ステージ11

 気がつけばそこは、開拓者ギルドの入り口だった。カウンター席に座る赤い髪の少女が、こちらを見ている。


 ——本当にここは、変わらないな。


 何も変わらない。

 いや、ここだけじゃない。魔王城にたどり着けないことも、彼女を死なせてしまうことも、僕だけが助かることも——何もかもが、嫌になるほど、変わらない。

 僕には何も、変えられない。


 そして僕は、再び始まりへと至った。十一回目の始まりは、無力感と共に。



 ————————



「ねぇあんた、私たちは仲間なんだよね……?」「そうだよ」


 当たり前のことであるかのように、そう返す。僕は今までずっとリーナの仲間だったし、これからもそうだ。巻き戻しを繰り返し、リーナと出会ってからは数年の月日が経っていた。


「なら……さ、どうして何も笑ってくれないの?」

「どうだっていい、そんなこと。僕たちは、仲間なんだから」

「……うん。——そうだね、うん。何言っちゃってんだろう私」


 そう言ってリーナは誤魔化すように笑う。


 ……さて、彼女はこんなように笑う少女だっただろうか? 開拓者ギルドで初めて会ったあの時、彼女はどんなように笑っていたか——そんなことはもう、忘れてしまった。

 どうだっていいや、そんなこと。僕とリーナは、仲間なんだから。


「そろそろだぞ、リーナ。もうすぐアドレーヌ港に着く」


 僕はそう、リーナに声をかける。だがそれに返事はなく、そして、僕の隣に彼女はいなかった。

 金属が地面に落下する音が響く。僕は背後を振り返ると、そこにいたのは全身をツタのような植物に巻きつかれるリーナだった。彼女は僕に、手を伸ばしている。


「ケレシス——!」


 僕は彼女に歩いて近づいていく。


 確かあれは、魔力を吸収して魔物化した植物だったか。人間に寄生して、根を生やして、養分にする。そして人間は魔物の拠り所として、殺されるわけでもなく、ただ、苦痛を与えられ続けるという。

 懐かしいな。この情報も、リーナが教えてくれたんだっけ。


 近づいてよくみてみると、リーナの体にはもう完全に根が張り切っていた。もう彼女は助からないだろう。


「——、殺して……!」


 絶え絶えの声で、リーナは必死にそういった。


 彼女の胸から、根が飛び出した。肺がやられたのか、声にならない絶叫が聞こえる。想像を絶する痛みなのだろう。

 彼女は地面に落とした剣を僕の方に蹴った。


「は、やく……!」


 辛うじて、それだけが聞こえた。


 そうか。それが彼女の願いだと言うのならば——僕はそれを、叶えるだけだ。それが、仲間としての正しい行いのはずだ。

 僕は『聖魔剣』を持ち上げる。すると剣と連動するように、左手のリングが光った。なるほど、どうやらこれが『勇者』の力の源だったようだ。


 僕は剣を構え、そして切断する。

 右から左に、首を切り飛ばす。


 リーナの首が、地面を転がった。尚も活動を続ける魔物を逃すまいと、僕はそのまま彼女の胴体を『聖魔剣』で貫く。

 これでもう、魔物は死んだはずだ。そのせいでリーナも死んでしまったが……まぁ、もう一度巻き戻せばいいや。


 はぁ……本当にいつまでも変わらないな、この世界は。


 というか、そもそもどうして、こんなことをしているんだっけ。

 ああそうだ、確か、リーナを助けたくて、こんな繰り返しに身を投じたんだった。それが確か……二年前のことだったか。

 それから九回殺してるから……ざっと、二ヶ月半に一回ぐらいリーナを死なせてることになるのかな?


 何のための旅だっけ、これ。


 僕は左腕に装備されたリングを見つめる。居るはずのないリーナが、僕の隣に居るような気がした。


『ケレシスに会ってから、いろんなことが変わったよ。世界も、私も。……君にはもらってばかりだな』


 僕はその言葉に、なんと返したのだろうか。


『私、世界を平和にした後も旅を続けたいな。目的地は——とりあえず東北方向に、ずーっと。そしてもう旅ができないくらいの年になったら、その場所でゆっくりと過ごして、ゆっくり果てたい。一生をかけた旅になるね』


 そうだ。そういえば、彼女はそんな夢を語っていた覚えがある。


『……君も、ついて来てくれる?』


 ……。

 …………。

 ………………。


 僕は『聖魔剣』を片手に、ただその場に立ちすくむ。


「……ふざけるな。何が、この旅は出来過ぎている、だ」


 僕は左手からリーナの遺したリングを外すと、力の限り森の木々へ投げる。



 気がつけばそこは、開拓者ギルドの入り口だった。

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