第3話 嘘も嘘、大嘘
「え、なにそれ? 超怖いんだけど」
帰宅すると緊急メンテは終了していた。僕はコンビニ袋のからこぼれ落ちずに残っていたおにぎりを胃袋の中にねじ込むと、再びReMageにログインする。僕たちのスタジオにはさっきと同じようにリセが座っていた。トラブルの影響を受けず、ずっとこの部屋にいたらしい。疲れ切った僕の顔を不審がる彼女に、現実世界で起きたことを説明した。
「まさか向こうで、テオって呼ばれるなんて思わなかったから、めちゃくちゃ焦った……」
「いやいや、そういう事じゃなくて」
「は?」
首を横に振るリセに、僕は短い疑問符で応える。
「キミにストーカーが付いたって事実が怖いの。付くとしたらアタシでしょ、普通に考えて」
「えぇ……」
「だって『歌姫』と『プロデューサー』だよ? どっちが被害に合うべき?」
なんだかメチャクチャなことを言い出す。
「あーあ、どうせアタシんところにも来ないかな。リアルのアタシ、超隙だらけだよ?」
「はぁ、そうですか」
「会いに来てくれたらお茶くらい出すよ? アタシじゃなくて兄さんが、だけど」
「君は何もしないんかい」
さっきまで辞めるとか言ってたのに、今はストーカーに付きまとわれたいと来た。やっぱりあの卒業宣言は、ただの気まぐれなのか?
「僕なら、君のリアルの姿なんて興味ないけどね」
「ええ、嘘でしょ? 雨夜星リセのプライベートだよ?」
「でも僕にとっては、この世界の君が全てだし」
言った直後にしまったと思った。もっと言い方あるだろ。
今のセリフじゃあ、まるで……
「うわっ恥っずー! よくそんなこと真顔で言えるね?」
「ちがうちがう! そういう事じゃなくて!」
「ていうかテオ、アタシのこと好きすぎだよね?」
リセはケラケラと笑う。僕をからかう笑いなのは気に食わないけど、それはそれとして可愛い笑い方だ。僕は半ばヤケになって言った。
「ああ、好きだよ」
「え?」
僕の反応が予想外だったのか、リセは笑うのを止める。
「雨夜星リセは、僕がこの世界でやってきたことの全てだ。嫌いなわけがないだろ」
「な、なんだよ。本当に恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ……」
顔を赤くして、僕から目をそらす。こういう戸惑いの仕草も、僕は好きだ。
「で、なんで辞めるとか言い出したんだ?」
「それは……」
ReMageの活動を辞める理由は大きく分けて三つある。
一つは、コミュニティ内での人間関係。ただ彼女に限って、これはありえない。誰とでも仲良くやっていけるのは彼女の良いところで、スタッフやスポンサーとの関係は良好だ。
だとしたら、二つ目の理由の方だろうか?
「リアルの事情?」
受験や就職、結婚や出産など、人生の一大イベントで生活環境が大きく変わる。それを機会にReMageから足を洗う人は多い。
僕のような世捨て人には理解不能な話だけど、多くのユーザーにとって、現実世界はLDRと同じかそれ以上に大切なのだ。
「んーん、そうじゃないよ。……単純に、飽きただけ」
それは三つ目の理由だ。案外、そういう人が一番多いかもしれない。
やりたい事をはやり尽くした。やってる事がマンネリ化してきた。そんな風に感じた人がふらっと仮想世界から姿を消すのは、珍しいことではなかった。
「嘘つくなよ」
でも、リセの場合は違う。僕はそう確信している。
「嘘じゃないって。MVは世界一の再生数を叩き出したし、10代のカリスマってやつにもなれた。お金だって、仮に百歳まで生きたとしても、一生遊んで暮らせるだけの額を持ってる。だから、もう十分かなーって」
「嘘も嘘、大嘘じゃねーか」
雨夜星リセは、世界で一番『アーティスト』という存在に真摯な奴だ。気まぐれや冗談で辞めるなんて言うはずないし、ましてその理由が飽きたからなんて絶対ない。
「絶対って何さ。何でキミに、アタシの絶対がわかるの?」
「わかるに決まってるだろ。僕はな……」
ずーっと君の活動を横で見てきたんだぞ。
あの日のオリオン街から、ずっとだ。
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