第3話

「緑の棚…これだ」


 粗方読もうと思っていた本を読み終えたカルマは、ロティに教わった本棚を見つけ、新たな本を物色していた。


(すごいな…ロティの言ってたとおりだ。見たこともない古い歴史書がたくさんある)


 とりあえず目に留まった本を開いてみると、鎖国国家についての説明が記されていた。


「世界を統率しているのは神で、鎖国国家を作ったのも神…神と人間の間にいる者たちがそれぞれ国を持っている…あれ?」


 ちょっと待てよ、とカルマの手が止まる。


(この本は200年前の歴史書で、さっき読んだ鎖国国家ができる前の世界の歴史書は500年前。さっきの本に〈神と人間の間にいる者たち〉なんて記載はなかった)


 つまり、鎖国国家が世界各地に作られた際、そのような存在も同時に作られたという可能性が出てくる。


「…面白い!」


 持てる分の本を持とうと片っ端から漁っていると、一冊の薄い本が足元に落ちた。それにはタイトルも著者も書いておらず、ほんの数ページしか文字が書かれていない。


 カルマは何故かそれを読みたいと思った。誰も座っていないテーブルに向かい、窓際でそっと冊子を開く。


「古代語だ」


 テーブルの下に常備されているタブレットを使い、古代語をスキャンしながら解読して読み進めていく。

 古代語のデータも入っているが、読める文字が限られているのか、文章にならない程度にしか現代語訳できていない。


 しかし、カルマにとってはそれで十分だった。


「神と、八戒が、国を、ドームで覆い、隠し…」


 10歳の時点である程度の古代語をマスターしていたカルマにとって、科学の技術による助けは微々たるもので足りた。それこそ、ただ単に読み進めるスピードが加速するだけにすぎない。


「神の…読めないな、神の何かと、契約…契約?」


 聞き覚えのない言葉の羅列に頭を悩ませる。


(確か、魔法を使う国があるって読んだけど…エレノスに魔法という概念は存在しない。それなのに、契約?神の何かって書いてあるってことは、神と契約するわけではなさそうだけど…)


 読み進めていくと、ところどころ文字が潰れている中、契約対象者と被契約者は、互いを同化させることで契約をすることができるらしいことが分かった。それにより被契約者は、人並み外れた力を手に入れられるが、それへの対価についてや、契約の詳細についてはどこにも記載がない。


「これ以上詳しいことは書いてない、か…」


 その他の歴史書を読んでも、〈契約〉の二文字すら出てこず、仕方なくカルマはすべての書物を棚に戻した。


 太陽の角度を見て、長い昼間も終わりを告げようとしていることに気づき、図書館の外に出る。



「カルマッ!」


大きく背伸びをしていると、真横から大きいとは言えない声で名前を呼ばれた。


「な…うわっ!」


 返事をする前に木と木の間に引っ張られ、勢いよく転んでしまう。


「びっくりした…誰だよ」


「悪い悪い。ちょうどいいところにいたと思ってさ」


「シュディ!」


 輝く金色の髪をふわりと揺らす緑の瞳の好青年は、いたずらが成功した子供のように歯を見せて笑っている。


「お前…また王宮抜け出してきたのか」


 カルマからの鋭い指摘に、青年はあからさまに目を逸らした。


「あーあ…また怒られるぞ」


「大丈夫だって!俺第三王子だし」


「順番とか関係ない」


 シュダールス・G・エレノス・ロキアトス。エレノス帝国の第三王子で、街ではもっぱら〈問題児〉と言われている男だ。カルマとは幼馴染で、共に遊びたいがためだけに幼少期から王宮を飛び出すような、行動力の塊と言ってもいい18の青年である。


「カルマ、もう帰るんだろ?一緒に王宮広場に行こうぜ」


「えぇ~…」


「そんな露骨に嫌そうな顔するなよ友達相手に」


 目を細め、口を力強く閉じ、じとーっとした表情になったカルマなどお構いなしに、シュディは既に体についた埃を払いながら立ち上がっていた。


「もうじき夜になる。黄昏時は、王宮広場に立ち入ったら駄目だろ」


「大丈夫だって。少し法に触れるだけ」


「それが一番駄目なんだよ」


 ちょっとだけ、と言って聞かないシュディに、カルマの方が先に折れた。彼はこうと決めたら達成するまで譲らないのだ。


「なんで王宮広場なんだよ」


 シュディ曰く王族だけが知っていると言われる裏道を歩く途中で質問すると、彼はにやりと笑った。


「何かイベントがあるらしいんだ」


「何だ、イベントって」


 その問いにはにやにやするだけで、シュディは全く答えない。


「…知らないんだな」


「違う違う!立ち聞きしてて聞こえなかっただけだ!」


「知らないってことだよそれが」


 とにかく、と無理やり話をまとめたシュディが指さした方向を見ると、確かに広場には人が集まっていた。


「ここなら向こうからは死角になっててばれないから、ちょっとだけ見てようぜ」


 草むらに隠れながら、まるで刺客か何かのように息を潜めながら広場の様子を眺める。


(貴族ばっかりだな…それも年配の子爵や侯爵がわんさかいる)


 なんとなく気持ち悪い空気を感じた。本当に見てはいけないものを見ているかのような気分に、カルマは吐き気を覚える。


「カルマ、何だあれ。見えるか?」


 シュディが見つけた方向を見ると、何やら大きな箱のようなものがあった。巨大な布で覆われ、中身が何なのかはわからない。


「何してるんだ…?」


「競り、だな」


 首を傾げるシュディに軽い説明をする。


「競争みたいな感じかな。珍しい何かを誰が一番お金を出して払うか、競ってるんだ」


 書物に書かれていただけだが、そこにあった絵画に非常によく似た状況だった。貴族らがてんでに手をあげ、何かを叫んでいる。


 そして拍手喝采が起こり、笑顔で箱に向かっていくのは小太りの男。


(あれは…ボーンソワ侯爵か)


 横から開かれた箱からまず出てきたのは鎖。動物でも出てくるのかと考えていた二人の目に、驚愕の光景が映る。


「こ、子供…?」


 エレノスでは見たことがないようなぼろ雑巾とも言える服を着せられ、手入れされていないぼさぼさの髪を携えた複数名の子供たちが、首と手首、そして足首に枷をはめられた状態で引っ張り出されているのだ。

 次々と侯爵に連れられて行く子供たち。それを青年二人は愕然と見ていることしかできなかった。




 そこからのことはあまり記憶にない。互いに無言のままその場から逃げるように去り、太陽が消え月が現れた時刻に屋敷に戻ってきたカルマは、まっすぐ部屋へと向かっていた。


 後ろ手に扉を閉め、崩れ落ちるように床に腰を下ろす。


 手が震えていた。


 この感情は恐怖とも違う。どちらかといえば憤怒に近いかもしれない。


 しかし、あの場で何もできず逃げてきた自分への苛立ちもある。



「どうした、カルマ」


 ばっと顔を上げた先にいたのは、優雅に翼を動かしているロティだった。何故かその瞬間、ロティだけが自分の味方のような気になった。


「ロ、ティ」


 この鴉なら、答えを持っているかもしれない。淡い期待でしかなかったが、その時の青年の瞳はきらめいていた。


「教えてほしいことがある」


 煮えたぎる感情の隅に、狂気ともとれるほどの欲が渦巻いている。


 カルマは〈知りたい〉と願った。


「この公爵家に生き続けている伝説の鴉〈ブラッドロウ〉として答えてくれ」


 ロティはその言葉に、羽ばたきをやめた。


「この世界は…一体何なんだ」



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