R4-Bの独白

空が暗い…もう夜なの?

寝る仕度をしなくちゃ。

でもその前に、ちょっとだけ話をさせて。


僕は今まで、お家でチェシャと“ふたりぼっち”だった。たまに、同じ森に住む優しいおばあちゃんから、シナモンのきいた手作りのアップルパイをおすそ分けしてもらったりはしていたけれど、お家には…あの小さな自慢のお家には、誰もいなかった。

ああ、話していなかったね、僕のこと…僕の過去。それじゃあ少し、聞いてくれる?


僕には、当然ながら、お父さんとお母さんがいた。美しくて、優しい両親だった。大きな黒い翼を持っていてね、小さな僕と違って、どこまでも飛んでいけた。でも…


でも、ある日、お父さんとお母さんはふたりで出かけて、それきり帰ってこなかった。僕はお留守番していたんだけれど、いつまで待っても、待っても、待っても、約束の時間がとっくに過ぎても…ふたりは帰ってこなかった。僕はすごく心配になって、近所の人に、両親を見なかったかたずねてまわったり、空を飛び回って探したりした。そして、二日か三日経った頃かな、疲れきった僕のもとにある情報が飛びこんできて…僕は理解した。


両親は、お父さんとお母さんは、


…撃ち殺されたって。


犯人はすぐに捕まった。年老いた男の猟師だった。そいつが言うには、大きな鳥を仕留めようとしていたのに、僕のお父さんとお母さんが揃って飛んできたものだから、獲物の鳥が驚いて逃げてしまったんだって。それに腹を立てたそいつは、お父さんとお母さんを大声で問い詰めた。せっかくの獲物を、どうしてくれるんだ、ってね。知らないよ、そんなこと。また新しく探せばいいのに。でもそいつは許せなかったらしい。謝り続ける僕の両親に、こう怒鳴りつけたんだ。『お前ら悪魔だな?』って。もちろん、当てずっぽうだったんだけれどね。でもお父さんとお母さんは、悪魔であることを隠そうとしない主義の人だった。ご先祖のしたことを本当に悔いているのなら、悪魔であることを隠してはならないって。それから、自分自身が何も悪いことをしていないなら、堂々としていてもいいんだよって。そして何より、お父さんとお母さんは、嘘をつくことを重い恥とする崇高な人たちだった。どんなときでも、嘘だけはついてはいけないよ、って、何度も言われたっけ。それで、それで…認めたんだ。自分たちは悪魔の一族のものだ、って。もちろん、鳥を驚かせて、逃がしてしまったことと、自分たちが悪魔であることはなんの関係も無いって弁明したよ。それでも…


それでも、そいつはヒートアップしちゃって、もう退けなかったんだろうね。しかも相手は悪魔だ。怒り心頭のそいつは、猟銃で、猟銃で…


お父さんとお母さんを撃ち殺した。


遺体は帰ってこなかった。警察の人たちが、事件を調べるために解剖するからって。それに、僕みたいな小さな子に、遺体の処理はできないだろうって。家のそばに、お父さんとお母さんのための、小さなお墓を作ったけれど、実際にその中に埋められているのは、お父さんのお気に入りだった分厚い本と、お母さんのお気に入りだったきれいな羽根ペンだけ。僕は…悔しかった。撃たれなきゃならないような悪魔じゃなかったのに。誇り高い両親だったのに。僕は、当然憎んだよ。その醜く老いた猟師を。理性で感情や衝動を制御できなかった、ケダモノ同然の愚かなそいつを。…でも、何もできなかった。復讐なんてする勇気も無かったし、なにより、お父さんとお母さんはそんなこと、望んでないってわかってた。だから、だから…何もしなかった。だけど、今でも悔しいし、すごく憎い。


そんなことがあっても、僕は泣かなかった。いや、泣けなかったんだ。現実味が無さすぎてさ…お父さんとお母さんは今日からいないだなんて、もうテーブルを囲んで一緒に食事ができないだなんて、もう二度と、顔を見ながらお話ができないだなんて…信じられなかった。そうして、ぼんやりしているうちに、僕はひとりぼっちの生活にすっかり慣れてしまったんだ。…大人になるって夢のためなんかじゃない、僕は、僕は両親の死を受け入れることも、両親のために泣くこともできない、ただの、ただの…


ごめん。もう、これくらいにしておこう。僕の過去、これで大体わかったよね?


ああ、でも不幸ばかりじゃなかったよ。そのあとね、僕は小さなフクロウの子に出会ったんだ。森の中の、大きな倒木の上に、ちょこんと乗ってたんだよ。僕が近づいても、あの子は恐れなかったし、逃げなかった。そればかりか、木の実をひとつあげたからかな、僕のあとをとことことついてくるようになったんだ。それで、当時ひとり暮らしが寂しくてたまらなかった僕は、その子を家につれて帰った。そして、そのイタズラ好きな性格から『チェシャ』って名前をつけたんだ。彼女に靴下を片方隠されたときは、もう大変だったよ。部屋中探し回っても、見つからないんだもの。結局、ホコリまみれの高いタンスの上にのせられていたのを発見して、一件落着したんだけどね。


ねぇ…命を落としてしまったら、死んでしまったら、どうなるんだろう。お父さんとお母さんはどこに行ったんだろう。暗闇?天国?それともゼロの火に導かれて、転生を果たしたのかな?でも、あの戦争のあと、神さまたちは姿を消してしまった。ゼロは、今もどこかで魂たちを導いてくれているのかな?そうだといいけれど…ねぇ、死んだら、いったいどうなるんだろう…


お父さん、お母さん…会いたいよ…


でも、僕は今、ひとりぼっちじゃない。チェシャも、ロートヴァルも、ジェイドもいる。みんな僕の大切な仲間だよ。これからまた、ひとりぼっちになるとしても…僕はもう、前の僕とは違うからね。


うん、大丈夫。もう、大丈夫。


あっ、そろそろさすがに寝なきゃ。あくびが止まらなくなってきたよ…


聞いてくれてありがとう!

それじゃあ、おやすみなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る