第6話

「……来い」


 二匹の魔物が同時に襲ってくる。


 片方はゴブリン、もう片方は犬型の魔物。


 奴らは互いに敵対することはないが、別の魔物同士で協力するということもしない。


 だから連携の取れないその動きは


「一対一と変わらないな」


 俺は足の速い犬型の魔獣を剣で受け止める。


 こいつは足が素早いが、力が弱い。


 このまま体重差で潰して


「グハっ!!」


 そして遅れてやってきたゴブリンの棍棒が見事にクリーンヒットする。


「まっず」


 体制を崩した隙に、脱出した犬っころがその鋭利な牙で俺の喉笛を噛みちぎろうとする。


「バカね。連携が取れてなくても二体一に決まってるじゃない」


 そのまま俺が苦戦した魔物が一瞬で塵へと変えるカナ。


「助かった」

「ええ本当に。私がいなかったら死んでたわね」

「お前がいなかったらしねぇよこんなこと」


 俺は例の森で魔物との戦闘経験を積んでいた。


 今後魔物と戦う機会は多いだろう。


 何も知らずに戦えば最終決戦を迎える前に死んでしまう。


 俺はまだ死にたくないもんでな。


「付き合わせて悪いが、もう一回やらせてくれ」

「……あなた、冷静そうに見えて案外熱いわね」

「小説の読み過ぎじゃないか?俺はそういうのじゃねーよ」


 こうして俺は、体が動かなくなるまで戦いに明け暮れた。


「じゃあおやすみ」

「ええ」


 俺は自分の部屋に入り、疲れを一気に休める。


「大丈夫……だよな」


 ここ数週間は毎日のように同じことを繰り返している。


 朝走り、昼鍛え、そして森で戦う。


 そして合間合間で


『オ、オイラのルナだぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 主人公に絡み続ける。


 そして森で集めた魔石をそこでオースに渡す。


 不思議なことに例のアイテムを入れる場所(今後ボックスと呼ぶ)に魔石を入れておくと、何故かオースに負けると半分近くがオースの手元へと行く。


 ゲームでのシェイドは歩く経験値と呼ばれていたが、まさかこんな仕組みだったなんてな。


 そしてそんな日々を続け、俺は魔物相手に一対一なら全勝出来るようになった。


 だが結局、複数戦だと負けることが多い。


 成長を感じると共に、才能の限界を感じる。


 そんな時間を過ごしていていいのかとも思うが、俺はまだ動かない。


 というより動けない。


 村の外に子供一人で出ることは出来ず、街に行ったところで生活出来る力もない。


 つまりその所が来るのをただジッと待つことしか出来ないのだ。


 出来ないのだが


「本当にこのままでいいのだろうか」


 ◇◆◇◆


「寝坊した」


 時計を確認すると、既に時刻は昼を過ぎていた。


 ゲームあるあるの文化レベルの割に技術がある謎世界だが、お陰で今の時間を知れるのは助かるな。


「やってしまったことは仕方ない」


 とりあえず今日は戦闘訓練を短くして、いつものメニューを取り戻そう。


「今日もいつも通りの日常か」


 そんなことを思ってた時期が俺にもあったな。


「勝負よ!!あんたと私、どっちがオースに相応しいのか!!」


 俺が外に出ると、何故か家の前にオースとルナの姿。


 そしてその目の前には


「あら、この男如きが私に相応しいなんて烏滸がましいわね」


 暴虐無人カナが相対していた。


「オース聞いた!!この子凄く嫌な子だよ!!」

「いやいや、いきなり勝負をされたら誰でも怒って当然だよ」


 ルナとオースがコソコソと何かを話している。


 今がチャンスだ。


 俺は家の陰に隠れながらカナに話しかける。


「何やってんだお前」

「あら、おはよう」

「ああ、おはーーじゃねぇよ」


 何平然と挨拶してんだこいつは。


「会うなと言った、かしら?」

「……ああ」

「勘違いよ。私は別にあなたに縛られる程安い女ではないけど、約束を守れない程落ちた人間でもないの」

「じゃあこれはなんだ」

「そうね。分かりやすく回想シーンでも入れてあげるわ」

「なんだよ回想シ」


 ◇◆◇◆


 あら、ごめんなさい話してる途中だったのに。


 そう、それは朝のことよ


「魔王の復活、これが世界の転換期ね」


 私はいつものように読書に耽っていたわ。


 あなたが家を出るまでのルーティンなのだけど、今日はいつもより遅いせいでこの柔肌が凍てつく寒さに傷ついてしまったわ。


「……遅いわね。寝坊かしら?」


 優しい私は起こしてあげようか迷った結果


「あ、ここ面白いわね」


 眠るのを邪魔するのは悪いという結論を出したの。


 それからかなりの時間を読書に費やしたところで


「君……誰?」


 例の人物に出くわしたわ。


「……しまったわ」


 かなり読書に夢中になっていたとはいえ、私の警戒を掻い潜ってきたのは驚いたものよ。


「村の人じゃないよね?それに、どうして彼の家の前に?」

「質問が多いわ。そうやってマシンガントークで気持ちよくなるのは結構だけど、そういう自慰行為に私を巻き込まないでくれる?」

「え?……うん、よく分からないけどごめんね」


 少し腹が立ったわ。


 よく考えれば13歳相手にムキになっていた私もどうかと思うけど。


「えっと……」

「私は最近街からここに来た。理由は詳しくは言えない。ここの家でお世話になってる。人と話すのは好きではない。以上よ」


 どうとでも解釈できる言い方で適当にはぐらかしたわ。


 でも、どうやらあの男は私の答えが不服だったようね。


「き、危険だよ!!ここに住んでいるシェイドは……あんまりこういうことを言うのはあれだけど、普通じゃない」

「よく知ってるわ」


 私も驚いた。


 人は息を吸わないと死ぬように、あなたの頭がおかしいなんて常識を真面目な顔で言うようなものよ?


