


 知ってはいたが、魔王は相変わらず頭がイッてるな。


「だが、魔物をけしかけてみたが一向に現れん。どうやら無駄足だったようだ」

「どうだろうな」


 俺は森の奥での出来事を思い出し、少し笑う。


 魔族の目的の聖剣が、今この瞬間現れてるとは露も知らないんだろうな。


「さて、話もそろそろ終わりにするか」


 魔族が空からゆっくりと地上に降りる。


「一分耐えれば見逃してやってもいい。だから死ぬ気で抗えよ、人間」


 やっぱこいつらと楽しくお喋りは無理があったか。


 カナが戻るか、もしくは奴が到着することを加味して


「1%か」


 十分な数字だな。


「来い!!」

「いいな!!」


 魔族が目にも止まらぬスピードで接近する。


 動きが読めない。


 だが、こいつらの性格は知っている。


「お!!」

「ビンゴ」


 まず真っ先に足を潰して来ると信じてた。


 獲物を痛ぶりつつ、万が一逃げられるのを阻止するためだろう。


「見えたのか?」

「さぁな」


 魔族は一度俺から距離をとる。


「切り刻め」

「クソ、魔法か」


 俺は直ぐに結界という魔法を使う。


 透明な壁のようなもの生み出す魔法だ。


 出来るだけ小さくする事で強度を高め、急所を守る。


 結果、腕や足に多くの裂傷が刻み込まれる。


「イッテェな」

「俺のスピードが見えたなら防げるはずだが、やはり偶然か」


 魔族は少し頭を悩ませるが


「まぁいい」


 態勢を低くし


「これで答え合わせだ」


 また姿を消す。


 今度はどこだ。


 足?


 腕?


 腹か?


 それとも頭?


 もしかして


「心臓か!!」

「残念」


 俺の首元に冷たい感触が触れる。


「半分も保たなかったな」


 どうせ1分耐えたところで生き残らせる気がないことは知ってる。


 そして、その半分でも耐えれば


「ええ。その通りね」


 金属音が響き、魔族の爪が弾かれる。


「本当に貧弱な男ね」


 カナが涼しげな顔で登場した。


「お前は、さっきのメスの人間」

「そういうあなたは私の姿を見て、尻尾巻いて逃げた腰抜け魔族じゃない」


 魔族は即座に警戒体制をとる。


 俺の首に触れたのは魔族の爪ではなく、カナの結界だったようだ。


 普通に死んだと思った。


「他の奴らはどうした」

「さぁ。確かめにでも行ってみたらどう?」


 カナは相変わらず人を見下す態度で魔族を挑発する。


 この豪胆さはここまでくると本物だな。


「ありえない。あの数の魔族を一人で倒すなど不可能だ」

「あなたの価値基準で語らないでくれる?世界は広いのよ。想定外のことで慌てふためくなんてシェイド以下の雑魚ね」

「ありえない。そんなことあり得るはずーー」

「さて、腰抜けさん」


 カナが一歩前に出ると、魔族は一歩下がる。


 目の前の存在が自分よりも遥か格上だと認識したようだ。


「一分耐えれば見逃してあげる、なんて優しいことは言わないわよ?」

「ク……クソがァアアアアアアアアアアアアアア」


 魔族は翼を広げ、相変わらず俺には視認出来ないスピードで逃げていった。


「ナイスハッタリ」

「バカね。確かめにいけばまだお仲間がピンピンしてるのが分かったはずなのに」


 いくらカナでも、100近い魔族の群れに勝てるはずがない。


 ならどうするか。


「さすがに死にかけたわ」

「悪いな。痛い思いさせて」

「いいわよ別に。向こうでの実験の方が100倍嫌よ。むしろ死んだフリしただけで追撃してこないあいつらがアホなのよ」


 カナは一本のボトルを地面に捨てる。


 つい先程まで城が入っていたものだ。


「わざと攻撃を食らって、死んだフリをする。古典的だな」

「ええ。ある程度力を抜けば、あいつらは油断してくれたわ。後は心臓の手前に結界を張って致命傷は避ける。といってもハイポーションが無ければ結局死んでいたわ」


 これが作戦、戦わずして勝つ。


 実際は戦ってるが、そこはご愛嬌だ。


「死体を偽装したカカシに引っかかるなんて滑稽の極みね」

「お陰で作戦は無事成功だ。後は俺らが逃げるだけだな」


 俺とカナは皆が飛び込んだ火の海に入ろうとする。


 その瞬間


「助けて!!」


 声


「ッ!!まだ残された人が!!」

「嘘!!」


 一気に緊張が膨れ上がる。


 まさか逃げ遅れたのか!!


