ステージ1-3
冒険の始まりから二ヶ月ほど、アイラー村から一ヶ月と少しが経った頃。山を越え海を越え、魔境は僕たちの目と鼻の先へと迫っていた。念願のノキアである。
僕たちは船の狭い窓から、ノキアの街並みを眺めていた。……この船、場所は狭いし中は蒸し暑いし船酔いはすごいしでもう最悪だ。女子であるリーナにはそれがより顕著なようで、魔境が見えるまで彼女は本当にうんざりしていた。
とはいえ、それとももうおさらばである。
「いやぁ、さすが魔境開拓の中心、ノキア。城塞都市の名に相応しいね」
「そりゃあね。……ノキアに着いたらまずは、開拓者ギルド本部に行って情報収集かな?」
そうだね、と僕は同意した。
しばらくすると船は岸に着き、促されるまま僕たちは下船した。
「ふぅ……新鮮な空気! 素晴らしいねぇ!」
……一週間の過酷な船旅のせいで、「素晴らしい」のハードルが著しく下がってしまっていると思うのは僕だけだろうか。
リーナは開拓者ギルド本部への行き方をあたりの男性に聞くと、目的地に向けて歩みを進める。
「思えば、開拓者ギルドっていうのも面白い組織だよね」
言われてみれば、と僕は返す。
開拓者ギルドは、魔境の開拓——すなわち魔境に存在する魔物や魔人の駆除、そのの連携のために作られた、傭兵の集まりだった。依頼はもともと、開拓に足りない戦力の補給として国が出していたものだったが、現代ではそういった依頼は皆無に等しい。
なぜならば、魔境以外にも魔物が出現するようになったからだ。とはいえ魔境に比べれば、魔物は少数でかつ弱かったため、国はほとんどの場合騎士団を動かすことはしなかった。結果、魔物に困っている個人からお金をもらって魔物を駆除する、ということが職業として成り立つようになった。この流れを円滑にするために、仲介するようになったのが開拓者ギルドである。
「それが今では、開拓どころか魔物の退治に留まらずさまざまな依頼が入るようになっているんだから驚きだよねぇ……」
「開拓者っていう職業も、一昔前じゃ馬鹿にされてたのにな。まぁもはや開拓は関係ない場合がほとんどだけど……あれ?」
——と、話しながら僕はそこで立ち止まる。
ええと、次は右か。……すっごい路地裏っぽいけど大丈夫かな? どこかで間違えてない?
「ほらほら、次はこっちだよ」「これ本当に大丈夫なのか……?」
少しの不安を覚えながら、リーナの後ろについていく。話題は、今後の予定に変わっていた。
「船駄賃で軍資金がほとんど底をついたからな……何か稼いどかないといけないか」
「うん、『カリバーン』の鞘も高くついちゃったしね……」
「それは気にすんな、必要経費だった。別に、今日明日の飯に困るほど金に困っているっていうわけでもないんだ。——と、本当にどこだここ?」
「え? ……あ」
行き止まりだ。聞いた話の通りに来ていたはずだが——どこだここは?
「……よし、一度冷静になって整理してみよう」
今の場所がどこかわかる? ——NO。
目的地がどっちわかる? ——NO。
正面の方角がわかる? ——NO。
「うん、完全に迷ったな。これは」
ふーむ、とりあえずこの行き場のない怒りはリーナにぶつけておこう。僕は彼女を睨むと、
「おーいー、リーナ」「なんで私のせいみたいに?」「お前がぜーんぶ悪い」「私が何をしたっていうの!?」
とりあえず来た道を戻るか、と僕は背後を振り返った。——その時、行手を阻むように一人の男が現れた。
日焼けの跡がくっきり残っている、ガタイの良い男性だ。大きく露出した上半身には、大きくタトゥーが彫られていた。腰には大きなナイフを差している。
「あ、さっき道を教えてくれた人だ。元気ー?」
呑気か……っ! うわ、これ絶対面倒になるやつじゃん。
「ああ、元気だ。そしてこれから、もっと元気になる」
男が、腰の後ろにつけていた大型のナイフを取り出した。
「素直に有金全部置いていけ、ガキども。その高そうな剣もだ。そうすれば、何も怪我せず帰らせてやる」
さて、どうしようか。倒すことは、きっと造作もない。この距離であれば、僕の『聖鎖』が、最も早い。ただ問題は、いかに穏便に——
リーナは瞬時に男との間合いを詰めると、勢いもそのままに『聖魔剣』の柄の部分で男のこめかみを——思いっきりぶん殴った。あまりの衝撃に、男は気を失って倒れる。
「びくとりー!」「何してんだお前!?」
僕は倒れた男に駆け寄る。幸い、男はまだ死んだわけではなさそうだ。胸が上下している。
このまま立ち去ろうかとも思ったが、こんなとこに放置したらこの人、何盗まれるかわからないな。かわいそうだし、どっか移動させとくか……?
なんて考えていると、リーナが僕の近くに近づいてきた。
「よし、そいつから金目のもの盗んでいこう!」
……こいつ、本当に『勇者』なのだろうか?
————————
ノキアを通過して、僕たちは魔境の砂漠地帯を歩いていた。
魔境は過酷な場所だ。
まず暑い。魔境は気候的な問題で砂漠地帯だ。沿岸部を歩いているから水には困らないが、何しろ暑い。もういっそ海を泳ぎながら行った方が楽なのではないかとさえ思ってしまう。
次に魔物が強い。……これは魔境である以上仕方のないことではあるが。
あと食料がない。砂漠地帯であるため、ろくな生物がいない。いても魔物ぐらいで、あまり好き好んで食べようとは思わない。
「うあぁ……死にそう。魔王城の前で野垂れ死そう」
「割とありえてかつ惨めなのはやめろ」
そんな中でも止まらないのが、僕たちの軽口だった。
「ん、あれは何?」「——どうした、幻覚か?」
違う! という必死なリーナの抗議を無視して、僕は彼女が指差す方向を見る。確かにそこには、一つの小さな人影があった。
そこには、僕たちの半分の年もなさそうな少女が一人——否、一体と言うべきか。黒い肌に、赤い瞳。——少女は、魔人だった。
少女がこちらに向けて走ってくる。剣に手を掛けるリーナを止めるように、僕は前に出た。
「……注意してね。何かあったらすぐに助ける」
警戒のしすぎだ、と僕は言った。
「お嬢ちゃん」
僕は少女に向けて、そう言った。彼女は不思議そうな顔で、こちらを見つめている。
少女は、ひどく痩せこけていた。布一枚をワンピースのように巻いているだけで、服装もひどく貧相だ。
僕は少女に近づく。——瞬間、大きな声が砂漠に響いた。
「止まれ! そこの人間!」
男だ。弓を僕に向けて構えている魔人が、僕に向けて怒号を発した。今にも僕を射抜きそうな勢だ。抵抗の意志がないことを示すように、僕は両手を上げる。
「おい、やめろリーナ」
僕は剣を抜こうとしたリーナを制止し、ゆっくりと少女から離れる。魔人の男は少女に近づくと、警戒を解かないまま僕たちの元を離れていった。
リーナは吐き捨てるように、
「……魔人め」「やめろ、リーナ。今のは僕が悪かった」
僕は、魔王城への足を早めた。
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