S17D4 ナイスとバッドの交点

 ひとつが変わればふたつが変わる。


 初めはトラックを利用して秘密裏に接近する計画だった。誰も知らないまま、存在するとも思い至らせずにことを成す計画だった。そのための経路が崩れた今、どうしても修正が必要になる。


 幸いなのは原因が無関係な一般車の事故にあった点だ。勘づかれての妨害ではない。まだ挽回できる。


「正面からでいい?」


 兎田の言葉が全員に届いた。アンノウンに、翔に、バカに、おそらく竜胆にも。返事はまずざわざわ音で始まり、続いて馬場が答えた。


「仰せのままに。時間は後ろに二〇分、軌道は見取り図の左上から、左下を通って右下へ抜けます」

「正面玄関の左が飛び越えられそうね。カメラも手薄で。臼井は聞いてる?」


 通信機の先からドタバタ音と、少し遅れて返事が来た。


「聞いてますが何か」

「カメラについて確認したいのだけど」

「スタンドアローン型は灯籠の中と軒の裏。他は眠らせますが二〇秒です」

「了解、堂々と行くから後始末をお願い」

「エェーッ、私がですかぁ」

「他に腕がいい奴なんていないでしょう。あなたが頼りよ」


 臼井に会った時点で煽てが通じそうな気がしていた。試したら結果はすぐにわかる。


「ふぇへっへ、お任せあれ」


 ちょろい女だ。


 兎田が縮こまるしかできない間に各地では準備が進む。監視カメラの管理者を装ってデータの読み書きを可能にする。正面から飛び込んだ戦いに勝ち目となる小細工を用意する。事が済んだ後の退路を調整する。華々しくはないが重要な役目だらけだ。土は土だけで成り立つが、花は土なしでは生きられない。


 ダッシュボード下はダンボール箱よりも窮屈だった。空間そのものは広くても、細長いために使える部分は狭くなるし、角の丸みが効いてくる。柔らかさだけが勝るものの、補うにはまるで足りない。


 時間が近づく。兎田は降りる準備をする。


 臼井が遠隔でカメラを止めた。翔の車が建物の前で停まった。異常はすぐに相手に伝わる。助手席の窓を開けてライフルを構えて、独立したカメラを狙って二発。灯篭と軒下を含むすべてのカメラが監視の目を休めた。


 建物から男らが飛び出して翔を追う。走り去る車に追いつくために車を使う。翔はたった一人で家を守る人員を四人も取り除いた。逃げ切ってくれるよう願う。


 アンノウンが打ち上げた風船が注目を集めている。天動地動の計、下を通るときは上に注目させる。


 兎田が飛び込む。塀は高いが車を踏み台にしたら十分に届く。崩れた灯篭の前に着地した。


 目の前には半開きの扉と、黒服の横顔がある。恨みはないが、恨んでからでは間に合わない。頭に一発を叩きこむ。拳銃弾は骨を貫通しないことがあるので、耳を狙う。頭蓋骨の穴、外から脳までの直通口を。


 頭が弾けて体が倒れて、ひと呼吸の後に若手らしい叫び声が来る。声は一人分、しかもなかなか収まらない。誰も世話をする余裕がないし、扉が動く様子もない。ならばその場の熟練者は多くて二人だ。


 アンノウンも来た。赤のスーツは夜なら闇に溶けるが、昼はまだ目立つ。目立つ上に動くから熟練が注目する。それを横から兎田が叩く。


 静かな銃声を二発と、アンノウンが放った一発で部屋ひとつを制圧した。中へ押し入る。待ち伏せしやすい地点は把握している。不意の接敵と無鉄砲者に警戒して進む。


「ワタシも、計画とはいえ冷や冷やしたよ」

「次は私が目立つ。その銃がハリボテでないと信じるよ」

「キミの銃も、ね」

「見たでしょ。三発」


 兎田は弾倉を交換した。今回の銃も装弾数はチャンバー込みで八発、ここまで三発を撃って残り五発だ。接敵の前に八発に戻しておく。タクティカルリロード、戦場では確実さのためなら他を投げ出せる。遺言が「六発目があれば」になるなど話にならない。その六発目を用意しなかった自業自得だ。


 アンノウンはを持っている。この家の扉は内側に開くので蝶番を狙えないが、スラッグ弾でラッチボルトを破壊して蹴り飛ばせばいい。あわよくば貫通した弾がそのままもうひとつ役目を果たしてくれる。


「準備がいいのね。派手にやって大丈夫?」

「ワタシは今日で消える身だよ。そうだろう、キミも」

「ええ。頼むわよ」

「任せたまえ」


 見取り図によると次の廊下は右へ伸びる。正面には洗面所、その奥は浴室だ。潜むには適さないが念のため、最も邪魔な位置に狙いをつけて、撃った。


 巨大な弾頭が扉を貫いた。ドアは機能の半分を失い、押せば開くだけのおもしろインテリアに成り下がった。念には念を入れて煙幕を焚き、誰の咳もないと確認してから進んだ。


「さてラビクン。気づいてるね」

「当然。私が前で行く」

「やれやれ、責任重大だ」


 第一の関門、階段上からの落下物が来る。煙幕を投げ入れて壁に傷をつけて、咳の音を確認した。手鏡で角越しに様子を窺い、隙を見たら進む。


 その兎田の後ろ姿を狙って二階から構えた横顔がいる。アンノウンが弾をお見舞いした。


「ナイスショット」

「バッドウォークだ。後の乱入を防ぎたいのはわかるがね」


 地上二階建てだが、ボスにとっては平屋建築と同じだ。上は雑用係の仮眠や見張り用で、主な機能は地階にある。裏口は狙撃の気配で塞いだ。ターゲットの次の行動は、地下道から逃げるか、侵入者を片付けるか。


 少人数で来たのは逃がさないためでもある。勝つ状況で勝ち、逃げる状況で逃げる。勝つ状況で逃げれば後に響き、逃げる状況で勝つにはリスクばかりが膨れ上がる。


 兵は詭道なり。戦いは騙し合いだ。相手は勝てない戦いから必ず逃げる。逃げる者に追いつくのは至難だ。だから勝てる戦いだと思わせて、戦場に引きずり出す。


 第二の関門、重鎮の部屋の前だ。この先に待ち構える護衛隊とターゲットを片付ける。


「存外、早かったわね」

「早いのはキミの気だ。体よく面倒を任せてくれる」

「休憩する?」

「逃がしはしない」


 それじゃあ。アンノウンの小道具を整えたところで、マスターキーで扉を開けて、おもしろインテリアを蹴った。


 待ち構えていた護衛隊は輪郭が扉の陰から出ると見たら早々に銃で喋った。

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