ステージ2-2

 この世界に来てから一ヶ月間、僕たちは前回の知識を使い効率的に旅を進めていた。


 特に、アイラー村。前回の知識からその場に魔物の襲撃が発生することがわかっていたので、僕たちはあの村の周辺一帯を聖域にする聖術を使い、襲撃を未然に防いだ。

 現在は、この世界にもともとあったもう一本の『聖魔剣』が、結界のコアとしてあの村を守っている。


「この世界に来てから、まだたったの一ヶ月なんだよな」

「それでここまで来たっていうんだから、驚きだよね」


 僕は理由を考える。


「やっぱり、『聖魔剣」を最初っから持っていたのが大きかったな」

「……それも大きいけど、やっぱり大きいのは——」


 もったいぶるようにリーナは間を開けると、僕の注目を集めるように人差し指を立てて、


「連携力。最初に比べたら成長していると思わない?」


 その瞬間、僕の背後から何かの足音が迫ってきた。リーナが腰の『聖魔剣』に手をかけたのを見て、僕は身を屈ませる。

 魔物が僕に飛びかかった——刹那、一閃。『聖魔剣』が魔物を切り裂いた。


 僕はゆっくりと、立ち上がる。そして見事に両断された魔物を見ると、リーナに向き直して、


「なるほどな。旅を始めたばかりの頃はこういう時、『殺すつもりか!』なんて言い合っていたか」「懐かしいね、その言葉。そんな時期もあったなぁ……」


 僕は改めて、両断された魔物を見る。

 巻き付き合ったツタが、人型になったような魔物だった。……確か、高濃度の魔力によって魔物化した植物が、こうなるんだったか。

 気色悪い。


「人間に巻きついて、死んだ方がマシなほどの苦痛を与え続ける魔物だね。一回巻きつかれたら最後、死ぬことも許されず栄養分として生かされるんだとか」


 うわぁ……、気色悪い。一生関わり合いになりたくない。


「……さっさと行くか」「そうだね。アトレーヌは目前だー!」


 アトレーヌに着けば、アトレーヌ港から魔境のノキアへ。船で一週間ほど。


 ……またあの過酷な船旅をしないといけないのか。



 ————————



「もうやだ……」

「帰る時には、もう一回船に乗らないといけないんだよな……もういっそこっちに永住するか?」


 なんて戯言をほざきつつ、僕たちは魔境に上陸した。相変わらずの過酷な船旅……あればっかりは慣れない。

 僕は、まずノキアですべきことをまとめる。


「ええと、ここですべきことは——食糧の調達とそのための軍資金の確保、くらいかな? 情報調達は前回の件で済ましてるし」「そうだね」


 どっちにしろ開拓者ギルドに向かって何か依頼を達成しないといけないようだ。


「それじゃあ、開拓者ギルドに行こうか」


 そう言って僕は、ギルド本部へと足をむける。


 しばらく歩いていると、露天の角から大きな箱を抱えた男が現れた。ぶつかりそうになったので僕は立ち止まったのだが、男はわざとらしく転倒して箱の中身を撒き散らす。

 どうやら箱の中身は、希少な魔物の牙だったらしい。転倒のせいか、そのうちの一本が割れてしまっていた。


 ——とはいえ、ぶつかってもいない僕にはそんなこと関係がないので早々と立ち去る。リーナは少し不安そうにしていたが、関わってもどうせ面倒になるだけなので無視。


「おい、兄ちゃん、どこ見てんだ? 人にぶつかっておいて謝罪の一つもなしかよ?」


 ちゃんと前を見て歩いていたし、ぶつかってもいないので無視。リーナは強引に僕を引き止めると、


「ちょっとケレシス」「……一つ言っておくが、僕はぶつかっていないぞ。あれは当たり屋の類だ」


 周りの視線が痛い。早くこの場を去りたいが——もうそんなことも言ってられないか。顔を知られてしまったかもしれない。僕は男に振り返ると、できる精一杯の親切な態度で、


「どうかされましたか」

「どうかされましたかじゃねぇよ。お前が俺にぶつかったから、貴重な魔物の牙を折っちまったじゃねぇか。どう補填してくれるつもりなんだよ」

「……ええと、色々反論したいことがありますが。まず、どう言ったことを求めていられるんですか?」

「……はぁ、まどろっこしいな。金だよ、金。金貨で三枚だ」


 さて、なんと言ったらいいだろうか。反論の切り口はいくつもある。

 一つ目は、僕は全くぶつかっていないということ。近すぎて男が反射的に転けてしまった——としても距離がありすぎる。どう考えても男は意図的に倒れた。

 二つ目は、箱も牙も耐久性がなさすぎるということ。百歩譲って箱が壊れるのはあり得ることだとしても、牙が割れるのは不自然すぎる。

 ……どれも面倒だな。