 だから私はほんの少しだけ笑ってしまったの。


 すると


「あ……」


 あの男が顔を一気に赤くしたわ。


 いくら私が可愛いといえども、近くに私ほどじゃないけど顔の出来た女の子がいるのに酷いものね。


 そして男は急に頭がおかしくなったのか


「……僕の家に来ないか?」


 最初頭が沸いてるのかと思ったわ。


 自分を物語の主人公か何かかと勘違いしてる痛い人なんじゃないかって。


 でもよく考えた末に


「ありね」


 どっかの誰かさん家よりも好待遇かもと思うと、心が揺らいだわ。


 でもそこで邪魔が入ったの。


「ど、どういうこと!!」


 奥からもう一人の警戒対象が寄ってきたわ。


 不可抗力ではあるけど、少し反省したわ。


「オース、今の話本当なの!!」

「ルナ、どうしてここに」

「今は関係ないでしょ!!」


 例の如く痴話喧嘩を始めたわ。


 少し長引きそうだから無視して本の続きを読んでいたら


 ◇◆◇◆


「あなたが出てきたわ」

「状況は概ね理解できた」


 まぁそもそも完全に関わらないなんて無理な話ではあったんだ。


 カナがいくら顔を隠したところで、人の少ない村では目立つ。


 家から出るな、なんて言って嫌われてしまえばそれこそ俺が死ぬ。


 だからカナの存在がバレることはある意味想定通りなのだが


「ちょっと俺が入るとややこしくなるから頼んだ」

「ええ。自分で蒔いた種くらい自分で片すわ」


 俺はコソコソと家の後ろに隠れる。


 それと同時に言い合いを終えた二人がカナに向き合う。


「私が勝ったら私がオースの家に泊まって、あなたは仕方なく私の家に置いてあげる。あなたが勝ったらオースを私の家に泊めて、あなたをオースの家に置くわ」

「それって何か意味があるのかしら?」

「だ、男女が同じ屋根の下で眠って間違いが起きちゃうかもでしょ!!」

「あなたがそれを言うの?」

「私とオースは幼馴染だから大丈夫なの!!」

「なるほど」


 カナはバカにするように


「いわゆる妹みたいな奴、程度の女ってことね」


 俺は思った。


 カナという人間に恐れるものはないのだと。


「殺す」


 ルナはヒロインのしちゃいけない顔をし、手を前に構える。


「ヤバい、ガチだ」


 急激に上昇した緊張感の中


「お好きにどうぞ」


 相変わらず余裕綽々なカナ。


「ぶっ飛べ!!」


 ルナの言葉と共に、先程カナがいた地面が軽く抉れる。


「かわした!!」

「あなた随分と優しいのね。私なら急に現れたポットでの恋敵なんて、顔面をズタボロにして二度と人前で顔を出せなくするわよ?」


 いや何言ってんだあいつ。


 怒りで顔が真っ赤だったルナも少し引いてるだろ。


「彼女、凄いね」


 オースは感嘆の声を漏らす。


「ちょ!!オース!!どっちの応援してるの!!」

「ええ!!僕は別に応援するも何もーー」

「吹き飛べ」

「え?」


 急激な風の奔流に直撃したルナが吹き飛ぶ。


「だれ……助」


 突然のことで息が詰まったルナは詠唱出来ず、かなりの高さから地面へと直撃する


「大丈夫?」

「オ、オースゥ」


 直前にオースが見事にお姫様抱っこをする。


 さすが主人公。


「不意打ちは関心出来ないな」

「勝負で気を抜く方がどうかと思うわ。それに、あの程度受けきれないようじゃ生きていけないわよ?」

「ルナはこれでも村で二番目に強いんだけどな」


 軽いショックで気を失ったルナを地面へとゆっくりと下ろすオース。


 そして手を前に出し


「手合わせ願っても?」

「ええいいわ。あいつが私よりも強いっていうあなたの強さ、是非見せて頂戴」


 なんかバトル展開まで始まってしまった。


 俺基本関わるなと言ったはずなんだけどな。


「まぁいいか」


 そもそも将来のことを考えれば俺はシナリオをめちゃくちゃにする手筈だ。


 だが、最終的に魔王を倒すというプランさえ成功すれば全て丸く収まるわけだ。


 だからと言って序盤から変えられると困るが、さすがにこの程度では大丈夫だろう。


 と、信じたい。


「じゃあ」

「ええ」


 二人は合図もなしに


「「吹き飛べ」」


 戦いの火蓋を開けた。

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