第2話

 打倒主人公を掲げた俺だが、実はそれ程急ぐ必要はない。


 俺の歳は今は13。


 そして魔族編でのシェイドの年齢は18。


 あと5年の猶予があるわけだ。


 俺が速めに動きだしてしまい、ストーリーが変わってしまえば俺の武器は完全になくなる。


 だがストーリーに関わりのない小さなことであれば好きに出来る。


 そんなわけで俺が始めたことは


「あらシェイドちゃん、運動始めるの?」

「ああ。レベリングでも筋力や体力は増えるが、それよりもトレーニングでステータスを上げた方が効率がいいからな」

「そうなの?お母さん難しいことは分かんないけど、頑張ってね」


 シェイドの母親は超がつくほどの天然だ。


 こうして俺が急激に変わっても


『シェイドちゃんも男の子ね』


 で済ませてしまう。


 母親としてどうかと思うが、俺の変化が分かったところで別人になったとは誰も考えないか。


 まぁ都合がいいことには変わりない。


 俺はそれなりに上等な靴を履き


「行ってくる」

「ご飯までには帰ってきてね〜」


 家を出た。


 扉を開けると、そこには小さな村がある。


 チラチラと家が見えるが、大半は畑で埋め尽くされている。


 これが始まりの村の生計を支えるものだ。


 これが全て焼かれでもすれば、焼き畑農業にでもなるのだろうか。


「ついでに村も焼けるから無理な話か」


 未来のこの村のことを考えると、なんとも居た堪れない気持ちになるな。


 だが、オースに魔王を倒してもらわねば世界が滅びてしまう。


 尊い犠牲なんてものは嫌いな身としては


「俺のために死んでくれ」


 そう言うことしか出来なかった。


 ◇◆◇◆


 村を走れば色んな景色が見えて来た。


 働いてる人間、遊ぶ子供、それを見守る親。


 画面越しでは見れなかった景色がそこには広がっていた。


「本当に転生したんだな」


 俺の中のシェイドは死んだ。


 何の因果か、俺という存在がこの世界のシェイドの肉体を奪ったことを察した俺は、同時に転生したことにも気付いた。


 俺の中には前世の人格と記憶、そしてシェイドのこれまでの人生が刻み込まれている。


 だから目的地へのルートも分かるし、誰がなんて名前なのかも分かる。


 そして


「ルナ、また行くのか?」

「うん!!オースが守ってくれるでしょ?」

「全く、しょうがないな」


 遠くに見えるあいつらのことも、二つの意味でよく知っている。


「さて」


 今の俺には最早ルナへの恋心はない。


 そもそも精神年齢が学生の俺が13歳に恋なんてヤバいだろう。


 だが、それはそれとして少女がいいというのは間違いない(予備軍)。


 ……話を戻そう。


 俺の気持ちが無くなっても、ストーリー上でのシェイドの恋心は無くなってはならない。


 オースが成長するきっかけには、周りの人間の助けが大きく関わる。


 そしてオースとルナの仲を向上させるには噛ませの役割が必要不可欠なわけだ。


 そんなわけで、俺は遠くに見えた二人の元に向かって走る。


「オ、オイラも一緒に連れて行けよ!!」

「うわ、出た」

「また君かシェイド。この前の僕達への態度、忘れたとは言わせないよ?」


 絡むと即、嫌な顔をする二人。


 俺の正面に立つ金髪の男、オース。


 強い、家事得意、話上手で優しい、そしてイケメン。


 この世の全てを手に入れた男は誰かと聞かれたら、俺は躊躇いなくゴールDオースを指差すだろう。


 そして、そんなオースを盾にするように隠れているのはルナ。


 水色の髪をした女の子であり、常にオースと共にいる幼馴染兼メインヒロインの一人。


 少しぶりっ子気質があるが、根は強く折れかけたオースを叩き起こすシーンから、プレイヤーの中では人気の一人である。


 だがやはりトラウマが蘇るのか、強気な態度は変わらないが、シェイドを少し怖がっている様子だ。


 本当は俺も近づかないでやりたいが、こっちもこっちで事情があるんでな。


 悪いが誰も得しないこの茶番に付き合ってくれ。


「わ、忘れた?オイラだってお前のことはい、一度足りとも忘れたことがないからな!!」


 俺はシェイドの口調を再現する。


 出来るだけ気持ち悪く言うのがコツだ。


 てか普通に喋れば有名声優の声なのに、こんなブサ声になるのは面白いな。


 ゲームでは怒りのあまり変な場所から発声していたのだろうな。


 ま、そんなこと今は関係ないか。


