ロートヴァルの独白

何も話すことなど無いと思っていた。だが、ほんとうの別れが来る前に…もう一度話しておきたい。私のこと、そして神々のことだ。


私は…メビウス。この世界を創り、生命たちを生み出した。人間も、天使も、動物も、虫も、すべて。


私はあるとき、暗闇の中でふと目を覚ました。何も無い、まっさらな原初の世界。その中で、私が最初の意思を持つ存在だった。私は光そのものだった。実体は無く、ただふわふわと暗闇の中を漂っているだけだった。私は寂しかった。どこを見ても、暗闇しかなかったからだ。しかし、しばらくして気づいた。自身を囲む暗闇は温かいことに。光たる自分自身ではない、暗闇そのものが温かいのだ。私は暗闇を抱きしめた。すると、それは語りかけてきた。この世界で意思を持つものは、私だけではなかったのだ。このとき私は初めて、話し相手というものを得た。暗闇は、ゼロといった。後世の人々がつけた名前だが、名無しのままだと話しにくいから、もうこの名で話していく。私が光そのものならば、ゼロは闇そのもの。対照的で、相容れないものかと思いきや、そんなことはなかった。私は光でそっと優しく闇を照らし、彼は闇でそっと優しく光を撫でた。工夫さえすれば、互いに身を焼かれることなく会話ができた。混じり合うことさえも。私は、何か、私たちのように意思を持つものを創ろう、と提案した。ゼロは賛成した。このときはまだ、死というものが顕現することはなく、ゼロも私も、死という概念を知らなかった。早速生き物を創ろうとしたが、我々がいたそこは、時間も空間もあやふやな、不思議な場所だった。そんなところにか弱い生命を生み出すわけにはいかない。そこで私はまず、世界を創った。これによって、時間と空間が定まった。次に私は、土と水と空気と木の実を創った。これによって、生命が行きていく環境が整った。しかし…生み出した生き物はしばらくすると、冷たくなって動かなくなった。私も、ゼロも、不思議に思った。何度試しても、結果は同じ。私はゼロを見た。ゼロは…ゼロは、苦しんでいた。ゼロは言った、私の中の何かが削られていく、私の中の何かが流れ出ていく、それは生き物たちに注ぎこまれていく、と。死だ。ゼロの中の死が、生き物の中に入りこんでいたんだ。私は何度も試作を重ね、死に耐性のある生き物を創ろうとした。しかし…できあがったのは、光に耐性のある天使だった。死への耐性はなかった。何をどうやっても、不死の生き物は作れなかった。…そう、私は創造主だが、宗教で崇められているような全能神ではなかったんだ。私は、もうやめよう、と思った。最後には必ず死にゆく生命たちを創り続けるなど、もうやめようと。だから、私は打ち切った。今この世界で繁栄している生き物たちはすべて、あのとき私が打ち切る前に創られた生き物の末裔だ。お前たちは、お前たちの血脈は、神代から続いているんだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。問題は、生き物は必ず死ぬ、ということだ。時間も空間もゆらゆらしている神の間を、自由自在に飛ぶ天使たちでさえも、死には抗えなかった。運命の日は来た。彼らはゼロを見つけた。私と天使たちの前から、姿を消そうと計画している途中だったゼロを、だ。すぐに戦争になった。無能で役立たずの私に怒った天使たちは、ただ泣くだけの私を、剣で刺し貫いた。本気で殺す気だったんだ。そして私も、死んでもよかった。そのまま死のうと思った。しかしそれを見て、ゼロは怒り狂った。目の前の天使たちの命を一瞬にして奪うと、彼は逃げていった天使たちを皆殺しにするために、あらゆる世界に炎を撒いた。神の間も焼けた。生命たちの生きる世界もそのほとんどが燃え尽き、灰となった。星を覆い尽くす大きな炎の嵐はあらゆる生き物を飲み込み…もういいか、次に行こう。私はゼロによって、黒い森の神殿に運ばれた。そしてその後の展開は、周知の通りだ。私はゼロの肉体を乗っ取ったってわけだ。そして記憶のおぼつかないままふらふらと神殿を出ていき、嵐の中、空から落っこちてきた小さな悪魔の子と知り合ったんだ。


死とは何だ?

私は…私はあのとき、天使に体を刺し貫かれたとき、このまま死んでもいいと思っていた。無能な神なわけだからな。しかし、私は死ななかった。私はいつか、死ぬのだろうか?ゼロはいつか、死ぬのだろうか?“死”そのものが死ぬということは、あるのだろうか?…いや。きっと、我々に死は訪れない。そんな甘い結末、無い。何もかもが消えていくなど。かけがえのない『生命』というものを生み出した我々は、不死から逃れられない。永遠に、そう、永遠に彼らを見守る責任があるのだ。すべてが尽きて、終わるまで。だから…だから私は。ゼロのもとへ行き、そして…ふふ、アルは驚くだろうな。私がこんなことを考えているなどと知ったら。


病や死から、救ってやることはできない。理不尽や苦しみから、救ってやることはできない。しかし我々は、この世界を生きている、あるいは生きたお前たちの魂を永遠に守ると約束する。


死に瀕したら、思い出せ。炎を。

我々は、お前たちを守る。


話しておくことはそれだけだ。もう寝ろ。

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