第9話

「クソ!!捌ききれない!!」


 オースは次々と飛び出してくる魔物を片っ端から切り伏せる。


 ルナと共に例の泉へと足を運んでいる途中、突然魔物の大群に襲われたのだ。


 そんあまりにも異質な光景に腰を抜かしてしまったルナを守りながらオースは戦う。


「ご、ごめんねオース」

「大丈夫。とりあえずルナは僕から絶対離れないで」

「キュン」


 20、30と押し寄せてくる魔物を一匹残らず切り刻み、吹き飛ばし、押しつぶす。


 それでも魔物を数は止まない。


 むしろ時間と共に数を増していく。


「確かに最近増えてきたけど、魔物にこんな統率力はないはず」


 オースは戦いながら考える。


 四方八方からの攻撃を防ぎつつ反撃し、後ろにいるルナを守りながらの戦闘は、超人であるオースでもかなり苦しいものがあった。


「こいつらを村に入れるわけにはいかない。けど、ルナをどうにかしないと」


 オースは焦る気持ちを必死に抑える。


 長期戦となれば先に底が見えるのはオースであろう。


 かと言って、ここでオースが耐えねばこの雪崩なだれのような魔物が村へと襲いかかるってしまう。


 村一番の強さを誇るオースがこれほど苦戦するのだ。


 村に魔物が踏み込めば、守る者が増えてしまう。


 それだけは避けねばならない。


 ルナをこの場から逃がしつつ、村のみんなに避難するよう伝える、これこそがオースの勝利条件。


「ルナ、走れるようになったら教えてくれ。こいつらを薙ぎ払う」

「うん、分かった。もう大丈夫だから、やっちゃって」


 ルナは未だに震える足で立ち上がる。


 彼女の戦闘力は高いが、それでもこの未曾有の事態に恐怖を覚えている。


 本当の意味で命を失うことを本能が察しているからだ。


 それでも立ち上がるのは、ルナという人間の心の強さであろう。


「……行こう」


 ルナの覚悟を察し、オースは構える。


 一瞬攻撃の手を緩め、深く息を吐いた。


 そんな隙を魔物が見逃すはずもなく、一気にオースの命を奪い去ろうと走り出す。


 魔物達の研がれた殺意がオースの体を刻もうとした瞬間、オースは目を開け


「吹き荒れろ!!」


 オースが叫ぶと、木々を薙ぎ倒さんとばかりの突風が巻き起こる。


 二人の周りを囲んでいた魔物が空中へと舞い上がった。


「クッ、やっぱり反動が大きい」


 強大な魔法を行使し、体への負担でオースの動きが止まる。


 ここまでの犠牲を負った魔法により、魔物の進行を一時的に止めることが出来た。


「今だルナ!!」


 オースは警戒を緩めずに村とルナを背後に立ち続ける。


 だが


「ルナ?」


 返事はない。


「何かあったのか?」


 頭の中に嫌な予想が入り込む。


「返事をしてくれ、ル……ナ……」


 オースが後ろを向くと、肩から血を垂らしたルナが横たわっていた。


「なん……で……」

「随分と派手に暴れるな、人間」

「ッ!!誰だ!!」


 オースが声のする方を見ると、一人の人間らしきものがいた。


 見た目は人間にソックリだが、それには人間にはない物もまた数多く存在していた。


 黒く染まった角


 荒く鋭い爪


 烏のような翼


 そして何より


「魔族!!」

「随分な殺気だな。ゾクゾクきちまうよ」


 赤い目がオースを捉える。


「何故……何故ルナを!!」


 あまりの怒りに血管が浮かび上がるオース。


 そんなオースの態度を見ても、特に気にした様子もない魔族。


「お前みたいな活きのいい人間を狩るのがオレッチは大好きなんだ。だけどお前、そのメスの人間を守って全く本気が出せていない。だから殺してやったのさ」


 さも当然かのように。


 殺しを手段として、快楽として行ったと言う魔族。


「……ふざけるな」


 オースの周りから不思議な光が集まる。


「ふざけるな!!僕達がお前らに何をした!!何故……何故こうも酷いことが出来る!!」

「何故って、何言ってんだ人間。お前らだって平然と魔物を殺しているじゃあないか。オレッチ達魔族からしたら、あんな可愛いペットを殺すお前らの方が悪魔に見えるぜ?」


 魔物は魔族に付き従い、人間に攻撃的である。


 この認識のズレもまた、二つの種族の間にある大きな壁となっていた。


「そもそも何か勘違いしてないか?オレッチのような魔族からしたら、お前ら人間は下等生物。弱肉強食の世界に生まれ落ちた時点で、お前らは狩られる側なんだ」


 魔族は冥土の土産とばかりに丁寧に返答する。


 絶対的強者故の余裕。


 まな板の鯛が襲ってくることを警戒する者などいない。


 そんな油断こそが、魔族にとっての最大の失敗であった。


「もういい、分かった」

「ん?そうか。なら全力で戦って殺してやーー」


 オースの体から爆発的な魔力が溢れ出す。


「な、なんだ!!」


 魔族の動揺と共に、泉から眩い光が放たれる。


 光はオースを、そしてルナを包み込む。


「まさか……あれって……」


 泉からゆっくりと、一振りの剣が浮かび上がる。


「僕はルナを助ける。これは絶対だ」


 まるで世界が祝福するかのように、それはまるで運命かのようにオースの手に剣が握られる。


「だけどその前に」


 オースが剣を強く握ると、その光は更に大きくなる。


「お前を殺す」

「に、人間如きが調子に乗ってんじゃねぇええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」


 そして光と闇がぶつかり合った。




