ステージ2-4
そして僕らは再び、バックミーア城の前に至った。
僕らは互いを見つめて、そして頷き合う。
目的の再確認に、言葉は要らなかった。僕らはここで『魔王』を止め、そして人類と魔族の両方を救ってみせる。——そのために、二ヶ月もかけて再びここまで来たのだ。
そばに倒れている衛兵をよそに、僕たちはバックミーア城の巨大な門を開ける。
————————
僕たちは、豪華に装飾された扉を開ける。
バックミーアの最上階。そこにある王座に、『魔王』サリア・バックミーアは堂々と座っていた。まさに、王としての佇まいだ。
「待っていたぞ、『勇者』。ついにこの時が来た。人類と魔族の決着が、今決まる」
「残念だけど、そんな時は永遠に来ない」
リーナは『聖魔剣』カリバーンを鞘にしまう。僕も、武装を解除した。サリアが怪訝そうな顔をする。
「……なんの真似だ?」「そのままの通り。私たちにあなたを殺すつもりはない」
その言葉で、サリアはより一層警戒を強めたようだ。彼女は頬杖をつくと、
「何が望みだ? 我々が貴様に渡せるような金品は一切ないぞ。それらは全て、我を支える人民へと還元すべきものだ」
「話がしたい。人類と魔族の今後を決める、大切な話を」
「種族的に魔族が知能で人類に劣っているのは知っているだろう? 私たち魔族は、お前たち人類とは違って詭弁は苦手なんだ」
取り付く島もない。——ならばやはり、計画通りに行うしかないようだ。リーナもそれを察したのか、リーナは『聖魔剣』に手を伸ばす。
「ハハ、やはり人間はそうだ! 自分の思い通りに行かなければ、すぐにそうやって暴力に頼る! ——だが悪くない。暴力は私の得意分野だ、受けて立ってやろう」
そう言ってサリアは王座から立ち上がった。そして両手を、構える。応えるように、リーナは鞘から『聖魔剣』を出した。僕も、『聖鎖』を実体化させる。
僕は小声でリーナに告げる。
「短期決戦だ。受けるも与えるも、損害が発生する前に決着をつける」「——了解」
どんなことでも即座に動けるように、僕は重心を低くする。リーナは大きく縦に剣を構えた。両者の緊張が、一気に高まる。
——瞬間の出来事だった。リーナが『聖魔剣』を振り下ろし、光の刃がバックミーア城を天井から壁にかけて二つに切り裂く。
完全なる不意打ち——だが、サリアは間一髪で回避していたようだ。——ここまでは想定内。
サリアが真っ直ぐに無防備になったリーナに向けて走っていく。そしてリーナに向けて拳を大きく構え——僕はサリアの腹を、『聖鎖』を巻きつけた右手で殴り飛ばす。
そのまま、サリアは吹き飛ばされ、地面を転がる。リーナは剣を使い、追撃を行うが、紙一重で全ての攻撃を回避される。そして、一瞬の隙に彼女は体勢を立て直すと、リーナに飛びかかった。
リーナは大きく体勢を崩しながらも、サリアの拳を回避する。不利を察してか、リーナは背後に大きく後退する。そこに僕が切り込み、サリアに再びの打撃を与える。膝を折ったサリアに、リーナは剣をかけた。
寸止め——だ。
諦めたように、サリアは両手を上げる。
「完敗だ。あぁあ、負けた負けた」「武装を解除しなさい」「それは、両腕を切り落とせってことか?」
おどけたように、サリアが言う。できるものなら、と僕が言うと彼女は黙った。
「それで、何が望みだ? ……お前には魔族に恨みがあると聞いたな、『勇者』。魔族を絶滅させたいなら、そうするといい」
「——ふざけないで!」
リーナがそう叫んだ。怒っているのだろう。
魔人への恨みを刺激されたから? ——違う、魔族を滅ぼせなどという、サリアの態度に向けてだ。
サリアは知らない。この数ヶ月で、リーナは『魔族』に対して怒れるようになったのだ。それだけじゃない——全ての人に、だ。
旅では、さまざまな出会いがあった。
アイラー村の人たちだったり、リュージだったり、アニムとユウラの魔人親子だったり。どれも数日の付き合いだったが、影響を受けるには十分だった——その出会いとふれあいは、彼女を成長させるには十二分だった。
魔人だったり、人類だったり。彼女はそんな枠組みにはとらわれない考えを獲得したのだ。
リーナ、と僕は落ち着かせるように彼女の名前を呼ぶ。なんとかリーナは冷静を取り戻してくれた。
「ところで『勇者』。お前、いいのか?」「——何が?」
リーナは怪訝な顔をする。サリアはニヤリと笑うと、
「無力化もしていない『魔王』にここまで接近して——だよ」
瞬間の出来事だった。サリアの両手を、闇が纏う。
——ケレシス!
