ステージ12-4
レッドカーペットの上で、僕は目を覚ます。ここはどこだ……、どうして僕はこんなところにいるんだったっけ?
ゆっくりと体を起こして——そして、左手の痛みに気づく。アニムにやられた部分だ。見ると、そこは丁寧に包帯で巻かれていた。僕が記憶ないうちにやったのかもしれないし、もしかしたら誰かがやってくれたのかもしれない。
ゆっくりを体を起こして、僕はあたりを見渡した。黒い煉瓦を積み上げて作られた大きな空間。天井は高く、各所に金があしらわれている。
まさか、と僕はその場から立ち上がり、そして前方を見る。
「やっと気がついたか、人間」
レッドカーペットの先、足を組みながら玉座に座る女のことを、僕は知っている。
僕の一•五倍はあるであろう大柄な体格。全てが規格外の体は、防御の魔法陣を編み込んだ特殊な生地でできたであろう、漆黒のドレスに包まれていた。
彼女の名前は——
「改めて自己紹介しようか。『魔王』サリア・バックミーアだ。久しぶりだな、人間」
僕は彼女が言った言葉に、困惑する。
——『久しぶりだな』? 彼女と巻き戻しを行ったのは、二回目の時だけのはずだ。なのにどうして、彼女は僕のことを知っている?
そんな僕の疑問を悟ったように、
「どうやら、巻き戻しとやらの効果は死なぬ限り継続するようだ。よくも私をこんな繰り返しの中に閉じ込めてくれたな、人間」
「それは……もう、何の弁解もできないです……」
「はは、そう畏まるな。一度は手を取った仲ではないか!」
……こいつ、こんな性格だったか? どうやら、敵とそれ以外では態度が全く変わるらしい。まぁ、殺されるよりかはマシだと思っておこう。
それで、とサリアは表情を戻した。
「この数年間に及ぶ繰り返しの間、何がったのだ?」「……それを、聞きますか」「話せ。こうやって私が巻き込まれている以上、もうお前だけの問題ではないのだ」
僕は、洗いざらい全てのことを話した。最初から、最後まで。
その中でひとつ、気づいたことがある。どうやらリーナは、僕の中でとても重要なものであったようだ。その当時の感情を思い出すことはできないが、ぽっかりと穴が空いてしまったような感覚があった。
ピースが一つ抜けているパズルのような違和感、とでもいうべきか。
「……なぁ、ひとつ聞いていいか? 人間」「なんでしょう?」
彼女はとてもシンプルなことのように、
「どうしてそのことを誰にも言わなかった?」
僕はその言葉に、思考を止めてしまう。どうしてか、僕は彼女の言葉を理解することができなかった——そのことを、拒んでいた。
「どうして他の人を頼らなかった、相談しなかった?」
「いやだって、こんなことを言っても、誰も信じてくれないと——」
どうしてそこで、言い淀んでしまう? 自分の言葉に自信がないのか?
サリアは玉座から立ち上がると、ゆっくりと僕の方向へ歩いてくる。そして言い淀む僕を、ゆっくりと抱擁した。
僕よりも格段に大きな体。僕は呆気に取られて、言葉を失う。
「誰かに話せない状況もあるんだと言うことも、知っていてほしい」
彼女は僕から体を離すと、「少し、語らせてもらおう。私の話を」
————————
「生まれてきてからこのかた数十年、私はずっと孤独だった。
決して家族や友達という存在がいなかったわけではない。ただそれらとの関係は、生まれた時から希薄だった。
私の家は代々『魔王』を務めていてね。私の父もそうだった。
彼はお世辞にも賢いとは言えなかった。愚かだと言ってもあまりある、言って仕舞えばどうしようもない愚図だった。
毎日のように酒に、女に、飯に、遊び呆けていたよ。きっと彼は、その金がどこかかから湧き出てくるものだと思っていたのだろう。城下町では、毎日大量の餓死者が出ていたというのにな。
その結果が、この城さ。立派だとは思わないか? 城下町と比べて、異様なほどにな。
私は幼少期から父に反感を持っていた——奴だけじゃない、その周りでハイエナのように残飯を喰らう奴らもだ。だが、私は決してそれを口にしなかった。ただ腹の底に、どす黒い感情を溜め続けていたよ。
なぜかって? 反発することが無意味だと知っていたからだ。
もしそうすれば、奴はきっと私を反乱分子として処刑しただろうよ。
