第8話

 時間の進みとは早いもので、あれから一年が経とうとしていた。


 特に変わった出来事は起きていない。


 日課である走り込みや筋トレ、戦闘訓練は最早生活の一部となり苦に感じなくなってきた。


「案外一年で変わるもんだな」


 俺は鏡の前に映った自分の姿を見る。


 別に太っていたわけではないが、どこか弱々しい印象の体は引き締まり、昔は重く感じた体も今では羽毛のように軽く感じる。


 実際は魔石による効果もあるのだろうが、それはそれとして分かりやすく鍛えた証拠というものは案外心嬉しいもにがある。


 そのお陰か最近は魔物を一振りで倒せるまでに成長していた。


 一応魔法も習おうと思ったが


『付け焼き刃の魔法なんて戦闘の勘を鈍らすだけよ』


 と言われたため、今はまだ戦いながら使える数個程度しか使えない。


 まぁ別に死なない為に鍛えてるからいいんだが、やはり壮大な魔法に惹かれる気持ちは否定できない。


「行くか」


 俺は新しくなった運動着を身につけ、外に出る。


 玄関で靴が一足ない。


 相変わらず起きるのが早いようだ。


 扉を開けると、心地よい風が吹く。


「天気がいいな」


 そして向こうのベンチに座る少女がこちらに気付く。


「おはよう、シェイド」


 彼女の名前はカナ。


 とある世界では魔女と呼ばれ忌み嫌われている存在だが、今ではすっかり本の虫である。


 そして性格も最初に比べて大分丸く


「その服、とても似合っていないわ。馬子にも衣装という言葉があるけれど、シェイドは馬子以下だったようね」


 訂正


 性格はどうやら一生もんらしい。


 そんな腹と同じように真っ黒な髪が、風に吹かれなびく。


 性格とは反対な綺麗な顔が俺の瞳に映り込む。


「今日は少し風が強いわね」

「そうだな」

「どうかしたの?」

「いや。じゃあ行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 こうして俺はいつも通り走り出す。


 前まではただ苦痛でしかなかったこれも、楽しいとは言わないが、最早作業かのように淡々とこなせる。


 その結果、時間を忘れて走り続けてしまうことが多々起きる。


 するとチラチラと人が現れ始め、顔を合わせる機会が増えた。


 そんな生活を送っていると


「あ、シェイド兄ちゃん」


 声を掛けてきたのは村の子供。


「どうしたラーク」

「はいこれ、この前のお返し」


 俺の手にいくらかの米の入った袋が乗せられる。


「お返し?なんのだ?」

「この前畑の手伝いしてくれたでしょ?お母さんが手伝ってくれたお礼だって」

「いやいや、あれは元々俺が荒らしたもんだろ?」


 この前ラークの父親が畑を耕していたところ、近くにいたオースとルナに襲い掛かかった際そのまま畑を荒らしてしまった。


 さすがに申し訳なく思い、その後一時期罪滅ぼしのために手伝いをしていたことがある。


「お父さんがダメにした以上に頑張ってたよって。それにシェイドはいつも頑張ってるご褒美だって言ってた」

「頑張ってる?」

「うん。この前もロン爺さんも助かったって言ってたよ」

「いやあれも……まぁいいか」


 俺は素直にお礼を受け取ることにした。


「ありがと」

「シェイドお兄ちゃんまたねー」


 そのままラークは子供らしく無邪気に走って帰っていった。


「……」


 俺の中モヤモヤが増した。


 ◇◆◇◆


 太陽が今日という一日で最も高い場所に登る頃


 雑念を払うように筋トレに励む。


「それで?何を悩んでいるのかしら?」


 俺の背中に乗ったカナが、相変わらず人の心を見透かすような言葉を吐く。


「もうそろそろだ」

「そうらしいわね。最近は森の魔物が一気に膨れ上がってる。少なくとも村は放棄でしょうね」

「……」

「まさか止められると思ってるのかしら?」

「無理だな。カナとオースが力を合わせたところで半日も保たずに終わる」


 俺は今までの出来事を思い返す。


 俺が数多くの迷惑をかけても快く許してくれる村の人々。


 ただ一日一日を生きている彼らの生活が、近い未来に一瞬で崩れようとしている。


 果たして魔王を倒すために、この村が犠牲になってもいいのだろうか。


 このまま見殺しにして、俺はこの先胸を張って生きていけるのだろうか。


「自分を物語の主人公か何かかと勘違いしてるのかしら?」

「なんだ急に」

「いえ、ただシェイドがあたかも自分を悲劇の主人公のような顔をしていたから言ってみただけよ」

「どんな顔だよそれ」


 俺が腕を曲げるごとに揺れるカナ。


 本、読みにくくないのだろうか。


「無理なものは無理よ。こんな辺境な村に騎士を呼んだところで対応するはずもないわ。それに優先順位を間違えないで。シェイドのすべきことは1に私を楽しませること、2に自分の命、3にその他よ」

