第7話

「「爆ぜろ」」


 二つの言葉が重なる。


 それと同時に空中に現れた火の球体が、とてつもない熱量でぶつかり合う。


 こいつら人ん家の前で何やってんだ本当に。


「凄いな。僕と同じレベルの魔法を使える人は村で誰もいないのに」

「井の中の蛙ね。そうやって小さな場所でお山の大将をするのはとても楽しかったでしょうね。今負けを認めるのならその小山に帰れるわよ?」

「冗談キツいよ全く」


 オースが接近し、幾十もの格闘技を披露する。


 だが決して打撃は与えず、どうにか抑え込もうといった動きだ。


 対してカナは急所上等のパンチやキックを連発する。


「アハハハハ、楽しいね」

「キモ」


 そんな有利な状態のカナが押されているのは、オースが最強のチート能力者だからであろう。


 奴のチートは何かとすれば、その成長性。


 今こうして戦っている中でも常に技術や練度が上昇していく。


 カナの能力はあくまでコピーであり、その上を行くことは決してない。


 カナが追いついた頃には既に奴は高い次元へと至っている。


 しかも魔石による能力の向上が、あらゆるキャラを差し置いてトップ。


 皆が1レベル上がる頃に一人だけ5レベ程上がっているようなものだ。


 だからカナは技術だけでなく、身体能力や魔法の威力でも押されてしまう。


 オースは正真正銘の怪物である。


「やっと意味が分かったわ。本当に気持ち悪いわね」

「こんなに楽しいのは久しぶりだ。最近は誰も相手がいなくて困ってたんだ」


 言葉の戦いではカナの有利が一目瞭然だったが、武力の衝突になると一変。


 今ではオースが笑い、カナが冷や汗を垂らしている。


「だけどそろそろ終わりにしようか」

「望むところよ」


 二人は完全に体を脱力させる。


 そして同時に右手を上げ


「眠れ」 「■■■・■■■■」


 ◇◆◇◆


「化け物ね」

「ああ。しかもあれでレベル1みたいなもんだ。益々強くなる」


 目を覚ましたカナに、水を一杯手渡す。


「井の中の蛙は私の方だったわね」

「珍しくネガティブだな」

「私は事実しか言わないわ。ただ、間違えることだってある。それだけよ」

「お前はホント凄いよ」


 勝負は互角だった。


 いや、多分カナにダメージを与える動きをすればオースが勝っていただろう。


 だが、最後まであいつはカナに怪我をさせないようにした。


 そしてカナが最後に唱えた魔法。


 あれを使った後、オースは


「……あれ?僕は何を」


 まるで何もなかった様子で、気絶したルナを抱えそのまま家へと帰った。


「最後の魔法。あれはなんだ?」


 俺の知らないものだった。


 そもそも俺の知らない言語であり、おそらくはカナの生まれた場所でのもの。


「あれは記憶を消す魔法よ」

「記憶を消す!!」


 なんだそのチート!!


 そんな魔法俺は一度も聞いたことがない。


「そう都合のいいものでもないわ。ただ十数分程度の記憶を消すだけの魔法」

「いやそれでも十分強力だろ」

「発動後私は暫く魔法が使えなくなる。そしてこの魔法を一度使用された相手は二度と効かないわ」


 色々制約が多いようだ。


 だが、結局強力なのは変わらないと思う。


 そしてそこまでバカではない俺は、この力に大きなデメリットがあることも察した。


 それは誰かに告げるには、あまりにも恐怖の存在であるということだ。


「悪いことをしたわね」

「何がだ」

「一応これでも恩を受けてるつもりよ?家まで貸してもらって、その上あなたは特段私に何かを強制させることはく自由にさせてくれる。それ自体も私が断れば行かないつもりでしょ?」

「お前に逃げられたら死ぬんだ当然だろ」

「いいえ違うわ」


 この女マジで人の言葉の裏読み取る能力高すぎないか?


「私にとても気を遣っている。あなたはあれ以降、私に嘘をつかないし、こっそりと私の好きそうな本を探しに行っていることは知ってるわ」

「……」


 恥ずいな。


 あまりそういった面はバレないように心掛けていたんだがな。


「だから今回の件は少し、ほんの少しだけ……申し訳なく思ってるのよ」

「別にいいよ。記憶まで消すアフターケアしといて文句言う方がおかしな話だ」

「……それが普通だった世界から来たのが私よ?」

「あれを普通にしていいわけがないだろ!!」

「やっぱり知ってるのね。本当に……」


 カナはもう一度布団を被る。


「寝るわ。出て行って」

「なんだよ急に」


 突然の我儘プリンセスを発揮する。


 さっきまで塩らしい態度は嘘だったのか?


 いや


「おやすみ」


 彼女の瞳を覗いた俺は、大人しく部屋を出た。


「おやすみ、シェイド」


 その日の夜は、初めて彼女の小さな寝息が聞こえたのであった。


 ◇◆◇◆


 実際にあれからオースとルナがうちに来ることはなかった。


 記憶を消す力は本物らしい。


 そんなカナには申し訳ないが


「別にバレてもいいぞ」

「どうしたの?急に」


 腕立て伏せをする俺の背に、本を山積みして遊んでいるカナへと告げる。


「いや、よく考えれば少年期はオースの日常がメインだ。だから多分、お前が下手な真似さえしなければ大丈夫だと思う。そしてお前ならそんなミスを犯さないと断言できる」

「随分と信頼を得ていたのね。けれど私も大して不自由は感じていないわ」

「そこは好きにしろ。ただ……まぁそういうことだ」

「あら、気になるわね。まさか命を預けるはずの私に隠し事なんてするのかしら?」

「いや……別に隠し事って程じゃ……」

「ふ〜ん」


 なんだそのニヤついた顔は。


 非常に不快の意を示したい気分になる。


「初めてあなたが年相当の姿に見えたわ」

「俺はお前が13だなんて事実が一番信じられねぇよ」

「あまり聞きたくなかった言葉ね。私は、子供のままがいいわ」

「……」

「ねぇ」

「なんだ」

「もし不老不死の薬なんてあったら、飲んでみる?」

「死んでもごめんだな」

「そう……」


 俺の背中の重石が減るのが分かる。


「でも」


 俺は疲労した頭で


「お前となら、そんな世界も楽しいかもな」


 頭のおかしい発言をしてしまった。


「そう」


 そして俺の背中にかかる重石が急激に増加する。


「その前に死なないといいわね」

「グッ……言われずもだ!!」


 その後、岩まで乗せ始めたカナにちょっと本気で怒ったのはまた別のお話である。

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