ステージ1-4

「……やっと着いた、魔王城——バックミーア」


 僕たちは、バックミーアと名付けられた城の正面にいた。城下町にいる魔人に紛れるため、僕たちはぼろ布で全身を覆っている。


「旅を始めて、三ヶ月か……本当に、長い道のりだった」

「終わったような気になるのは早い。こっからが本番なんだから」


 そうだな、と僕は頷く。


 リーナは邪魔なぼろ布を脱ぎ捨てると、『聖魔剣』カリバーンを大きく横に構える。衛兵が何かを言いながら集まってきた。

 リーナの息を吸う音が聞こえる。剣が光を纏った。


 そして、リーナは左右に二度、剣を振った。


 たった、それだけだった。たったそれだけで、二度の光が魔王城を襲い、下層を木っ端微塵に粉砕した。



 ————————



 僕たちは荒地になった魔王城へと、足を踏み入れる。粉塵が舞っていて、視認性が良くない。上層部分の構造はそのまま残されていた。


「これ『魔王』生存できているのか……?」「なんともあっけない終わりだね」


 瞬間、高笑いが聞こえた。女性の声だ。


「勝手に死んだことにしてもらっては困るな、『勇者』」


 瞬間、強い『魔力』の波を感じた。あたりの粉塵が一瞬のうちに吹き飛ばされる。


「リーナ……!」「わかってる!」


 強い穢れに、意識が遠のきそうになる。リーナが『勇者』の力を使い『聖力』で『魔力』を跳ね除けてくれなかったら、容易に僕は白い灰と化していただろう。


 やはり『魔王』。そう簡単に殺されてくれないらしい。


「まさかバックミーア城ごと破壊してくるとは思わなかったな。もしやドアノックの真似事かな? 蛮族が文明人を気取るからこうなる」


 魔力の波が終わり、僕は顔を上げる。そこにいたのは、僕よりも数段大きい女性——魔人だった。


「あんな貧弱な城、入ると崩壊してしまうかと思って。魔人が設計した城だからね、いつ倒壊してもおかしくはない」

「おっと人類は建物を思わず壊してしまうほど加減知らずなようだ。……これだから蛮族は」


 僕はリーナに視線を送る。わかってる、と彼女は頷いた。


 作戦はこうだ。

 リーナを前衛に、僕が遠くから『魔王』に軽い嫌がらせを繰り返す。そして何度目か、『魔王』が僕の嫌がらせに油断し始めた時、僕が拘束の効果を持つ聖術を使う。だがその拘束も数秒で魔王は抜け出してしまうだろう。だがそれだけあれば、リーナの『聖魔剣』で『魔王』を吹き飛ばすことができる。


 今は『魔王』のヘイトをリーナへと集める段階だ。


「さぁて、そろそろ『魔王』サマには死んでいただかないとね……」

「すまないが、ここで私が死ぬわけにはいかないのでな」


 姿勢を低くして、戦闘体勢に入る。


「これが貴様らの最期だ、お前らの名前を聞いておこう。神話にその汚名を刻んでやる」


 僕たちはそれぞれ、名前を叫ぶ。続けてリーナが、


「どうせ勝つのは私たちだから聞いてあげる。あなたの名前は?」

「サリア。『魔王』サリア・バックミーア——」


 僕は『聖鎖』、リーナは『聖魔剣』、サリアは拳を、それぞれ構える。サリアは獰猛な笑みを浮かべると、


「——それが、貴様らを殺す者の名だ」


 瞬間、サリアが動いた。——僕に向けて、一直線に。


 僕は吹き飛ばされ——バックミーア城の残骸に衝突する。リーナが、僕の名前を呼んでいるのが聞こえる。


 ——大丈夫、意識はある。体も動いてくれそうだ。


 しかし次の瞬間、新たな衝撃が僕の腹に直撃する。『魔王』が追撃しにきたんだと気付くのに、数瞬の時間が必要だった。


 僕は右に向けて『聖鎖』を打ち込み、それを巻き取ることでサリアの次の攻撃を避けた。しかし、追撃は止まらない。


「すまないが、小物からやらせていただくぞ。確実に勝たなければならんのでな」


 僕を追うように、サリアも跳躍する。僕は何度もサリアに向けて『聖鎖』を発射するが、そのどれも避けられてしまう。


「弱いものいじめがお好きなようで!」


 リーナが、そこへ割入ってくる。彼女は猛スピードで跳躍するサリアに向けて、剣を大きく振る。

 聖と魔——『勇者』と『魔王』が衝突した。


『聖力』と『魔力』が入り混じった衝撃波が辺りに広がる。僕は瓦礫の影に隠れて、なんとかやり過ごした。


 リーナの『聖魔剣』は清いも穢れも関係なく、切れ味を発揮する剣だ。その特性は、『魔王』にも通用する。つまり、『聖魔剣』はサリアを十二分に殺すことができるのだ。——ただし、攻撃が当たれば。


