第5話

 例の小屋の下


「どうかしたの?」

「いや、これどこに置こうか迷っててな」


 俺は目の前に置かれた三本のボトル。


 その中身はハイポーション。


「私の調べによると、ハイポーション一つで城が一つ建つと言われているわね」

「……」

「それが三本、しかもこれだけの量存在する」

「……」

「知られればまず命はないでしょうね」

「わざと言ってるのか?」

「ええもちろん」

「はぁ」


 俺は頭を抱える。


 Kが残していったお土産は、俺の求めていたハイポーションであった。


 だが、本来なら一本しかないこれが三本もある。


 あり過ぎても困らない物とはいえ、これだけのアイテムを保管する術を俺は知らない。


 とりあえず小屋に隠しておこうと考えているが、もしもの可能性を考え別々の場所にするべきか迷っている。


「埋めるのも一つの手だが」

「地殻変動?」

「ありえない話じゃないだろ」

「心配性ね。こんな場所に好き好んで来る異常者なんて私は一人しか知らないわ」

「どうも初めまして異常者です。以後お見知り置きを」

「ええ、よろしく」


 ホントペース崩されるな。


「ゲームだとアイテムはオースが持っていたが、あれって何かの特殊能力だったりするのか?」


 もし、アイテムを仕舞える能力が使えるのならば


「確かめる必要があるな」


 俺はハイポーションを眺めるカナに目を向ける。


 もしかしたら問題は思ったよりも簡単に片付くかもしれない。


 ◇◆◇◆


「今日も行くのか?」

「ダメかな?」

「僕は大丈夫だけど、ルナの方こそ疲れてない?」

「私は大丈夫。心配してくれてありがと」


 俺は遠くで話しているオース&ルナのコンビを観察する。


「白昼堂々とイチャイチャする神経を疑うわ」

「許してやれよ。二人からすればあれでも一線を引いてるんだから」

「理解出来ないわ」


 反して興味なさげなカナは、めんどくさそうに爪をいじっている。


「それにあなた、私にあの二人には近付くなとか言ってなかったかしら?」

「だからこうして遠くから見てるんだろ」


 話が終わったのか、二人は森の中に歩いていく。


 あそこは大人達には入るなと言われている場所だが、二人はこっそりと奥に進んでいく。


「行くぞ」

「私、虫苦手なのだけど」


 駄々をこねるお姫様と共に、俺たちも森の中へと侵入した。


 ◇◆◇◆


 魔物


 それは魔王によって生み出された悪しき生き物達。


 特徴的な赤い目と、他の生き物を襲うという特性を兼ね備えている。


 そして魔物の中でも最も弱いとされるゴブリン一匹ですら、成人男性一人分の強さがある。


 そんな魔物が生息する森に今、四人の子供が足を踏み入れていた。


「おりゃ!!」


 オースが振り下ろした剣が犬型の魔物を貫く。


「フゥ」

「オースカッコいー!!」」

「今日はなんだか魔物が多いね。少し嫌な予感がするな」

「オースなら大丈夫だよ」


 真面目なオースと違い、遠足気分のルナ。


 実際、今までそれでなんとかなってきているのだろう。


 さすがチートキャラ、安心感もお墨付きか。


「汚い、臭い、うざい、死んで」


 そしてこちら側のチートキャラは大変不機嫌である。


 先ほど襲ってきたゴブリンに、何度も落ちていた石で殴っている。


 だが少し驚きだな。


 突然襲ってきたコイツを見た瞬間


『きゃ!!』


 なんて


「随分と可愛い悲鳴だったな」

「うるさい忘れなさい」


 怒りが発散したのか、原型が残っていないゴブリンに木の棒を突き刺し、二人の後を追う。


「それにしても随分と弱いわね。私程度に負けるなんて低級の魔物とはいえ少しガッカリよ」

「お前が強過ぎるだけだ」


 ゴブリンに驚いたカナではあったが、直ぐにその顔面にハイキックをかまし、例の石でその頭を木端にしたシーンは逆に笑ってしまう程だった。


 だが、彼女の力はこんなものじゃない。


 むしろその程度ではあの化け物に対抗することはまず出来ない。


「4、5体もか」


 モンスターに囲まれたオース達。


 そんな状況下でも、ルナは平気そうにオースの背中にピッタリとくっつく。


「しょうがない」


 そしてオースは右手を出し


「切り刻め!!」


 叫ぶ。


 すると魔物達が一斉に肉片へと移り変わる。


 まだ戦いを始めて少ししか経っていないはずだが、もう魔法を使えている。


 やはり主人公の成長速度は異常である。


「囲まれたわ」


 そして同時に、俺らの周りにも魔物が現れる。


「さっきから多過ぎないかしら?」

「そりゃそうだろ。魔族が直ぐ近くまで迫ってるんだから」

「魔族?なるほど、それなら納得ね」


 ちなみに俺はここの魔物一匹相手に勝てる確率は20%くらい。


 そんな魔物が五匹もいるわけで、俺の命は空前の灯火である。


