ステージ12-1
気がつけばそこは、開拓者ギルドの入り口だった。カウンター席に座る赤い髪の少女が、こちらを見ている。
——もう、だめだ。
僕はその場に、倒れる。今までの旅の全てが、悪夢のように脳内を駆け巡った。もうこの悪夢も、今回で終わりにしよう。
そして僕は、再び始まりへと至った。一二回目の始まりは、絶望と共に。
————————
その後、僕は夢を見た。
まず最初に現れたのは、初めて会った時の警戒するようなリーナの表情。そして次に、戦闘の後に僕に文句を言うリーナの表情、魔族への憎悪を僕に制された時の表情、そして、巻き戻しを決意した時の表情。
それらが現れては、消えてゆく。
それらは、大事なリーナとの記憶。決して忘れてはならないはずだった、そんな記憶。
次にベッドで柔らかく笑うリーナの表情、リュージの娘を助けて満足げなリーナの表情、魔族と楽しく笑い合うリーナの表情、そして、死んでゆく悲しげなリーナの表情。
それらも、消えていった。
それらは、僕が守りたかったもの。そして、守れなかったもの。
サソリに胴体を貫かれ僕に手を伸ばしながら苦痛に顔を歪めるリーナの表情、水面へと落ちてゆくリーナの表情、砂漠で悔しさに涙を流すリーナの表情、そして、リーナだった地面に転がる首の表情。
それらは、僕の過ちの繰り返し。決してなくならない、心に何度も何度も深く深く刻み込まれた、僕の業。
僕はそれらから、思わず目を逸らしてしまう。その時——二本の腕が現れた。それらは僕を押し倒し、首を強く締める。
僕は呼吸に苦しみながら、腕の主を見る。そこにいたのは——憎しみに表情を歪ませるリーナだった。僕は必死に首から腕を引き剥がそうと奮闘するが、リーナはそれを許さない。
僕は体を動かし、リーナの体制を崩す。そして逆に彼女の上に乗ると、そのまま首を締める。強く、強く。
リーナが苦しさに、悶え、苦しむ。
「ケレシス、助けて……!」
瞳に涙を浮かべながら、彼女はそういった。だが僕は、決してその手の力を緩めない。そして彼女は、抵抗しなくなった。
————————
僕は跳ね起きるようにして目を覚ました。背中に嫌な汗が伝った。
僕はあたりを見回す。どこかのベッドのようだ。窓から見える紅の空は、今が夕方であることを示している。
「大丈夫だった? ずっと苦しそうにしてたけど」
隣から声が聞こえた。リーナの声だ。僕は驚いて、彼女をじっと見つめる。どうして彼女がここにいるんだ……!?
「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。……どしたの、そんな恐ろしそうに」
実際、恐ろしい。また、過ちを繰り返してしまいそうで。
「驚いたんだよ? 開拓者ギルドに入ってきたかと思ったら、その場で倒れるんだから」
……リーナの真意がわからない。彼女にとって僕は初対面だ。彼女は間違っても、知りもしない他人を助けるような善人ではなかったはずだ。
だが、そんなことはいい。僕と彼女はもう他人なのだ。関係ない。
さっさと、言うべきことだけいってしまおう。
「なぁ、リーナ。魔族に恨みがあるんだろ?」「どこでそれを……」
リーナは、訝しむように僕を観察する。
「もう、復讐は諦めろ。その先には、死しかない。あと、アイラー村に行くのもやめておけ」
何を言って……、とリーナが困惑したように僕を見る。
「『勇者』としての、使命も忘れろ。それは僕が背負ってやる」
その一言で、彼女はその顔を硬直させた。その反応を僕が不思議に思っていると、
「そう……、なら、一つだけいい?」
なんだ、と僕は返す。
「君は私の、何なの?」「僕は、君の——なんでもない。もう、ただの他人だ」
そう。僕とリーナはもう、仲間でもなんでもない。他人だ。
