ステージ2-1
気がつけばそこは、マニアにある開拓者ギルドの入り口だった。カウンター席に座る赤い髪の少女が、こちらを見ている。
——リーナだ。
この感覚を言い表すには、やはりこの言葉しかないだろう。それは「運命的な出会いであった」と。
リーナがまっすぐにこちらを見つめ続けている。僕は彼女に近づいていき、そして隣の席に座った。
リーナは僕を見ると、
「懐かしいね」「そうだな、四ヶ月ぶりか……」
僕は彼女の顔を見る。
この辺りでは珍しい赤い髪を、ショートカットにしている少女だ。彼女が何も変わっていないことに、僕は安堵を覚える。
唯一変わったことといえば、『聖魔剣』を持っていることだろうか。どうやら、『運命』を巻き戻っても、持ち物は持ってこれるようだ。
「……あんまりじろじろ見ないでよ」
そう言って赤髪の少女は顔を逸らして、コップの中身を飲み干した。少し頬が赤くなっているように思うのは……気のせいだろうか?
リーナは仕切り直すように小さく咳き込むと、
「ここから、始まったんだよね……」「ああ、そうだな」
リーナはしみじみと、ギルド内を見回す。僕も同じように、辺りを見回した。
そこは確かに、マニアにある開拓者ギルドだった。本当に『運命』を遡ってきたのだと、やっと実感する。
——再び始まりに至ったんだと、心の底から実感する。
「ねぇ、あれ言ってくれない?」「あれ、って……?」
と言って、僕は思い出した。あの大失敗を。リーナは何度断っても頼み込んでくる。やがて僕は折れて、
「ええと、僕の仲間になってくれないかな?」
それを聞いて、リーナは大笑いする。くそ、やっぱりこんなことやるんじゃなかった。
リーナはひとしきり笑い終わると、
「喜んで」
と、僅かに、されど確かに微笑んだ。僕は思わず、言葉を失う。その表情を、心の底から尊いと思った。
「……だから、じろじろ見ないでって」
顔を赤くしてリーナは顔を逸らした。悪い悪い、と僕は平謝りする。
仕切り直すように、リーナが手を差し出した。僕は迷わずその手を取る。柔肌が押し返してくる感覚。
「改めてよろしく、ケレシス」「こちらこそよろしく、リーナ」
そして僕たちは、かつてのように約束を交わす。
「今度こそ、世界を救うぞ。誰一人、取り残さないように」「ええ」
そういえば、と僕は話題を切り替えた。
「この旅が終わったらどうするつもりなんだ?」「どうって……さぁね。『勇者』の役目は世界を救うだけだし」
そうか、と僕は零す。その言葉にどこか寂しい気分になりながら、僕は席を立ち、ギルドの外に向かった。
そして僕は、再び始まりへと至った。二度目の始まりは、希望と共に。
————————
それから一週間後、僕たちはとある街のとある宿にいた。
それぞれで寝ようと思っていたのだが一人部屋の一つしか空いてないらしく、リーナと相部屋である。最初であれば考えられなかったことだ。それだけ彼女が、僕に心を開いてくれたということだろうか。
そうであれば嬉しいのだが。
僕たちは部屋に入ると、手早く荷物を机にまとめる。時間も遅いので、僕はさっさと床に就くことにした——唯一のベッドはリーナに譲るので、リアル床である。
僕はさっさと床に転がり、瞳を閉じる。明日も早くから活動したい、早く寝なければ。
「……あれ、ケレシス。ベッドには入らないの?」
『運命』を巻き戻してきて以来、リーナは僕のことを自然にケレシスと呼ぶことが多くなったように思う。何か心変わりでもあったのだろうか。
「リーナ、疲れてただろ。ベッドは譲って、僕は床で寝るよ」
それなら——、とリーナは言った。僕は瞳を開けて、彼女を見る。彼女は恥ずかしそうに頬を紅に染めながら僕を招くように布団を持ち上げて、
「一緒にベッドに入らない?」「……お言葉に甘えて」
そう言って僕はリーナと背中合わせになるように、布団の中に入る。年頃の男子をベッドに誘うとか、この娘は少し僕に心を開きすぎではないかと思うが……まぁ、素直に嬉しいということにしておこう。
シングルサイズのベッド。二人で寝るには少し狭い。背中に、女子特有のひんやりとした感覚が広がる。
柔らかなベッド……まともな環境で寝られるのはいつぶりだろうか。ここ最近は、野宿がほとんどだったからな。
思えば、ここ最近は疲労を溜め込みすぎていた気がする。早く寝て、体力を回復してしまおう。明日も早くから活動したいし。
「——ねぇ、ケレシス。……あれ、ケレシス?」
瞳を閉ざした僕の名を、リーナは呼び続ける。そして返答がないことに気がつくと、とても残念そうに、
「あれ、もう寝ちゃってる……? えぇ……」「ちゃんと起きてるぞ」「——ひぁっ!?」
背中越しに、リーナが大きく驚いたのがわかる。おどろかせないでよ……、と声を震わせながらリーナが言った。
「それで、どうしたんだ?」「いや、どうしたっていうわけじゃないんだけど……」「?」
もじもじとリーナが動いているのが背中越しにわかる。
「私を襲ったりとか、しないの……?」「——するわけないだろ」
えっ——? とリーナの体が震えた。
「大切な仲間を襲ったりだとか、今後の関係に支障をきたしても怖いし。というより、リーナだと返り討ちにされそうだし」