「忘れたって、私はあんたに急に迫られて怖かったんだから!!」

「ルナの気持ちを考えろよ」

「う、うるさい!!オ、オイラとルナは結ばれる運命なんだ!!」

「キモ」

「本当に君は……」


 そんな目で見るなよ。


 俺は虐められる方にも何かしら原因がある派でな。


 そうやって八方美人やってるから俺みたいな変な虫がつくんだ。


 隣にいるイケメンにだけ媚びてればいいんだよ。


「が、我慢出来ない。オ、オイラのルナを返せ!!」

「きゃ!!」

「しょうがない」


 俺の放った右拳をオースは受け止める。


 そして見事なカウンターを俺の顎にクリーンヒットさせる。


「先に殴りかかったのは君だ。悪いけど、次は手加減出来ないから」

「もう行こ、オース」


 二人はまるで俺の存在など無かったかのように歩き去った。


 周りからクスクスと笑い声が聞こえて来る。


 子供同士の喧嘩だとでも思っているのだろうな。


「痛いな」


 俺は立ち上がり、服の汚れを落とす。


 こうやって定期的に二人に絡み、好感度を調整するイベントを起こさねばならない。


「噛ませも大変だな」


 主人公の際立たせるキャラの苦労という、経験したくない知識を得たところで俺はまた走り込みを始める。


 これから先はセーブ&ロードのない世界。


 そして、生き残るための戦いだ。


 俺自身が多少でも動けなければ乗り越えられない程過酷な世界であることは俺が一番分かっている。


 そして、鍛えたところでどうしようもない程の強者がうごめくという事実も知っている。


 だから俺は走る。


 走って、走って、走って


 そして


「着いたか」


 荒い呼吸を整える。


 場所は村の隅っこにある誰も使っていない小屋。


 撤去するのも手間であり、再使用するにしてもボロボロ過ぎるという理由で長年放棄されたものだ。


 だが、そんな意味あり気な場所に隠されたものというのはゲームの鉄板でもある。


「果たして結果はどうだろうな」


 ここはゲームクリア後に訪れる特殊なエリアである。


 本編クリア後、突然オースが


『そういえばあの小屋に何かあった気がする』


 と不自然な導入で入る。


 そうして訪れると、色々あって地下へと続く道があることに気付くのだが


「俺は地下があることはもう知ってるからな」


 ストーリーが変わるから大きなことはしないと言った?


 うるさい俺の好きにさせろ。


 俺は小屋の下を踏みつけ、叩き、こじ開ける。


 いくら子供の体といえど、人間の体重と道具を使えば開くことが可……か……


「硬った!!」


 なんだこれ!!


 岩でも殴ってるのかってぐらい硬い。


 てか落ちてた石で殴ったら金属音したぞ!!


「どうなっている。まさか、この世界にはゲームの特異性が残っているのか?」


 クリア後にしか行けないというシステムが、この世界にも適用されている。


 そうなると


「詰んだか?」


 正直言って、今後仲間にする予定のキャラ達を俺一人の力でなんとかするのは不可能に近い。


 そしてここに封印されているあのキャラは、そんな俺の問題を解決してくれる存在……のはずだったのだが


「開かないんじゃどうしようもない」


 まさか初手で失敗してしまうなんて聞いていない。


 あれだけドヤ顔で語っていた身としては恥ずかしいこと極まりないが、それよりも


「まずくないか?」


 死への道が一瞬で出来上がってしまった。


「いやいや、諦めるのは早過ぎる」


 ここが開かないのは想定外だが、何も絶対に無理なわけではない。


「オースを誘導してあそこを突破すれば、だがそうするとストーリーが大きく変わって……でも命を守る為には……」


 脳をフルマックスで稼働させ、どうにかプランの変更を始める。


 せめてここにあるアイテムだけでも回収出来たら話は変わってくるんだがな。


「仕方ない、一回帰るか」


 頭を使い過ぎてショートしてしまった。


「家にはたしか砂糖があったはず」


 あれでも舐めて少し眠るか。


 軽く……いやかなりショックだが、どうにか切り替えよう。


 そうだ、時間はまだまだあるではないか。


 なんとか絶望的な状況を忘れようと自分に言い聞かせ、俺はそのまま家に帰ろうと小屋を出る。


 そして


「眠れ」


 俺は意識を失った。

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