ステージ12-6
「ここから先は、僕一人に任せてくれ」
僕はそう言って、サリアの前に出る。リーナは挑発的に剣を僕に向けると、
「あなた一人で、私と対等にやり合おうっていう気?」「やりたければやればいい」
そう言って僕は『聖鎖』の実体化を解くと、無抵抗を表すように両手を広げる。
「殴りたければ殴ればいいし、斬りたければ斬ればいいし、殺したければ殺せばいい」「——なら」
そう言って、リーナは僕へ一歩踏み出す。
「だが、そうしたって君はどうにもならない。僕を殺したって、『魔王』を殺したって、——何も、満たされない」
だってそうだろう、と戸惑うリーナに僕は続ける。
「君の願いの根源は——ただの、恐怖だ」
ずっと僕を好いていてくれていたリーナを思い出すばかりで、気づくことができなかった。そうだ、元々リーナはそういう奴だったじゃないか。
他人を恐れて、他人を拒絶して、他人を排除して。
仲間を作らないのは、失うのが怖かったからじゃない。そいつが何かを奪っていくのではないかと不安だったからだ。
女冒険者が、彼女の父の命を奪ったように。
思えば、彼女について、僕は誤解だらけだった。今だって、彼女のことを全て理解することはできていない。
「人間不信の『勇者』か」
感慨深いように、サリアは呟く。きっと彼女も、思うところがあるのだろう。——誰も信用することができなかった、『魔王』の彼女にも。
「私のこと何も知らないくせに! あなた達に、私の何がわかるって言うのよ——!」
「わかるさ」
僕は丁寧に、彼女の言葉を否定する。
「君は知らないだろうけど、僕は君と長い時間を共にしたんだ」
二年と三ヶ月。一一周。 それが彼女と共にした、時の全てだ。後半は破綻していたとはいえ、彼女の人となりを知るには十分だった。
「僕は知ってるぞ。君が父親を殺された時、逃げたことを後悔していることを。誰も信用できなくて、君が寂しかったことを」
「ならわかるでしょう! 私が、今すぐそこの『魔王』を殺したいんだってことも!」
「わかってるさ。『魔王』が人類を虐殺するんじゃないかって、不安なんだろう? ——でも、サリアを殺した後はどうなる。次は僕が怖くなって殺すんだろうね。その次も、きっと——」
リーナは怒りのままに、右手に握る『聖魔剣』を僕に振り下ろす。瞬間、サリアが動き、リーナの剣を弾いた。
「君がそれを望んでいるのはわかってる。でも、それは君のためにはならないんだ」
大粒の涙が、リーナの額を伝う。
「なら、どうしろって言うのよ!」
悲鳴のように、リーナは叫んだ。
「まずは誰かを、信用できるようになってほしい。そうしないと君は、一生その恐怖に苦しめられることになる」
「そんなことできない!」
彼女は左手で、胸元のペンダントを強く握る。父の形見——彼女にとって、一番安心できるものだ。
「もう私は、誰かを恐れずには——誰かを恨まずには、生きられない!」
そんなことはない。僕は、誰かを信用できるようになった彼女を知っている。
「できるさ」「できない!」
もういい、とリーナは僕からふらりと離れて、そして力なく地面に『聖魔剣』を突き刺す。僕はリーナの名を叫ぶが、彼女はそれを気に留めず、続けた。
『聖魔剣』が、光を帯びる。
瞬間——光が視界を埋め尽くした、かのように思えた。
瞳を開けると、そこにいたのはサリアだった。彼女は闇に包まれた『聖魔剣』を振り下ろしていて、その先には闇が広がっている。その闇が、リーナの光を遮っているのだろう。
思い至るべきだった——『勇者』に『聖魔剣』が使えたように、『魔王』にも『聖魔剣』が使えるのではないか、と。
「サリア! リーナは!?」
「あの闇の向こうだ。いくら『勇者』だからとはいえ、あれだけのエネルギーに耐えられるかどうか。もし、耐えられたとしても——」
サリアはその後の言葉を濁した。まさか、自ら自爆を選ぶとはな……、とサリアが呟く。
闇が晴れた。
まるで終末のような、凄惨な光景だった。
全てが壊れ、全てが崩れ、全てが果てている。雲ひとつない空の下、空の月が僕たちを照らしていた。
僕は地面に倒れ込むリーナに駆け寄る。
また、こうなってしまうのか!
——結局、こうなってしまう運命だというのだろうか。
僕はリーナに駆け寄り、そのぼろぼろになった体を持ち上げる。——まだ息がある! まだ、どうにか助ける術があるはずだ——!
「おいリーナ! 目を覚ませ!」
崩壊したバックミーア城の中心で、僕は叫ぶ。——何か、何かできることはないのか……! 僕はあたりを見回す——が、何も方法を思いつけない。
「やめろ、ケレシス。そいつはもう……助からない」
サリアが諭すようにそういった。
わかってる、そんなことは。だが、僕はどうしても彼女を死なせるわけにはいかないのだ……!
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。僕は記憶を巡らせる。
リーナと出会った時、とても警戒されたのをおぼている。今思えば、それは彼女の恐怖心の強さからなのだろう。そんな彼女と三ヶ月ほど旅をして、そして僕たちは魔王城へと辿り着き使命を果たした——運命を遂げた。
それが、最初の過ちだった。
そのころの僕たちは知らなかった——魔族のことを、何も。そして僕たちは、運命の巻き戻しを決心した。
リーナが僕に心を開いてくれたのは、その頃だっただろうか。彼女は僕に、彼女が魔族を憎む理由を教えてくれた。そして、僕たちはひとつ約束した。
——この旅が終わっても、一緒にまた旅に出よう、と。
その後、彼女は『魔王』に敗れ、死んでしまった。それが、僕の地獄の始まりだった。
その後、僕はリーナを決して死なすまいと、何度も巻き戻しを繰り返しながら、魔王城へと向かった。その中で、僕は無力感に精神を少しずつすり減らしていった。
そして、僕は人を殺し——決定的に壊れ、狂い、絶望した。
そこから立ち直らせてくれたのが、『魔王』サリアだった。彼女は、僕に重要なことを教えてくれた。
——時に思いとどまることも、必要なのだ、と。
僕はその言葉を聞いて、ある少女のことを思い出した。魔族への怨念に縛られた少女——リーナのことを。
「……?」
リーナがゆっくりと目を開けた。彼女は不思議そうな目で僕を見る。どうしてそんな深刻そうな目で私を見るんだ、と。
僕は何も言わず、彼女を優しく抱きしめる。そして、ずっと言いたかったことを言う。
「大好きだよ、リーナ。世界の誰よりも、君を愛している」
そう言った瞬間、リーナの体が震える。顔は見えないが、きっと驚いているのだろう。
僕は今の彼女と、かつての彼女を重ねる——僕の手の中で死んでいった、彼女のことを。……やっぱり、どうやっても彼女は死なせられないな。
僕はリーナから体を離すと、サリアに向けて、
「すまないが、サリア。もう一回だけ、巻き戻しをさせてもらうぞ」「——! わかった。ここ、魔王城で待っているよ」
僕はリーナを持ち上げる。
「それじゃ、行くぞ。リーナ」「……どこに?」
僕は彼女の質問に、少し考えて答える。
「——始まりに、だ」
気がつけばそこは、開拓者ギルドの入り口だった。
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