「俺の命の上に立つな」

「座ってるだけよ?」


 このまま俺が起き上がったら、この女どうなるのだろうか。


 少し悪戯心が浮かぶが、その後の仕返しを考え断念する。


「何の情が湧いたか知らないけど、私は私の命を優先する。シェイドもこれ以上の村人との接触は避けた方がいいわ」

「……」

「あ、カナお姉ちゃーん」

「あら、パールいらっしゃい」

「今日もお兄ちゃんで遊んでるの?」

「ええ。パールも乗る?」

「ううん。今日はカナお姉ちゃんに渡したいものがあるの」


 パールはカナに一枚の紙を渡す。


「これは?」

「お姉ちゃんへのありがとうのお手紙。前に字を教えてもらったから、頑張って書いたんだ」

「……そう、偉いわね」


 カナはパールの頭を撫でる。


 パールは嬉しそうにはしゃぐが、直ぐに


「じゃあね、お姉ちゃん。また遊ぼうね」


 そう言ってパールは家の方角へと帰って行った。


「……情湧いて」

「ないわ」


 いやめっちゃ大事そうに手紙持ってるじゃん。


 どこからその箱出したんだよ。


 丁寧に仕舞うな。


「私は例えパールが死のうと気に………………しなくもない可能性もあるけど限りなくゼロに近いわ」

「手遅れだよ互いに」


 はぁ、まさかこんなことになるなんてな。


 あの日カナに自由を与えた。


 以降カナはオースとルナがいない時間に、ふらりと村を探索するようになった。


 二人との接触も許したにも関わらず、案外律儀な奴である。


 そして、まぁ村人からすれば突然現れた王都でも見ないほどの美人に興味津々。


『暑苦しいわ』


 最初は不満気だったカナも


『でも、寒いよりはマシね』


 いつしか村に少しずつ馴染み始めた。


 そんなこんなで、俺らは村にそれなりのお気持ちができたわけだ。


「逃走ルートは確保してあるわ。それでもアクシデントは必ず生じる」

「誰かが殿を務めれば、成功率は跳ね上がる……か」

「あの男なら100、私なら70、シェイドなら1%ね」

「役に立たないことが分かったよありがとうな」


 俺が鍛え、魔石を取り込み続ける日々を送っても、ほんの少し魔石を取り込んだカナに追いつけない。


 これが才能の差である。


「……な」

「無理ね」

「まだ何も言ってないだろ」

「あなたには無理。むしろ被害が増大する可能性すらあり得るわ」

「……」

「これは慰めじゃないわ、事実よ。恨むなら神にでもドロップキックをかませばいいわ」

「分かってる」


 俺は腕立て伏せを続ける。


 既に腕はかなり悲鳴を上げているが、何故か止めることは出来なかった。


「ポーションの回復効果はあくまで傷を治すだけ。その力はあなたの栄養から搾り取るの。これ以上飲んだら本末転倒よ」

「これで最後だ」


 俺はポーションを飲み、筋トレを続ける。


「死ぬのは誰だって怖いわ」

「……」

「それは自分だけでなく、大切な人がいなくなることもよ」

「何が言いたい」

「シェイド。あなたが死んで悲しむ人間もこの世にはいるのよ」

「……」

「多分」

「……」

「おそらく」

「……」

「0と同値くらいだけど」

「もう黙れよお前」


 クスクスと笑うカナに、俺も笑みを返す。


 こういう時間がずっと続けばいいのに。


 どうも運命とやらは平和というものを忌み嫌うらしい。


「ま、魔物が襲ってきたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 村の方から叫ぶような声が聞こえる。


「行くぞ」

「ええ」


 俺は剣を持つ。


 カナは生まれた姿それ自体が武器であるかのように、身一つで走り出す。


「作戦:木を隠すなら森の中決行だ」

「ダサいわ」

「カナが考えたんだろ」


 そして俺達は村へと駆け出した。

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