ステージ12-5

 気がつくと、僕はサリアに抱えられていた。所謂お姫様抱っことかいうアレである。通常は男性が持ち上げる側なのだろうが、高身長で体格もしっかりしたサリアがそうすると、意外に様になる。


 サリアは僕をゆっくりと、地面に下ろした。


「どういうことだ、ケレシス。奴は、アイラー村とやらに足止めしてあるはずだろう!」


 サリアが叫ぶ。


 あたりは、残骸の山になっていた。魔王城を丸ごと粉砕できる人物は、僕の知る限り一人しかいない。

 そう——『勇者』リーナだ。


「不審だったから急いで来てみれば。ケレシス——どうして、あなたがそっち側にいるの?」


 怨念に震えた声が聞こえる。

 そこにいたのは——『聖魔剣』を両手に握る、赤髪の少女——リーナだった。


 ——本当に、この旅は出来過ぎだ。

 そんな、いつかの言葉を思い出す。その言葉はある意味で正解で、ある意味で不正解のようだ。出来過ぎているのは、僕の旅ではなく、彼女の旅なのだ。

 例えばこの旅が一つの物語だったとして、主人公は僕ではなく、彼女なのだろう。この世界は、彼女のために出来ている——出来過ぎている、そんなようにさえ思う。


「そう、すっきりした。君はそっち側だったんだね。そりゃあ、目的がはっきりわからないわけだ」


 僕は片方の『聖魔剣』を折ったはずだが、彼女はが持っているのはどちらも完全な形だった。『聖魔剣』が再生した、とでもいうのだろうか。


 リーナは吐き捨てるように、「『勇者』としての使命は僕が果たすって、そう言っていたのに」


「その思いは嘘じゃない。僕は人類を見捨てる気なんて——」「なら今すぐそばにいるそいつを殺してよ!」


 ヒステリックにリーナが叫ぶ。


「私の父は、魔族に殺されたんだ! そいつらはさらに人を殺す! ねぇ『魔王』、あなたも、人類が憎くて憎くて仕方ないんでしょう? 滅ぼしたいんでしょう?」

「やめろ。リーナ」

「君はやっぱり、そっち側なんだね……」


 もういいや、とリーナは両手の『聖魔剣』カリバーンを構えた。場の緊張感が一気に高まる。もうどうやっても戦闘は避けられないだろう。

 僕はサリアに向けて、


「殺すんじゃないぞ」「『魔王』に注文をつけるとは、偉くなったものだな。……はは、悪くない」


 僕は右手の『聖鎖』を実体化させる。


 先手を打ったのは、リーナだった。彼女は鬼気迫る表情で、僕に向けて一直線に跳ぶ。数十歩はあった距離が、瞬きのうちになくなっていた。


 僕は『聖鎖』を左右に張り、『聖魔剣』の斬撃を防ぐ。


「まずはお前を殺す——!」


 リーナは、確かな殺意を僕に向けた。

 サリアの接近を察して、リーナは跳び上がる。そして落下の勢いをつけて、僕に斬りかかる。僕は瞬時にその場を離れ、間一髪でリーナの斬撃を回避した。リーナは横目に僕を見て、そして舌打ちをする。


 ——怪我をした左手が痛む……!


 僕は左手を庇いながら後ろに下がると、リーナは両手の剣を強く握りながら僕を追いかける。リーナは問い詰めるように、


「どうして、お前はそっち側なんだ!」「——遺志だよ、お前のな!」「また訳のわからないことを——!」


 サリアはリーナに向けて距離を詰めると、力強い一撃をリーナの腹に喰らわせる。リーナは何度か地面を転がると、すぐさま起き上がり、サリアの攻撃を回避する。


 瞬間——拳と剣の応酬が始まった。

 ともに体力と命と精神をすり減らすようにしながら、彼女たちは攻撃と防御と反撃と回避を繰り返す。


「リーナ! 聞いてくれ!」


 そんな中で僕ができることは、リーナに語りかけるぐらいだろう。


「一度話し合おうじゃないか! 殺し合うのはそれからでも遅くない!」


 リーナは一度後退して僕の方向を見ると、


「そう言って不意打ちをするのが、お前達の常套手段でしょう!?」「リーナ、お前には一度落ち着く時間が必要だ!」


 僕が、そうであったように。


 最初、リーナが『魔族』に対する恨みをなくすのには、数ヶ月の時間を要した。だからきっと、今回もそれぐらいかかるのだろう。


 リーナは、サリアに向けて跳躍し——両手の『聖魔剣』を振り下ろす。


 彼女はきっと、『魔王』が人類を滅ぼすと、本気で思っている。邪悪で、残虐で、非道なのだと。僕だって、最初はそうだった。


 サリアは攻撃を間一髪で回避すると、リーナの左手を攻撃する。


 でも、僕は知っている。


 サリアは、そんな悪い奴じゃない。

 彼女と特に話したのは数時間程度だが、それだけでわかる。彼女は邪悪ではないし、残虐でもないし、非道でもないのだ。

 彼女は、『魔王』にならざるを得なかっただけの、ただの少女でしかないのだ。


 サリアの攻撃を受けて、リーナは思わず左手の『聖魔剣』を離してしまう。サリアはすかさずそれを回収する。

 リーナは、両手で『聖魔剣』を握り、サリアに振り下ろす。サリアも『聖魔剣』を使い、リーナの攻撃を防いだ。


「私は、どうしても憎いのよ! お父さんを殺した、こいつらのことが!」

「ふざけるな!」


 ——と、初めてサリアが叫んだ。


「『勇者』が何のために『魔王』を殺そうと思っているかと思えば、ただの私怨か!」


 何か悪い? と、リーナは挑発的に答える。「あなたに私の気持ちがわかる? 目の前で、自分の父親を殺される気持ちが!」

 サリアは押し黙るように、リーナと鍔迫り合いを続ける。


 目の前で父親を殺されたリーナと、その手で父親を殺したサリア。

 望まれて『勇者』になった少女と、望まれずに『魔王』になった少女。


 彼女達はある意味で似ているようで、それだけに対称的だった。

 僕には、彼女達の苦悩を理解することはできない。できるのは、理解した気になってあげることだけだ。自分は、決して他の誰かになれないのだから。

 けれどもそれは、誰かを理解する努力を惜しむ理由にはならない。なぜなら、不理解が人類と魔族の分断を作ったから——人と人を、隔ててきたから。


 だから僕は、リーナへの歩み寄りを止めない。


「リーナ。何が、お前をそうまでさせる? 名誉や富ではない、『勇者」』としての義務でもない——じゃあ、お前は何を求めてここまで来たんだ!」「私、は——!」


 そう言って、リーナはサリアを弾き飛ばす。


「私は——もう嫌なの。もう、これ以上、誰も——何も失いたくない……!」


 彼女のその蒼の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 ……そうか、そうだな。どうして僕はそんな簡単なことに気がつけなかったのか。自分の鈍感さが、本当に嫌になる。


 サリアは再びリーナに立ち向かって行くのを——僕は制した。そして、僕は言う。


「ここから先は、僕に任せてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る