ステージ1-2

 マニア——リーナと出会った街を出発して、二週間。僕たちはアイラーと呼ばれる村に来ていた。僕たちは部屋の中で、村長と呼ばれる老人が僕たちに尋ねる。


「それで、お客人。何をしにこの村へ?」


 どうやら、この村に来る人は少ないらしい。それもそうだろう、主要街道にも面さない村なんて、さえなければ僕たちだってこなかった。


「かの有名な、聖を穢し魔を切り裂くという伝説の剣、『聖魔剣』カリバーンの噂を耳にしまして。せっかくだから、立ち寄ってみようとこの村に来た次第ですが……」


 しかし話しているうちに、村長の顔が申し訳なさそうになっていく。視界の端で、リーナが肩を落としているのが見えた。


「それはご足労でしたな……。お察しの通り、この村にそんな品物はございません」

「……父に聞いたんです。この村に行けば『聖魔剣』が見つかると」


 リーナが、すがるようにそういった。部屋の中に、気まずい沈黙が流れる。


 ——瞬間の出来事だった。部屋の中に、甲高い金属音が響く。何か危険を伝える鐘のようだ。若い男性が部屋の中に入ってきた。


「村長、西門側に大勢の魔物が!」

「……! すぐに守衛たちを西門前に集めなさい!」


 そう叫んで、村長は若い男性を走らせた。次いで僕たちに視線を向けると出口の方向に誘導して、


「さあお客人、東門から早くお逃げください」

「そう言ったって、守りは大丈夫なんですか⁈」


 リーナが村長に向かってそう言った。僕は彼女をの手をとって出口の方向に引っ張り、


「——やめろ、邪魔をすると悪い。僕たちに村の人たちは関係な——、いや」


 僕たちに村の人たちは関係ない——そう言い切ることはできなかった。リーナは無理やりに僕の手を振り解いて、


「でも、だからって見殺しにするわけにはいかないで——「お客人!」


 その口論に待ったをかけたのは、他ならぬ村長だった。彼は申し訳なさそうに、


「お気持ちはありがたいですが、我が村にはお客人を死地に向かわせるようなおもてなしはありません。東門に急いでください、すぐに閉まってしまいますよ!」


 逃げるか否か、リーナは判断に困っているようだ。ふと、村長は思い出したように言った。


「一つ、のことを思い出しました。この村を出て東に向かうと岬があるのですが、どうやらそこには抜けない剣があるらしいのです。使えないからとさして気に留めていなかったのですが……。もしそれが本当に『カリバーン』なら、その大量の魔物だって倒せるかも知れません」


 それが僕たちを村の外に向かわせるための嘘だったのか、はたまた本当のことなのか僕は判断できなかったが、リーナはその言葉を信じたようだ。僕たちは顔を見合わせた。彼女は一方的に頷くと、


「どうか、無事で。必ず剣を取って、すぐに戻ってきます」


 そう言い残して、突然リーナは部屋の外へ走っていく。


 どうして、あいつはこうも思い切りがいいのか……!