チキン、と僕を貶すリーナの声が聞こえた。その言葉がどこか嬉しそうだったのは、僕の気のせいだろうか。もしかしたら、リーナがドSという可能性も——いや、気のせいだったということにしよう。
ところで、と僕は話題の転換を図る。
「リーナ、一つ気になっていたことがあるんだけどいいか?」「……ん。どうしたの?」
背中越しにリーナの体躯が小さく動くのがわかる。
「過去に、何かあったのか? ……魔人と」「……そっか、やっぱ気になっちゃうか」
少し気まずそうに、リーナはそういった。
「どうせ面白くもない話だよ?」「それでもいい。僕はリーナのことが知りたいんだ。なんだかんだ、長い付き合いになりそうだからな」
……そっか、とリーナは少し嬉しそうに言った。僕たちは背を向け合ったまま、
「お父さんはね、私たちと同じように開拓者だった。各地を旅して、各地を助けて——そんな優しい開拓者だった。そしてある日、天啓を授かったらしい。曰く——『勇者』の世話を任せる、と」
それが——、と僕は漏らす。彼女は頷くと、
「そう、それが私。お父さんは私に愛情を注いでくれて、魔物との戦い方も教えてくれた。多分『勇者』の力に期待してくれていたんだろうね。私もそれに応えようと、必死で頑張った。お前が『魔王』を止めるんだ、と何度も言われたのを覚えているよ」
思い出を話すリーナの顔は、どこか楽しそうだった。きっと、今までこんなことを誰にも話せなかったのだろう。
少なくともその時だけは、彼女は『勇者』ではなく、ただの少女だった。
しかし、そんな楽しげな様子も雲がかかってきた。
五年前のことだったかな、とリーナは言う。その声色だけで、何かが起きたのだと察した——彼女の根幹を揺るがすような、大事件が。
「女の人だった。同じ開拓者で、目的地が一緒だからって一時的に仲間になってた。けど本当は、彼女は開拓者なんかじゃなくて——開拓者に扮した魔人だったんだ。そして彼女は、お父さんを殺した——私の唯一の家族で、私の唯一の親で、私の唯一の父だったお父さんを、殺した」
彼女の言葉に、僕は絶句する。目の前で、父親を殺された……? それほどのことが子供の精神をどれほど歪めたのか、計り知れない。
「目の前での出来事だったよ。お父さんは力を失って、私に倒れかかってきた。そして渡してきたのが——これ」
そう言ってリーナは、首にかけたペンダントを持ち上げた。剣を中心としたデザイン物のだ。以前に、それがリーナの家に代々伝わるシンボルだと言っていたのを覚えている。
「私は逃げた。もしかしたらその女を殺すことができたかもしれないけど、それ以上に怖かった。……逃げなければお父さんの仇を打てたかな、なんて時々思うけど」
その後悔が、魔人を憎む原因——『魔王』を滅ぼそうとする理由なのかもしれない。
「それからかな、一人で旅を始めたのは。もう、誰も信用できなくなっていたから。各地を回って、手当たり次第に魔人を殺して——そしてそれが、『勇者』の使命なんだって正当化して」
それを語る彼女の声は、とても寂しそうだった。細くて、小さくて——そして、儚げで。
「君に言われるまで忘れていたな、人類を救うなんて。きっと君と出会うまでの私には、人類なんてどうでもよかった」
リーナは苦笑いを浮かべるように、
「それが今じゃ驚きだよね。人類だけじゃなくて、魔族まで助けようってんだから……なんて、一貫性がないか。考えがぶれぶれ、『勇者』らしくないな、こんなの」
「そういうのも悪くないと思うぞ、僕は。誰だって間違いがあるんだから、誰だってぶれるんだ」
——そっか、とリーナは微笑んだように思う。
「ケレシスに会ってから、いろんなことが変わったよ。世界が変わった、なんていう表現を君は陳腐だというかもしれないけど……でも、本当にそんな気分。……ケレシスにはもらってばかりだな」
「いいさ、それが仲間ってやつだ。——さ、早く寝るか。明日も早いしな」
そうだね、とリーナも僕に背を向ける。
「ねぇ、ケレシス。この旅が終わったらどうするか、今決めた」「何がしたいんだ?」
リーナは仰向けになると天井に手を伸ばして、
「私、世界を平和にした後も旅を続けたいな。目的地は——とりあえず東北方向に、ずーっと。そしてもう旅ができないくらいの年になったら、その場所でゆっくりと過ごして、ゆっくり果てたい。一生をかけた旅になるね」
そんな想像を語る彼女は、本当に楽しそうだった。
「……ケレシスも、ついて来てくれる?」
そう言って、彼女は寝返りを打ってこちらを向く。僕は冗談めかしたように、
「何だそれ、口説いてるのか?」「かもね」
僕はリーナの瞳をじっくりと見つめる。
「……それも、悪くないかもな。どうせ僕は暇だろうから」
「そっか。じゃあ約束だよ」
どこかこそばゆいような感覚がして、僕は窓の外を眺める。満月が、僕たちを照らしていた。
——月には『主神』がいる、そんな神話を思い出す。
「月が綺麗だね」「……そうだな」
願わくば、何十年後も君とこの景色が見たいだなんて、
僕はその言葉を飲み込んだ。
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