ステージ12-3

 我ながらえげつない方法だな、とアイラー村から遠く離れた地、魔境のノキアにて僕は呟いた。


 リーナがアイラー村に来たせいで襲撃が起こった。襲撃の目標はリーナの命。襲撃の首謀者は、『聖魔剣』を持っている。


 そんなのは全て、僕が作り出した嘘だ。


 目的は二つある。一つは、リーナにこれ以上の『聖魔剣』を与えないこと。二つは、リーナをアイラー村に留まらせておく事。


 そのために僕は、幾重にも嘘を重ねた。


 まず最初に、僕は魔人と一つ取引をした。より正しくは——共謀、か。僕の指示で魔人が襲撃を発生させ、僕がリーナを追い込み——そして、殺す。

 この契約は、嘘だ。僕が自らリーナを殺すわけがない。


 その後、僕は例の岬へと向かった。目標は、『聖魔剣』の破壊だ。

『聖魔剣』——それは『神器』と言うだけあって、人間よりも高次に位置している。普通ならば破壊することはできない。そこで僕が使ったのが、『聖鎖』トリニチューンだった。

『トリニチューン』も、『神器』の一つ。つまり、『聖魔剣』と同じ優先度を持つわけである。したがって『聖鎖』の前には、『聖魔剣』の強度は通常の剣と同様なのだ。

 そうやって僕は、『聖魔剣』を折ることができた。


 次に、僕は魔人の元へ向かった。そして襲撃の号を出させ、用済みになった彼を殺害する。そのまま、折れた『聖魔剣』と共に地面に埋めた。

 こうして、魔人は表舞台から姿を消す。


 つまり——いくら探しても、リーナや自警団は魔人を見つけることはできないのだ。

 これによって、リーナをアイラー村に留まらせること、そして『聖魔剣』をリーナの取得できないようにすること、その両方の目的を達成することができた。


「それもこれも、リーナを戦いから遠ざけるため……」


 なんて言葉で、人を騙して、自分も騙して。


 それもこれも、今回で終わりにしなければ。これ以上、何も、繰り返したくはない。自分の無力さを、思い知りたくない。

 自分に——絶望したくない。


 急がなくては。一刻も早く、僕が壊れてしまうよりも早く。


 ……その時、建物の角から突然男が現れた。彼は大型のナイフを片手に、ニヤリとこちらを見る。考え事をしている間に、人気のない場所に来てしまったらしい。


「おい兄ちゃん、荷物を置いていきな。そうすれば命だけは助けてやる」


 邪魔だ、——と僕は『聖鎖』を男にむけて発射する。それは男の腹を貫通し、即死に至らしめる。その返り血を浴びて、僕は気づく。

 人を、殺してしまったのだと。何の理由もなく、何の価値もなく。


 近寄ってみれば、その男はリュージだった。娘の病気を治すため、仕方なくこうやって金を集めていた男。



 ……。彼は、僕が殺した。

 これもきっと、『魔王』を止めることにつながるのだ。……そうでなければ、正気を保っていられない。



 ————————



 赤髪の少女——リーナは、森の中を歩いていた。目的は、魔人とそいつが持っている『聖魔剣』の回収だ。


 早く見つけなければならない。

 ケレシスに先を越されてしまうと、彼はそのまま持っていってしまうだろう。——いや待て。元々持ち逃げするつもりなら、どうして私に『聖魔剣』のことを知らせた……?


 魔人に取られることも、私に取られることよりの方が損害が少ない? ……だとしても、他にも方法はいくらでもあったはずだ。

 彼の目的は、何だ……?


 わからない。彼のことが、何も。

『勇者』としての使命は、僕が背負ってやる——確か、そんなことを言っていたか。それはつまり、人類を『魔王』から守るということ……それが、彼の目的なのか?


 ——その時、腰に差した『聖魔剣』が反応を示した。


 地面へ向かって、引っ張られているように感じる。見ればそこは、草が被せてあり巧妙に偽装されているが——確かに、一度掘り起こされた痕跡があった。


 ……確かケレシス、襲撃の時にスコップ持ってたな。


 もしかして、と私はそこに近づいてゆく。



 ————————



 ……くそ、囲まれた!


 砂漠地帯で、僕は一人魔物と戦っていた。

 魔境の魔物は段違いに強い。今まではリーナと共に行動していて、何とかできていたことも何ともできなかったこともあったが……今回はそれらとは全く違う。


 駆け、発射し、滑り、殴り、防御し、転がり、そして再び攻撃して——自分のものか魔物のものかわからない赤い液体に汚れながら、僕は血みどろに戦闘する。

 今までにはない激戦だった。一瞬の油断も許されない——そんな緊張感が、指先を震わせる。


 サソリ型魔物の頭を、『聖鎖』が貫通する。それが最後の一撃だった。



 疲労感から、僕はその場に膝をつく。魔王城までは、もう少しだ……! そう必死に力を振り絞って、一歩前に進む。


 限界など、とうに到達していた。だが、だからと言って諦めるわけにはいかないのだ。


「おい人間、そこを動くな」


 ——と、そんな声が聞こえた。男の声だ。


 砂丘の上を見上げると、そこにはアニムとユウラの魔人親子がいた。アニムは、僕に向けて弓を構えている。少しでも動けば殺す、という言外の警告に思えた。


「引き返すがいい、そうすれば見逃してやる」「だめだ」


 アニムは困惑したように、僕の言葉を反復した。


「命だけは助けてやる——その言葉の意味がわからないのか?」「わかった上で、否定しているんだ。僕はこの先に行かなくてはならない」


 アニムは少し考えると、僕に最後の警告を行った。


「五つ数えてやる、それまでに引き返せ! 五、四、三——「邪魔だ」


 僕はアニムにむけて、『聖鎖』を発射する。『聖鎖』は彼の頭を貫いた。しかし、彼の手から離れた矢は、僕の左手に突き刺さる。


「——ッ!」


 父親の脳が破壊されたのを見て、ユウナの子供特有の甲高い悲鳴が響く。僕は痛みに倒れそうになりながら、ゆっくりと前にすすむ。そして、逃げようと走る彼女の背中に向けて——


 そうして、死体がひとつ増えた。


「……はは」


 もういい、もうどうでもいい。誰の命だって、誰の未来だって、誰の過去だって、——僕の願いだって。

 そんなものは、人類と魔族の和平という目標の前には等しく無価値だ。


 自分の滑稽さに、笑いが込み上げてくる。どうして、今までこんな単純なことに気がつけなかったのか。

 人類だって、魔人だって、そんなものは全て、十把一絡げに、無意味だ。


 だから、こんな感情だって無価値なのだ。

 僕が人を殺したって、そのことで僕が悩んだって、僕が何をしたって、僕が何をされたって。

 何もかもが、一切合切、全て——無価値なのだ。


 前を見ればそこには、魔王城の門があった。

 どうやってここまできたのか、わからない。それどころか、前後の感覚さえ。ついさっきまで朝だった気がするが、太陽は沈んでいた。


 どこか僕は、おかしくなってしまったのかもしれない。それでもいい。目標を果たせるなら。

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