「ねぇケレシス。もしかしてこいつ——」「ああ、気付いてる」


 大きく露出した上半身に彫られたタトゥーと、腰の後ろに差されている大型のナイフ。間違いなく、前回の旅で僕達を騙した男だ。

 リーナは腰の剣に手を伸ばし、警戒を強める。しかし、僕はそれを制した。


「ここは僕に任せてくれ」



 ————————



 ——俺だってこんな悪事はいつか裁かれるって知ってる。だが、娘は俺の残された唯一の家族なんだ。だからどうしてもあいつを治してやりたくってよぉ!」


 僕は当たり屋の男——名前をリュージというらしい、と同じ机を囲んでいた。

 あの後、話をしようという名目で酒場に入った。最初はなんだかんだ文句を適当に垂れて帰ろうかとも思ったが、どうやらこいつにも事情がありそうだ、と深掘りしてみればこうだ。


「ここは僕が持つよ、リュージ。なんの足しにもならないけど、娘さんのためにもそれぐらいさせてくれ」

「ケレシス——お前、本当にいいやつだな!」


 リュージが大声で叫んで、僕の手を取る。周囲の客が不思議そうに僕たちを見ていた。


「おいやめろって。僕にも羞恥心はあるんだってことを忘れないでくれ」


 リュージが潤んだ目でこちらを見つめてくる。それだけで、謝罪と反省が感じられた。きっと彼は、もう当たり屋なんてことをしないだろう。


 その時、別行動をしていたリーナが机に近づいてきた。想像していたのとは全く違う雰囲気を前に、彼女は困惑しているようだ。


「……何これ」「何って、ただ話しているだけ」


 リュージは丁寧にリーナへ挨拶をすると、


「ええと、彼女が噂のガールフレンドさん?」「だからガールフレンドじゃないって。大切な旅仲間」


 リュージの冗談が気に入ったのか、ついさっきまでの困惑はどこへ行ったのか、リーナは上機嫌に笑っていた。

 ……まぁ、よくわからないけど仲が悪くないようで何より。


「それでリュージ、娘さんの病は魔力に晒されて穢れているってことだよな?」

「ああ。それを治すには教会に助けてもらうしかねぇんだが、それをするためには大量のお布施が必要なんだと。……あいつら、どうせ手前でできねぇからって足元みてやがるんだよ」


 そう言ってリュージは恨めしげに虚空を睨んだ。僕はリーナに視線を向ける。


「っていうことだ。どう思う?」「……試してみる価値はあるかも」


 リュージは戸惑ったような表情で、二人の視線を交差させると、


「……どういうことだ?」


 僕は格好をつけるように(こういう時ぐらい格好つけさせてほしい)ニヤリと笑うと、


「もしかしたら、娘さんを治せるかもしれないぜ?」



 ————————



 翌日、僕たちはリュージの家にお邪魔していた。ノキア中心部のレンガを積み上げたような家ではなく、魔境の家で想像する通りの、砂山を削って作ったような印象を受ける家だ。

 目的は、リュージの娘の治療である。


 リュージの話によれば、彼女の穢れは魔力に晒され続けたことが原因だ。それが正しければ、『聖人』が一角の『勇者』であるリーナが浄化を行うことができる——という仮説を立てたのだが、結果から言えば実際にそうだった。


 リーナのペンダントを小範囲な聖域のコアにする儀式を行い、それをリュージの娘につけた。すると彼女の体調は次第によくなっていった。

 ありがとう、というか弱くも強い感情が込められた言葉が、耳を離れない。


「ケレシス、リーナ、お前らには本当に頭が上がらないな。本当、なんて言えばいいのか——!」

「いいさ、リュージ。僕達も、助けられてよかったよ」


 また遊びに来るかも、と言いながら僕達はリュージの家を去った。


 リーナのお人好しが移ってしまっただろうか。以前の僕は人に影響されることを嫌っていたはずだが、どうしてか今回は少し嬉しくさえある。


「……これでリュージはもう、悪事を働いたりしないだろうな。……僕に任せて正解だっただろ?」

「うん、今回ばっかりは。私にはあんなことできないな」


 どんな悪人にだって、改心することはできるのだ。リュージはただ、今までそんな縁がなかっただけ。

 誰にも相談できず、一人で思い悩んだ末なのだろう。彼の悪事も。


「それにしても、よかったのか? 聖域のコアにしたあのペンダント、父親の形見だったんだろ?」

「……うん。あれはきっと、そうすべきものだった」


 そうか、と僕は頷いた。彼女がそういうのなら、僕がとやかくいう理由はない。あれは確かに、そうすべきものだったのだろう。

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