第6話

 再び静寂に包まれる部屋と、間をおいて聞こえる爆発音。背中の大きな兄たち。取り残された末子。


「…ロティ」


 低い声でそう呟くと、どこに隠れていたのかロティが目の前に飛んできた。


「あれ、何だ」


「反逆だ」


 支配と反逆は切っても切れない関係性を持つ。支配される側の者は、いつしか命を投げうって地獄に終止符を打とうとするものだ。その〈支配〉が酷であるものならば尚更。


「こういう時の八戒って言ったよな」


「あぁ」


「…はっ」


 吐き捨てるように笑い、カルマは窓枠に足をかけた。


「随分とふざけてるんだな、八戒とか神様って」


「坊ちゃま、地下室へ…ぼ、坊ちゃま!?」


 避難の準備を済ませたらしい使用人が部屋に入った時、既にカルマは目の前の木に飛び移ろうとしている瞬間だった。


「ごめん、マロイ。俺も街に行ってくる」


「な、何をおっしゃっているのですか!お二人から坊ちゃまをお守りするようにと…」


「こんな状況で放っておけるか!こんな俺でも、公爵の弟なんだ!」


「坊ちゃま!大変、大変、公爵様に連絡を!至急!」


 背後で使用人たちの叫びを聞きながら、カルマは器用に背の高い木を滑り降りていく。


「何をしに行くつもりだ」


「国民の避難誘導だ。地下への入り口なら全部把握してる。軍の大部隊はまず貴族の避難を優先するはずだ。それじゃあ平民が間に合わない」


 溜め息をつくロティに、カルマはにやりと笑みを向ける。


「ロティならついて来てくれると思った」


「…勝手に言っておけ」




 カルマは街中にて逃げ場を失っている国民の避難から急いだ。


「東の広場に行ってください。ここから地下への入り口はあそこが近い。お子さんから手を離さないで!」


「あ、ありがとうございます!」


 案の定、平民の避難に尽力している兵士は少ない。まだ貴族の避難に手こずっているのだろう。

 街中は既に火の海で、既に手遅れの民も大勢いる。


「どこからこんな火が…」


「カルマ、上だ」


 ロティに言われて頭上を見上げると、真っ暗な夜空に複数の穴が開いていた。地上からも目視できるほど、大きな穴だ。


「無理やり壁を突き破ってきたんだろう、あれらが」


 地面の至る所で見受けられる巨大な岩。火元はどうやらそれららしく、周囲の木々や建造物を巻き込んでいる。


(でも、どうやって火を?ただの岩が燃えるなんて…)


 燃え盛る火を避けながら、カルマは一つの岩に近づく。すると、深いヒビが目に留まった。足元に落ちていた、おそらく建物の骨組みと思われる鉄の棒でヒビを広げてみる。




「…は?」


 思っていたよりもずっと簡単に岩の表面は剥がれ、中身が溶け出てきた。


「人、間」


 もう既に息の無い人間が、少なくとも十五名は岩の中に詰められていた。鼻を刺すような油の臭いに、火の元の特定がいとも簡単にできた。


 人間の死体に初めて直面したカルマは、言葉を失い、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 民の避難は進んでいるだろうか。先ほどまで考えていたことすら思考から消えていく。


 〈一体何なんだ〉その言葉だけが脳内を埋めている。





「いや、いやだ!」


 呆然としていたカルマの意識を呼び戻したのは、子供の悲鳴だった。振り返ると、貴族街の端で何名もの子供が兵士に投げ飛ばされている。


「あれは、奴隷の子供たち…!」


 枷をつけられたままの状態で、一人ずつ子供たちが燃え滾る地面に転ばされていく。そして作られた道を、貴族たちが歩いていくではないか。


 今すぐにでも殴り飛ばしたい衝動を必死に堪えるため、カルマは血がにじむほど強くこぶしを握る。


「いやだ、離して!」


「殺した方が早そうだな」


 兵士が銃を取り出す。その動作に、カルマは手を伸ばした。




(銃の操作は早い…俺じゃ、間に合わない!)



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