 まぁそれは


「邪魔ね」


 彼女がいなければの話である。


「確かこうね」


 カナは手を前に出し


「切り刻め」


 先程見た光景と似たような肉塊がそこらに落ちている。


「いいわねこれ。簡単で使いやすいわ」


 カナの能力はコピー。


 正真正銘のぶっ壊れチートである。


 見ることさえ出来れば、その魔法や技術を使うことが出来る。


 カナを仲間にしたプレイヤー達は、こぞってカナに様々な魔法を覚えさせる。


 結果、カナは前衛に後衛、回復やバフといったサポートも出来る唯一の存在となる。


 その汎用性から、カナはクリア後の主人公と言われる程である。


 といってもカナは大器晩成型の為、今の戦闘力はそこまで期待していない。


 なら今回カナを連れて来た目的は何かというと、もしオースがアイテムボックスのように物を収納出来る魔法があるのならカナにコピーしてもらおうと思ったからだ。


「私を馬か何かと勘違いしてる?」

「お前こそ馬を馬鹿にするな。何が価値を見出すか分からないもんだぜ」


 俺は昔見た馬車を思い出す。


「鹿にまでしてないわ。やっぱりあなたの方が過剰ね」

「へいへい」


 それにしてもオースは魔石を回収しないな。


 魔石というのは、ゲームでよくいう経験値である。


 倒した魔物から取れ、それを街などにある神の像へと捧げると能力が上がる仕組みになっている。


 そしてその魔石を回収する際に、収納する術を持ってると思っていたが二人は魔石を無視して奥へと進み続ける。


「どこに向かってるのかしら」

「それは行けば直ぐに分かるよ」


 それから俺らは足場の悪い森を進み続ける。


 そして


「きれー」

「そうだね」


 そこには小さな泉があった。


 先程までは生存戦略に必死な草花しかなかったが、そこにはまるで見せる為だけに生まれような花が咲き、それを彩るように色鮮やかな蝶が飛ぶ。


 どこか浮世離れした情景は、確かな神秘性と美しさを持ち合わせていた。


「へー、綺麗ね」


 捻くれを極めたようなカナも、この景色には満足気である。


「ルナは本当にここが好きだな」

「うん。でも、それだけじゃないんだよ」

「それだけじゃないって?」

「それはね」


 俺は耳を閉じた。


 画面越しならよかったが、リアル世界であの台詞は少し……いやかなりメンタルにくるものがある。


「ーーーーーーーー」

「ーーーー」


 少し顔を赤くした二人の表情を見て、何故か俺まで気恥ずかしくなってくる。


「よくもあんな恥ずかしい台詞を人前で言えたものね」

「俺らが覗いてるだけだけどな」


 モロに食らったカナは、恥ずかしがるどころかキレていた。


 一応別の次元だとあなたも以外とあんなでしたよ?とは言えないだろうな。


「さて、帰るわよ」

「なんでだ?」

「馬鹿なのかしら?あの男と違って気が遣えないのね」


 カナが目線を向けた方向を見る。


 そこには薄暗い森の中で、赤い点滅が見える。


「あの男は魔石を回収してる暇がないと気付いたのでしょうね。悠長にしていると私も対処出来ないわよ」


 なるほどな。


 知識はあっても、やはり警戒心というのは養われていないな。


 こういった所も勉強しないと直ぐに死んでしまいそうである。


「分かった。悪いが帰りの警護も頼む」

「言われるまでもないわ。お返しは今日のデザート払いよ」


 こうして俺らは何の収穫もなく、森を抜けた


「あれ?俺、どうして魔石を持ってるんだ?」


 わけでもなかった。


 カナは先に家に帰り、俺はもう一度小屋の下へと向かった。


 そして地下には神の像があることに気付き、魔石を回収しておけばよかったと考えていると、何故か俺の手の中に魔石が存在した。


「……まさか」


 俺はハイポーションを手に取る。


 そして先程俺の中から魔石を取り出した空間へと送り込む。


 すると


「消えた……」


 ハイポーションは姿を消した。


 だが、無くなったわけではないことは簡単に分かる。


「そうか」


 俺がハイポーションを求めると、いつの間にか手の中に握られている。


「俺も持っていたんだな」


 どうやらアイテムを収納する力を持っていたらしい。


 よく考えれば、シェイドを倒した時に魔石を100個貰えたりするが、普通手に持てないからな。


 元々シェイドもこの力を持っていたのだろう。


「よかった、これでハイポーションを盗まれずに済んだ」


 俺は安心して三つのハイポーションを中へと仕舞うのだった。


 ◇◆◇◆


「とんだ茶番だったわね」


 家に帰ったカナは右手に持ったハイポーションを眺める。


「一個で城が建つ……か」


 そしてハイポーションはスッと消えるのだった。

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