リーナの叫ぶ声が聞こえた。しかしそれも、すぐに漆黒に上書きされる。
ただ莫大な、衝撃を感じる。バックミーア城全体が、崩壊していっているようだ。強力な『魔力』の波だ——そう気づく頃には城はただの残骸と化していた。
瓦礫の山の頂上から、高笑いが聞こえた。——サリアのものだ。
「『勇者』をこの手で! 討ち取ったぞ——!!」
僕は全力で、『聖鎖』をサリアに向けて発射する。——ただの『聖鎖』ではない。拘束の聖術をかけたものだ。
「——な、に……!?」
魔力を失っている現在のサリアには、効果は抜群だった。鎖は瞬く間にサリアに巻きつくと、彼女の自由を奪う。
「そうか……貴様が——!」
力を振り絞って、僕は立ち上がる。——リーナを、リーナを探さなくては! 僕は瓦礫の山を見渡す。
「——ケレ、シス……!」
声が聞こえた。小さく、掠れているが——間違えるはずもない、リーナの声だ。僕は声に近づいていく。
そこいたのは——見るも無惨な姿になった、リーナだった。
僕はリーナに駆け寄り、そして上半身を持ち上げる。
「あはは……私、もうダメみたい」「おいリーナ! しっかりしろ!」
高濃度の『魔力』にさらされたことにより、彼女の体は節々が白化し、左手は崩れ落ちていた。一言一言が、苦しそうだ。
「後のことは、任せるよ。——そのために助けたんだから」
そう言って、彼女は微笑む。
「待ってくれよ、リーナ。なぁ、この旅が終わったら、世界中を見て回るって言うのはどうなったんだ! お前がいなきゃ、世界を回ったって——!」
「ありがとう。私のために泣いてくれて」
そう言われて、初めて気がついた。自分が、泣いていることに。彼女の左手が、僕の涙を拭いとる。
「ねぇ、最後に一つだけ、願い事を聞いてくれない?」「——なんだ?」「目を瞑って、顔を近づけて」
彼女の真意がわからないまま、僕は指示に従う。
すると、唇に柔らかな感触がした。驚いて、僕は目を開ける。リーナが、僕にキスをしたのだ。口内にふんわりとした甘い味が広がる。しばらくした後、僕の腕の中で、彼女は満足げに笑っていた。
「……えへへ。ケレシスの初めて、もらっちゃった」
その言葉を最後に、リーナは、動かなくなった。リーナの体の白い部分がどんどん広がっていき、そして、粉となって風に消えていく。
手のひらには、一つのリングだけが残った。リーナの左手についていたものだ。
ああもう、どうして僕はこうなんだ。失って初めて、その大切さに気づく。
そうだ。
彼女は僕のことが好きで、僕は彼女を愛していた。——そんな素振りはいつでもあった。自分の鈍感さに、嫌気がさす。どうして僕は、彼女の心のみならず、自分の心にも気がつけなかったんだ。
もっと早く気がつけば、もっと愛することができていた。——どうしてそれが、できなかったのか。
「大好きだよ、リーナ。世界の誰よりも、君を愛している」
せめてもの弔いにと、僕は風に向けてそう言うと、僕はリーナの残したリングを左手につける。
そして僕は、立ち上がった。まだ全ての道が閉ざされたわけではない。僕はサリアの前に立つ。
「『勇者』のリングを継承したか。……どうする、人間。愛する女のために、私を殺すか」
「いいや、違う。それはリーナの墓を傷つけるに等しい行為だ」
僕は『聖鎖』の拘束を解く。サリアは自由になった体を少し動かすと、不思議そうに僕を見た。
「付き合ってもらうぞ、『魔王』サリア」「貴様——どうして私の名前を」
僕は遮るように、
「これから僕は、『運命』を巻き戻す」
「……? 何を言って——」
「その先で、お前はこのことを覚えている」
「まさか貴様——はは、あの世迷言は、本気だったのか!」
僕はサリアの言葉に頷いた。彼女の高笑いの声が響く。
「わかった。人類と魔人の共栄する未来——その願望に、乗ってやろう、人間」
「言質はとったぞ?」
「ああ。お前こそ、決して忘れるな」
その言葉を聞いて、僕は彼女の手を取る。そして、『運命』を巻き戻した。
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