「私が行く!!」

「ああ、頼」


 地面が揺れる。


「あ、まだ人間の生き残りいたんだ」


 魔族が地に足をつける。


「……シェイド」

「頼んだ」


 俺が走り、カナは突然現れた魔族を迎撃する。


 その間に俺は声のした家の中に入る。


 周りは火に染まっている。


「直ぐに助けてやるからな」


 ここで俺は気付くべきだった。


 こんな中で果たして人が生存出来るのか?


 そもそも、村のみんなは誰かがいないことに気付かなかったのか?


 いや、自分の命の危機の前に他人の心配する余裕なんて


『シェイドお兄ちゃん、いつもありがとう』


 そんな連中がこの村にいないことは、俺が一番知ってるはずなのにな。


「ああ、そっか」


 俺は自嘲するように笑う。


「バカは俺らの方だったのか」

「大当たり」


 家の奥から現れた魔族。


 先程の声はこいつが出したものだろう。


 そうだった。


 魔族はこういう奴らだったな。


「バカだな人間!!無駄な正義感で行動するからだ!!」


 ああ、本当にその通りだ。


 俺は自分の命を守るためだけに動けばよかったはずなのに。


 村に馴染む前の俺なら、こんな罠簡単に見抜けたはずなのに。


 はぁ本当に


「ムカつくな!!」


 俺が使える魔法は三つ。


 巨大な音を鳴らすもの、結界、そして


「光れ!!」


 俺は目を閉じる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 魔族の目はいい。


 俺の手から発生した光が、魔族の目を直撃する。


 殺傷能力のある魔法は扱いが難しいが、全体に響くものであれば俺でも使える。


 俺は目を開け、剣を魔族に刺そうと


「ァアアハハハ、お前、本当にバカだな」

「な……に……」


 俺の剣が折れる。


「そんな単純な魔法に引っ掛かるわけないだろ。まさか魔族に一矢報いることが出来るとでも思ったのか?」


 無防備になった俺の首を掴まれ、持ち上げられる。


「クッ……ソ……」


 全身から力が抜け、手から剣が滑り落ちる。


「ああ、可哀想に。誰かを救おうなんて思わなければ生きられたかもしれないのに」

「ガハっ!!」


 喉が締め付けられる。


 息が出来ない。


 苦しい。


「そんな怖い目で見ないでくれ。これはお前の責任だ人間。お前が選択した道によって、お前は死んじまうんだ」


 魔族は優しい目で俺を見る。


 まるで失敗した子供を慰めるような慈愛に満ちた目だ。


「だからここで殺してやる。過ちを消し去ってやるんだ。勿論いいよな?……ああ、ありがとう人間」


 そして俺の体を可愛がるように爪をたて、傷を入れる。


 肌を荒らすように何度も、何度も何度も鋭い爪で肌を撫で続ける。


「もう我慢出来ない!!殺すぞ人間!!」


 そして魔族は腕に力を入れた。


 そして俺の首をへし折ろうとした。


「……は?」


 その隙を狙い、俺はボックスからナイフを取り出し無防備な魔族の目へと突っ込む。


「い……痛い……」

「ゴホッ!!……オエっ」


 やっとのことで手が離れる。


 酸素が上手いと思ったのは久しぶりだ。


「……おま……えらも……バァカ……だな」


 俺は痛む喉から無理矢理声を出す。


「油断しちゃった。あぁ、油断した」

「ゲホッ!!」


 俺の体は正直立つことすらままならない。


 対して相手は魔族。


 ナイフで刺したはずの目が既に完治している。


 これはさすがに終わったな。


「大丈夫、大丈夫だよ人間。今後はちゃんと」


 魔族の頭と胴体が離れる。


「油断せず殺ーー」


 そして、喋りながら息絶えた。


「遅れてしまって申し訳ない」


 白いマントを揺らし、颯爽と現れた人物。


「私の名前はアイギス。少年よ、助けに来た」


 王国の最強戦力が到着した。

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