 僕はその後を追う。



 ————————



「あんた、こっちー!」


 リーナに手招きされて、僕は岬の盛り上がった部分を登る。


 剥き出しの岩石。岬の中央はなだらかに盛り上がっている。ここから先には、水平線まで何もない。世界の最果てを思わせるような場所だった。


「これか……『聖魔剣』カリバーン」


 僕たちは、東門を飛び出してそのまま岬へと向かった。

 村長の話にそこまでの期待をしていなかったのだが……まさか本当にあるとは。もしあったとしても、その剣が『聖魔剣』である保証などどこにもなかったのだ。


 しかし実物を見た瞬間、僕はそれが本物だと確信した。


 岬の盛り上がった頂上に、『聖魔剣』カリバーンは突き刺さっていた。青を基調に宝石が散りばめられた剣である。

 その風景からは、神々しささえ感じる。僕がもし詩人であったならば、ここに詩の一句でも残していったのだろうが、生憎僕にはそんな趣味はなかった。


「ほら、リーナ。抜いてみてくれ。これは『勇者』の魅せ所だろ?」

「……、うん」


 彼女は、ゆっくりと剣に向かって歩いていく。

 リーナが、剣に向けて手を翳した瞬間である。『カリバーン』の剣身が、白い光を放った。その光は、突き刺さった岩の割れ目からも漏れ出している。


 リーナは、そのままするりと剣を引き抜く。そして、静かに剣を振るうと、


「……よし」


 と彼女はわずかに微笑んだ。そして、身を反転させると、


「ねぇ。絶対に、世界を救おう」

「ああ、もちろんだ」



 ————————



 その後僕たちは、アイラー村へと戻ったのだが——


「何かがおかしい」「そうだね、東門が破壊されている」


 門の中に入ると、僕たちは辺りを見回す。そこには、数匹の大型の爬虫類のような魔物を背に、一人の男がいた。


「おお、これはこれは。『勇者』サマじゃないか」


 黒い肌に、赤い瞳。すなわち——


「魔人……!」


 リーナは瞬時に『聖魔剣』カリバーンを構える。そして敵意の視線を向けると、


「あんたがこの惨状の首謀者ね」「おいおい、人聞きが悪いな。惨状だとか、首謀者だとか」


 彼の背後に辺りから魔物が集まっていく。


「俺はただ、お前が見つからないから暇つぶしに劣等生物どもを潰して回ってただけだぜ」

「殺す——!!」


 瞬間、リーナが動いた。

 それに対し魔人は右腕を振り下ろす、ただそれだけだった。直後、彼の背後にいた大量の魔物が動き出す。


 リーナが先陣に立ち、『聖魔剣』で魔物を切り裂いていく。僕も『聖鎖』が巻き付いた右手で、次々に魔物を殴り飛ばしてく。


「どれだけいるんだこいつら!」

「数えるのをうんざりするぐらいには。——避けて!」


 言われて、俺は右前に転がる。瞬間、リーナの剣が眼前を掠めた。そのまま剣は、魔物の首を切り裂く。血が飛び散った。

 僕は転がった勢いのまま立ち上がり、魔物を殴りつける。


「リーナお前! 今の僕ごと斬るつもりだっただろ!」「仕方ないじゃない、あんたが遅すぎるから! ——ほらそこ!」


 僕は『聖鎖』トリニチューンの巻きついた腕のまま魔物を殴りとばす。そのまま続けて、リーナの背後にいる魔物を鎖を発射するように伸ばし、先端の刃で貫く。


「——よっ!」「うわ危ねぇ!」


 僕は姿勢を低くし、リーナの剣を避ける。本当こいつ僕のこと殺そうとしてないか……? この先ちゃんと生き残れるのか、不安になってしまう。


「とりあえずこれが終わったら言いたいことがある! ——っと、失礼!」


 意趣返しのつもりでリーナを巻き込むように鎖の先端を発射するように伸ばす。彼女はほぼ反射的に跳躍して攻撃(?)を回避した。


「ちょっとあんたどこ狙ってんのよ!」「はは、お互い様だ」「それはあんたが邪魔な位置にいるからでしょう⁉︎」


 どうしてこう、リーナと一緒に戦闘していると締まらないのか。甚だ疑問だ。


「リーナ、埒が明かないぞ! 何か策を考えないと!」「あんた、あれ、いける?」


 そう言って彼女は、かろうじて倒壊していない家屋に注意を向けた。確かに、できないことはないが……。


「迷ってる暇はない!」


 あぁもう、ちくしょう。無茶はやりたくないんだが。意志の弱い自分に嫌気が差してしまう。僕はリーナを左手で抱えて、


「ほら、捕まれリーナ」「どうしてそう不機嫌なの」「うるせぇやい!」


 僕は右手の『聖鎖』を家屋の屋根に伸ばし、そして突き刺す。

 そのまま、『聖鎖』を巻き取る勢いで一気に壁を駆け上がる。そして屋根に足をかけ、リーナをそのまま上空へ力の限り放り投げた。


「あとは任せた!」「あいよっ!」


 リーナは空中でくるりと体を翻すと、剣を大きく振りかぶりながら落下する。——魔人に向けて、だ。


「くそ、俺を守れっ!」


 魔人がそういうと、魔物の一体がリーナを邪魔するように跳んだ。しかしリーナは冷静に魔物を両断すると、静かに着地する。——魔人の真正面に、だ。


「——なっ……⁉︎」


 剣を構えるリーナに対し、何も持っていない魔人。接近戦であれば、どちらが有利かは瞭然だ。


 リーナはその場で美しく一回転し、そのままの勢いで魔人に向けて剣を振るう。首が一つ、宙を舞う。

 神業のごとき、斬撃だった。



 ————————



 翌日の朝、僕は馬車に揺られながら、考え事をしていた。


 ……昨日の出来事は、出来過ぎではなかっただろうか。


 リーナ、『聖魔剣』カリバーン、魔人……それだけじゃない。

 その全てが、同時に、同じ場所に存在していた。偶然にしては出来過ぎだ。まるで、誰かが後ろで糸を引いているような——そんな気さえする。

 運命の力、というやつだろうか。


 そんな言葉が浮かんできて、思わず僕は嘲笑した。


「本当に、出来過ぎだ。この旅は」

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