僕と一緒にいると、いつも彼女は死んでしまう。だから、彼女を生かすためには、僕は他人でならなければならない。
リーナは何も言わず、この場を後にした。
————————
僕はぼんやりと天井を眺めながら、明日からのことを考える。
目標は、なるべく早く魔王城へと到達すること。
幾度にもわたった巻き戻しは、『魔王』と共ではない。『魔王』とのコネクションはもう失われているだろう。だから、ゆっくりしていると『魔王』による侵略が始まってしまう。
そしてその際に、リーナを連れて行ってはいけない。今まで、彼女は旅のせいで——そして何より僕のせいで、何度も命を落とした。彼女を生き残らせるには、この街で平和に暮らしてもらわないといけない。
出発は明日としよう。リーナには、必要なことを全て伝えた。旅に必要な物資も、最低限ある。
この街に長居していると、リーナと要らぬ接触をしてしまいかねない。彼女が着いてくる機会は少しでも減らした方がいいだろう。
以上。脳内会議、終了。
……あとりあえず今日はもう寝よう。
僕は布団をより深くかぶる。すると、——どこからか、足音が近づいてくる。
目を開ければ、起きていることがわかられてしまう。今は耳だけを当てにするしかない。
布団の中で、右手の『聖鎖』を実体化させる。足音は、次第に近づいてきて……そして、ベッドの隣で止まった。
……何が目的だ?
かちゃり、という金属音。さて、僕の荷物の中に、あのような大きな金属はあっただろうか。
——あった。『聖魔剣』だ。
僕は勢いよく起き上がると、『聖鎖』を侵入者の『聖魔剣』を握る手に巻き付ける。そこにいたのは、この辺りでは珍しい赤い髪の少女——
「リーナか!?」「ちっ。寝たままでいればよかったのに」
リーナは『聖魔剣』を——敵意を僕に向ける。僕は真っ直ぐに、彼女を見据える。
「復讐をしないなら、その剣は要らないはずだけど?」
「忠告をありがとう。けど、絶対に私は復讐を果たすし、アイラー村にも行く」
そのためになら『勇者』の力でもなんでも利用してやる、と彼女は宣言する。
「そのためには、これが必要。『聖魔剣』カリバーン、なぜあなたが持っているかわからないけど、これは有り難くもらっていく」
「許すと思うか?」
「邪魔をするのなら、殺すけど? ……『聖魔剣』をくれた人を殺すのは気が引けるけど……まぁいいや」
暫しの膠着状態。
僕は『聖鎖』を引っ張ってリーナを壁に衝突させ、そのまま壁に穴を開け、外に出す。ここは、三階だったようだ。彼女は現在、僕が握る『聖鎖』だけでぶら下がっている状況。
ここから落ちれば、ただじゃ済まない。
「……『聖魔剣』を返せば引き上げてやる」「いやだね」
そう言って、リーナは器用に『聖魔剣』を右手から左手に持ち替えると、壁を蹴る。そして空中で『聖鎖』を引っ張る。——その力に僕は体制を崩し、そのまま壁に開いた穴の外に飛び出してしまう。逆にリーナは、宙で一回転すると、三階に見事に着地した。
——鮮やかな形勢逆転だ。
リーナは僕につながる『聖鎖』に衝撃を加え、左手からそれを強引に引き剥がす。——それはつまり、僕が三階から突き落とされるということだ。
僕は地面を何度も転がる。痛い。苦しい。だがここで、死ぬわけにはいかなないのだ。最後の力を振り絞る。
「これで死んだかな?」
リーナの声が聞こえる。僕は障害物を利用して、彼女から姿を隠した。しばらくすると、彼女は探すのを諦めたように顔を引っ込めた。
僕は満身創痍になりながらも、その場からできるだけ距離を取る。
——大幅な計画の変更が必要になりそうだ。少し遠回りになるが、まずは、アイラー村に向かわなければ。
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