第4話

 ちょうど悪いタイミングで使用人に呼ばれ、詳しい話は夕食後ということになり、カルマは悶々としながらシルバーを握りしめていた。



「カルマ、聞いてるか?」


「…へ?」


「母上の命日の話だ」


 すっかりルカの言葉が頭に入っていなかったカルマは、もう一度話してほしいと頭を下げた。


「ジール叔父様とも話をしたが、今年は母上が亡くなって18年。そして、父であるランセル・ルス・ブラッドロウの墓を作ろうと思う」


 弟二人の手が止まる。マクアが3歳、カルマが産まれたその時にランセルは姿を消している。


「母上はいつも私に〈まだ待っていなさい〉とおっしゃった。けれどカルマが産まれ、母上が亡くなったその時にすら姿を見せなかった。カルマももう成人したし、もういいだろう。私たちでこのブラッドロウ公爵家を守り続けるけじめにもなる」


「父上は死んだってことか」


 さして興味もなさそうな声色で、マクアは再び食事を進める。


「もうそうするしかない。この広くもないエレノスのどこにもいないんだ。王宮にも頭を下げて捜索に当たってもらっていたが、18年も探して見つからないのであれば、国の外に出て藻屑となったと考える他ないだろう」


 遺体の無い墓、というのはあまりにも不名誉であるが、若き当主とその弟たちができる最後の弔いとしては十分だ、とルカは考えたのである。


「それもそうか―――」

「おかしくないか、それ」


 同意しようとしたマクアの言葉を遮り、きょとんとした顔でカルマが首を傾げる。今朝の一瞬の沈黙と同じようなそれが空気を流れ、カルマははっとした顔で首を振った。


「いや、父上のことは知らないけど!俺が産まれたときは、もう父上も母上もいなかったし…けど、矛盾してないかと思って」


「私の話が、か?」


「ルカの話はその通りだと思う。けじめっていうのは一つのきっかけになるだろうから」


 カルマが疑問を抱いたのは、その〈後〉だ。


「まず前提として、父上が国の外に出たとする。法律で〈この国を出たら殺される〉ってなってるってことは、何かしらの科学兵器が働いて〈何があっても死ぬ結果しかない〉ってことだと思うんだ。でも、ルカは王宮に捜索願を出して、実際に帝国軍が父上を〈エレノス帝国内〉で探したんだろ?どうにかして国を出た父上を殺す役目を法律の上で担ってるのが帝国王宮なのに、なんで捜索願に従って父上を探すんだ?」


 カルマの訴えは理にかなっていた。外に出ていたら王宮に殺されているはずだが、その王宮側がルカの希望を叶え18年間もの間帝国内を捜索、もしくは観察し続け、結果〈見つからない〉という結論だけを出すというのは些か納得がいきにくい。


「つまり、二択だと思う。〈父上はどうにかして国の外で生きている〉もしくは」


 二本目の指を立て、実父について語っているとは思えないほど淡々とカルマは続ける。


「〈なんらかの理由で父上は殺害され、それを王宮が隠ぺいしている〉か」


 前者の可能性は限りなく低い。この国を覆っている壁の外側がどうなっているかは不明だが、車やらタブレットやら、科学が絶え間なく発展し続けているこの国から逃れられるとは考えにくいものがある。


 後者だとすれば大問題だが、証拠が無い以上突き詰めることはできない。


「極論だな」


 と言いつつも、マクアは呆れていなかった。カルマの言葉には納得しているようだ。


「私も同意見だが…腑に落ちた。カルマの言う二択のどちらかが正しいとする。どちらにせよ、父上の墓を作り、公に弔うのはあまり得策ではないな」


 正式にブラッドロウ家が前当主の死を肯定してしまうと、それ以上の追及ができなくなる。前者であれば奇跡的にランセルが帝国に戻った際に座る席が無くなり、後者の場合は王宮の隠蔽を認めることになる。


「墓を建てれば最終的に蜜を吸うのは王宮ってわけか。面白くねえな」


 マクアの意見にルカも頷く。


「ありがとう、カルマ。母上の言葉を無視してしまうような判断をするところだった」


「ルカは間違ってないよ。現状が変わるわけじゃないし」


 結局次の週に母、ミレーの命日を迎えるだけにし、ランセルの件は今一度封を閉じることとなった。



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