第5話
「何をそんなに聞きたがっているんだ」
食後すぐ待機していたカルマに、ロティは半ば引きながらベッドの上にやってきた。
「この国に、奴隷制度ってあるのか?」
ロティはゆっくりと顔を上げた。無言で理由を問いている。
「今日の黄昏時、王宮広場でどこの国かわからない子供たちが鎖でつながれて、貴族たちがこぞって何かを言い合ってるのを見た。最終的に子爵が子供たちを連れて行ったけど…まるで奴隷だった」
実際、どのような話をしていたのかは分からない。値段を競っていたのか、それ以外の何かなのか、子供たちがどこの誰なのか、普段から行われているのかなど、不明なことばかりだ。
「王宮広場は貴族の持ち物じゃない。王宮の管理下にある。そこで行われていたってことは、裏には絶対王族がいると思ってる。選ばれた人物だけが参加しているのか、それとも…」
「それで、何を知りたがっている」
これ以上話が広がる前に、とロティは厳しい声色でカルマの言葉を制した。
「何が行われていたか、か?子供たちはどこの誰か…いつから行われているか。何を聞いたとて、当主でもないお前にできることはない」
ロティの言うとおりであった。成人したばかりの若造。貴族の坊や。何一つの役目も担っていないカルマには、ルカやマクアの手がなければ何も行使できないのだ。
「そんなの、どうでもいい」
しかし、青年は知りたがった。あの光景は、単なるきっかけでしかない。
「言っただろ。ロティに聞いてるんじゃない。ブラッドロウに聞いてるんだ」
ロティの脳裏に、幼少期のカルマが蘇る。
「ブラッドロウ…?俺の苗字と一緒でややこしいな。ロティにしよう!」
幼かった少年は、いつしか視野を広げていたのだ。
「どうしてエレノスは〈支配の国〉と呼ばれてる?なぜ鎖国が〈当たり前〉になってる?教えてくれブラッドロウ。この世界は一体何なんだ」
カルマが求めているのは、この世界の本当の現実だった。このまま公爵家でのびのびと過ごすのが周囲が求める正解だろうが、彼はそれを望んでいない。真実を知りたいと願う瞳に、嘘偽りは無かった。
「それを知ってどうする。お前に何ができる」
「できることはこれから探す。何も知らないのは、無力以下だ」
貪欲に知識を追い求めるのはカルマの長所であるとともにたまに傷だった。しかし、きっとそれもまた彼にとっては鍵の一つになるのだろう。
「…仕方ない。ある程度なら話してやる」
「ある程度って、どの程度?」
「我も世界全てを知るわけではない。粗方お前が望んでいる話を、望まれた分話そう」
まずロティは、奴隷の話を挙げた。
「我はこの世に生まれて訳500年経つが、奴隷制度が定例となったのはここ100年の話だ。奴隷の出どころは不明だが、貴族共がこぞって買い漁っている。使い道は知らん」
「この家でも、買ってたのか」
「いや、公爵家は無関係だ。あのオークションに参加できるのは、王宮から直接招待状を受け取った貴族のみ。最後の最後まで奴隷売買制度に反対していたのが、当時の公爵だったからな。無論ここに招待状は届いていない」
汚い王族の発想に、カルマは歯を食いしばる。
「今もなお継続しているのは、王族が容認しているからだ。鎖国国家だというのにわざわざ他国から奴隷を買い付けているのは…」
「外の国に〈支配力の権威〉を見せつけるため、か?」
「そんなところだ」
支配の国という通称は、あくまでも国内だけの話だとカルマは前提していた。しかし、それは国外へと及んでいる。支配欲が異常というだけでは表現しきれない。どこまでも上に立ちたがる王族に嘔気がした。
「この世界を作ったのは神と言われている。鎖国国家を義務付けているのも神だが、あくまでも実際に統治をしているのは人間。その人間を統率しているのは、神と人間の間にいる〈八戒〉という者たちだ」
ちょうど今日読んだ冊子に書いてあった単語だと伝えると、ロティは一瞬驚いたような素振りを見せたが、そのまま話を続ける。
「八戒は八人いる。それぞれが〈戒め〉を力として持ち合わせているのだ」
「戒め?」
「〈支配〉〈殺生〉〈破壊〉〈神力〉〈永遠〉〈自我〉〈幻想〉〈娯楽〉。これらが八戒だ」
そういうことか、とカルマは気づいた。
「その内の支配の国が、エレノス帝国…」
「その通りだ」
「支配の力って一体何なんだ?王族が民を支配する状況を作るだけだったら、八戒の存在は必要ないんじゃ…」
その瞬間だった。凄まじい爆発音と共に部屋中の電気が消え、廊下からは使用人の叫び声が聞こえた。
「な、何だ!」
窓に急いで駆け寄ると、暗闇に包まれているべき街が赤く染まっていた。異様な光景にカルマは息を飲む。
「今しがた、八戒の存在意義に疑問を抱いたな」
肩に乗ってきたロティもまた、街の様子を見つめている。
「〈こういう時〉の八戒だ」
「…え…」
「カルマ!」
力強く扉が開かれ、ルカとマクアがなだれ込んできた。すでにロティの姿はない。
「怪我はないか?」
「俺は、大丈夫…」
心底安堵した様子を見せてすぐ、ルカはカルマの肩から手を離した。
「私は街へ出てから王宮へ向かう」
「俺は部隊全員を連れて国民の避難に行く」
「カルマは屋敷の地下に入って待っていてくれ」
兄二人は、職務を全うするために、危険を顧みず街中へ出ようとしている。
「俺も…!」
「お前はここにいろ。これは当主のルカと、軍人の俺の仕事だ」
厳しく睨んできてはいるが、マクアもマクアで弟を案じているのだ。そしてカルマ自身もそれを察している。
「大丈夫だ。すぐ戻る」
カルマの返事を聞かぬまま、ルカとマクアは屋敷を飛び出していった。
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