最も、私に少しでも権力があれば変わったんだろうが——生憎、私に王位継承の権利なくてね。『魔王』としての単純な暴力でいえば十分だったが、女だったことが不味かったらしい。おかげで誰も私の側にはつかなかった。
結果私は、孤立したというわけだ。
お友達と、表向きは仲良くしながらな。——孤独になれたらどれほどよかっただろうか。
そんな私にできる唯一のことは、単身で反乱を起こすことだった。幸い、そうする力はあった。——『魔王』の血を引くものとしての、絶大な力がね。
すぐには実行に移さなかった。
私だって馬鹿じゃない。考えもなく反乱を起こせば、すぐに殺されることは目に見えていたからね。綿密に計画を練っていたのさ。
そしてある日、私は計画を実行した。最初に殺したのは、幹部の一人だった。
そうすれば、『魔王』と幹部の極秘の緊急会議が開かれる。それも——情報隠蔽のために、最低限の警備だけでな。私はそこに行って——全員を殺した。
その時父に言われたよ。お前は悪魔だ——とね。
そして私は、あいつを殺した。少しの達成感と罪悪感、それぐらいしか湧かなかったかな。
そして次に、王位継承権上位の奴らを脅しに行った。私に全権力を委任するように。
翌朝には、全てが変わっていたよ。今まで侮蔑の目で私を見ていた家臣連中が、私に深々と頭を下げる様子は爽快だったな」
————————
「少し長く話し過ぎてしまったか……誰かを待つという感覚が新鮮でな。少し興奮を覚えているらしい」
こんなことまで喋るつもりはなかったのに、とサリアは呟く。彼女はわざとらしい咳をして、一度仕切り直すと、
「つまりだな、私が言いたかったことは。相談できたり、立ち止まって考え直せる状況は存外に珍しいということだ。私は切羽詰まっていたし、相談できる相手など誰もいなかった」
私のような状況でもないというのならば、君は相談したり立ち止まって考えるべきだった——と、彼女は言う。きっとそれは、彼女の本心なのだろう。
今の彼女の言葉には『魔王』の重厚感とは全く違う重みがあった。
「真っ直ぐに突き進む姿は美しい、だがな、少年。その先は奈落だぞ」
そう言われて、僕はやっと気がつく。——思い留まることも、必要なのか。
それは怨恨に取り憑かれたリーナを見て、散々知っていたはずだった。それを忘れてしまったのはいつだっただろうか。
誰の生き死にも、全て無価値だ——そんなことはない。時に誰かの動きは、バタフライエフェクト的に世界に影響を与える。もちろん、僕にだって。
どうしてそんな単純なことに気がつけなかったのか。きっと、視野が狭くなっていたのだろう。余裕がなかったのだ。
——だから数々の過ちを犯してしまった。
「すまなかった、サリア」「ああくそ……調子が狂うな。やはり慣れないことはするべきではない……」
少し、無理をし過ぎていたようだ。『魔王』のこんな姿は、誰にも見せられないな。サリアは少し恥ずかしげに、そんな言葉を言う。
彼女はまだ、子供なのだろう。大人を演じざるを得ない、一人の少女。
「ごめんな……気づいてあげられなくて」「言うな。その言葉は、『魔王』らしく振る舞おうという、私の努力の否定になる」
さて、と僕は仕切り直すように声を出す。
「サリア、もう一度、僕と手を組む気はあるか?」
そう言って、僕は右手を差し出す。悲しいな、とサリアは言った。
「私としては、前の契約を破棄した覚えはないんだが」
そう言って、彼女は僕の手を握り返す。固く、固く、その手を握り合った。
「……人間、名前は?」「僕の名前は——ケレシスだ」
そうか、とサリアは窓の外を眺める。窓から、月の光が覗く。
「ところで、ケレシス。敬語はもういいのか?」「あっ——、すみません……」
はは、とサリアは柔らかく笑った。
「今更いい。こういう馴れ馴れしい関係にも憧れていたんだ」「——そうか」
そう言って、僕たちは笑い合う。こうやって、人類と魔族の和平は作られていくのだろう。
——なんて考えていた、その時の出来事だった。
光が窓の外を包み——建物全体が、崩壊を始める。
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