 そのことを知っていてだろう。サリアはリーナの全ての攻撃を回避しながら、攻撃の機会を窺っている。——つまりは、今こそが嫌がらせをする好機なのだ。


 ……できるだけ、嫌がるように。


「僕を忘れてもらっちゃ困るな!」


 僕は瓦礫から出てそういうと、サリアの背後目がけて『聖鎖』トリニチューンを発射する。サリアは一瞬驚いたようにこちらを見ると、正確に僕の攻撃も避けた。


「……人類は、卑怯な方法を好むんだな」

「残虐非道の『魔王』サマには言われたくないね!」

「それもこれも、人類が卑怯な方法で我々魔族を攻撃するからだ」


 僕は瓦礫の間を縫うよに移動する。何度も予想外の場所から攻撃されれば、相手は全方位を警戒しなければならなくなる。


 もう一度、僕は嫌がらせを行う。今度は無言だ。


「——っ! は、今度も避けたぞ」


『魔王』は勝ち誇ったようにそう言うと、リーナの隙をついて拳を食らわせる。リーナの体が、吹き飛ばされた。サリアは追撃を行う。

 リーナは上に跳んで間一髪で攻撃を回避すると、剣を振り上げた。さっきの光の剣の構えだ。


「……そんな時間があるとでも!」


 サリアが、リーナに向かって跳躍する。そして拳を振りかぶる——その瞬間、サリアには隙があった。僕という邪魔者がいないことを確認するための時間だ。


 それこそが、最初から狙っていた、嫌がらせの効果だった。


 僕は建物の残骸の一番高いところから、サリアに向けて跳躍する。そして『聖鎖』トリニチューンを巻きつけた右手をサリア目がけて大きく振りかぶり——叩きつける。


 サリアが地面に衝突する。僕は即座に拘束の聖術を『聖鎖』トリニチューンにかけ、サリアに向けて発射する。『トリニチューン』が、サリアと地面とを縫い付けた。即座に、僕はその場から離れる。


「ここで終わらせるわけには、ここで死ぬわけにはいかんのだぁあああ!」


 サリアは必死に拘束聖術に『魔力』で抵抗する。しかし、そこは流石の『聖導具』、ちょっとやそっとでは外れない。


 光を剣を纏った『聖魔剣』カリバーンを空中で振り上げているリーナは、その場で大きく息を吸った。そして——渾身の力で振り下ろす。


 光が、『魔王』サリア・バックミーアを覆った。


 目を開けられるほど光が収まった時には、『魔王』はもう虫の息だった。——しかし、そんなことは当の『魔王』には関係ない。


「この場で死ぬ……、わけにはいかんのだ! 立ち上がれ『魔王』、お前の双肩にいったい何百万の魔族の命がかかっているのか思い出せ……!」


 自分を必死に奮い立たせながら、『魔王』サリア・バックミーアが立ち上がる。その痛々しい姿に、僕は思わず叫んだ。


「もういいだろう、『魔王』! 勝敗は決した! 敗者を痛ぶる趣味は僕たちにはない!」

「そんな言葉で、諦められるか……! 誰にだって、決して諦められないものがあるだろう。私にだって、それがあるのだ! そんなことも忘れたのか、人間!」


 そう言って、最後の力で『魔王』は『勇者』に立ち向かっていく。拳一つで、仲間もなしに。

 無慈悲な剣が、『魔王』を切り裂いた。『魔王』の体が崩れ、リーナの体に倒れかかる。そして、『魔王』は掠れそうな声で——けれど確かに、言った。


「……祝福してやろう人類。これが貴様らの心の底から願った、平和だ」


『魔王』の体が、その場に倒れる。


「終わった……のか?」


 リーナは、何も言わずただあたりの残骸をぼんやりと見つめていた。

 崩壊したバックミーア城、血を垂らす『魔王』の死体、——そして、空から僕たちを照らす月。


 なんだこの後味の悪さは。『魔王』は倒されて、世界は救われましたじゃないのか。


「……今までずっと、『魔王』を倒せばそれでみんなが平和に暮らせるんだって思ってた。悪の元凶さえいなくなれば、手放しに喜べるハッピーエンドが訪れるんだって……そう思ってた。でも——違う、私はただそうあってほしいと願っていただけなんだ」


 それは、悲痛な叫びのようだった。とても勝者とは思えない、弱々しい言葉。


「……ねぇ、私たちどこで間違えたのかな」


 僕には、何も言うことはできなかった。

 自分の思う、正しい行いをしてきたつもりだった。しかしそれが、こんな惨状を引き起こした。何を間違えていたかといえば、その正しさなのだろう。


 ……。…………。


「やり直そう、リーナ」「……?」


 リーナが、ゆっくりと僕を見上げた。


「『運命』を巻き戻す力だ。この力を使って、最初からやり直す」


 そう言って僕は、リーナに手を差し伸べる。


「そしてもう一度、この場に戻ってくるんだ。『魔王』を殺すためじゃなくて、話をするために。……手伝ってくれるか?」

「……、もちろん」


 リーナは僕の手を取った。僕は、巻き戻しを実行する。


 本当に、この旅は出来過ぎだ。

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