 ◇◆◇◆





「聖剣が……こんなところにある……なんて……」


 虫の息となった魔族が地面に横たわる。


「ルナ……よかった、息をしている」


 いつの間にかルナの血は止まっていた。


「血は止まったけど……ウッ!!傷がまだ塞がってない」


 オースはフラつく足で必死にルナを背負う。


 どうやらこの光り輝く剣はかなり体力を持っていくようだ。


 だが、オースに休んでいる暇などない。


「村で……治療しないと……」


 オースはどこからかポーションを取り出し、ルナの傷に荒くかける。


 本来なら飲んだ方が効率は良いのだが、今のオースもルナもそんな余裕はない。


「足りない。ポーションも、血も、何もかも」


 オースは足を引きずるように進む。


 何故か、先ほどまで永遠と出てきた魔物の姿が見えない。


「好都合だ」


 オースは進む。


 進み


 進め


 止まる


 そして


「そん……な……」


 絶望した。


「どう……して……」


 そこには一面に広がった火の海。


 つい数刻前まで、豊かな活気を見せていた村はもう無かった。


「み、みんな……」


 昔からお世話になったセンお婆さんの家。


『子供は遊ぶことが仕事じゃ』


 いつも魚を売ってくれるトムさんの屋台。


『オース今日もお使いか!!よっしゃ、オマケでこれもつけといてやる!!』


 いつも明るい笑顔を見せた子供達の遊び場。


『オースお兄ちゃん、遊ぼー』


 どこを見ても燃えている。


 オースの思い出が、全て燃えている。


「あ……あぁ……」


 そして視界に見えたものは


「お母……さん……」


 我が家の前にある人らしきもの。


 今日はオースが14歳を迎えた誕生日であった。


 オースが家を出る最後に見たものは、誕生日ケーキを用意する母親の姿だった。


「……滅ぼす」


 燃える村を見据え、一人の怪物が生まれた。


「全ての魔族を……一匹残らず……根絶やしにしてやる……」


 空に浮かび、笑い続ける魔族の集団。


 オースは光り輝く剣を持つ。


 その光を見た魔族は目の色を変え、直ぐに襲い掛かる。


「殺す」


 涙を流しながら怪物は暴れた。


 何匹もの魔族を斬り、斬られ、斬る。


 だが、聖剣の力はその増大さと比例するようにオースの体力を奪う。


「オエェエエエエエ」


 オースは吐瀉物と血を吐き出す。


 それでも剣を握り続ける。


 それでも敵を倒し続ける。


 それ以外のことを考えてしまえば、自分が壊れてしまいそうだから。


 目の前が赤く染まり、まるでオースの目が殺し続ける存在と同じようになった頃


「あ……れ……?」


 オースは立てなくなっていた。


「まだ……全員殺してないのに……」


 オースは体に力を入れる。


 それでも動かない。


「まだ……何匹も……」


 魔族はオースに手にも持つものが聖剣であることに気付いた。


 いずれ更に強大な力を持つ天敵にトドメを刺そうと向かってくる。


「動いてくれ……」


 だが動かない。


 オースにはもう、迎撃する力は残っていない。


「まだ……僕は……」


 涙を流す。


 自分の命なんて惜しくないのに、体が言うことを聞いてくれない。


 こんなことでは死んでいったみんなに顔向けが出来ない。


 そんなオースの思いを断ち切るように、魔族の鋭い爪がオースの体を


「よく頑張った、未来の英雄」


 貫く寸前、一筋の光がそれを防ぐ。


「あなた……は……」

「私は王国の騎士の者だ。すまない、救助が遅れてしまった」

「どうして……騎士が……」

「詳しいことは後でだ。君は後ろの少女と共に眠っておけ」

「でも……魔族が……」

「安心しろ」


 数十の魔族が、細切れになり地面へと落ちた。


「もう、全部倒した」

「ハハ……やっぱり騎士は……すご……」

「お休み、英雄。後のことは任せなさい」


 騎士の言葉と共に、オースは安らかな顔で瞳を閉じた。


 だがその笑顔の裏では、小さな少年の何かが壊れたことは確かであった。


「これで、よかったのか?」


 騎士が後ろを向くと、傷だらけの少年が現れる。


「ああ、悪いな。面倒事を押しつけて」

「何を言う。私は私の役目を果たしただけだ。むしろ……いいのか?」

「これでいい。俺のことは絶対に喋らないでくれ。俺に恩でも罪の意識でも感じるのなら、お返しはそれで頼む」

「……分かった。それでは私は聖剣の保持者を連れて帰る。君は?」

「さぁな。俺はただの村人だ。騎士様が詮索することじゃないさ」


 そう言って肩を押さえながら少年は消え去る。


「奇抜な運命だな」


 騎士はオースとルナを担ぎ


「辺境の村に、二人の英雄か」


 騎士はこれから先の未来を想像し、密かに笑うのであった。


 ◇◆◇◆


「お疲れ様」

「ああ」


 俺はズキズキと痛む体をベットに預ける。


「はい、ポーションよ」

「おう、ありーー」


 全身にかけられる。


「ごめんなさい。心配が先行したわ」

「俺には嬉々としてしていたように見えたが?」

「気のせいよ」


 俺とカナは例の地下へと身を潜める。


 ポーションを飲み、体の痛みが引いていく。


「さて」


 俺は先程の出来事を思い出す。


「成功を祝ってパーティーでも開きたい気分だな」


 そして時は魔族襲来直後に遡る。

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