ジェイドの独白

少しだけ、わたくしの話を聞いてくださいませんか?…ああ、ありがとうございます。それでは早速、語らせていただきます。


わたくしは、長い長い間、ひたすらに待ち続けておりました。我らが神々のお帰りを。そう、あの黒い森の神殿で、でございます。あの神殿は居心地がようございました。静かで、涼しくて、草木の匂いが満ちていて…わたくしはあそこを大変気に入っておりました。ああ、我らが神々をお待ちしている間、本当に色々なことがございましたよ。神殿内に鳥が巣を作ってしまったり、雨の中、ひとりぼっちの子猫が迷い込んできたり、ならず者たちが度胸試しにやってきたり…そうです、そうでした、わたくしはそやつらに、顔面を破壊されてしまったのでした。ならず者たちに驚いたわたくしが急に動き出したものですから、最初はあやつらも腰を抜かしておりました。しかしそのあと、散々蹴られたり殴られたりしましてね。わたくしの体は中が空っぽですから痛みは感じませんでしたが…それでもひどく怖かったのを覚えております。ああ、そのあとです。目がかすみはじめたのは。きっと、ならず者たちにいいようにされた際に、どこかが故障したのでしょう。おそらく、体内のエネルギー循環器官がゆがんでしまったものと思われます。そのことは、まぁ、よいのです。わたくしは気にしておりませんから。ご安心ください、命に別状があるわけでもございません。そんな時を過ごしながら、わたくしは神殿を長く守っておりました。そして、時間も年数も数えられなくなるほど長い時の果てに、ついに、小さな可愛らしい悪魔の子を連れた、神々の片割れたる我らが母を見つけました。ついに、あのお方は帰ってこられたのです。わたくしはこれ以上無い喜びを感じました。しかし、それと同時に、ひどく困惑もしておりました。なんと、我らが母は、その肉体がすり替わっているだけでなく、ご自身を憎んでおられたのです。我らが母は、あの忌まわしい戦争のとき、ご自分が無力だったことをとても悔いておられました。そして、傷ついたゼロ様の肉体を朽ちさせるものかと、ご自身の肉体を捨て、ゼロ様の肉体に乗り移ったのでございます。ああ、おいたわしい…無力?そんなこと、これっぽっちもございませんのに。我らが母は、とても優しく、美しい方でいらっしゃいます。肉体を変えたことにより、今は見目こそ違いますが、その優しさと美しさは健在です。何も変わってなどおりません。

我らが母よ。どうかお顔を上げてください。どうか。あなた様は、無力などでも、憎むべき存在などでもありません。あなた様は、冷酷になれなかっただけでございます。当たり前です、当たり前なのです。ご自分が生み出した、我が子同然の可愛らしい天使たちを、どうして殺したりなどできましょう。あなた様は、あのときですらも優しかった。それだけなのです。


さあ、わたくしも、祈りましょう。我らが母のために。我らが母が、再びその明るさを取り戻し、真に笑顔になれますように。そして、遠い遠い場所で待っておられる、神々の片割れたるゼロ様のためにも。おふたりが再会できますように、おふたりがまた、一緒になれますように。どうか、どうか…


ああ、太陽が沈み、夜が来ます。先ほどまで部屋を照らしてくれていた、赤色と強いオレンジ色の光が、もうありません。夜の藍色に飲み込まれてしまったようでございますね。しかしもう少しすれば、雲の合間から少しばかり、小さな星がご覧になれますかと。今日は一日曇りだったり、雨が降ったりと、あいにくの天気でございましたが、夜は、夜だけは、雨もやみ、雲も少しだけ晴れてくれるそうです。


先ほど皆様と摘んできた、赤い花束…とてもお綺麗でございます。これは…アマリリスでしょうか?赤いアマリリスは、レッドライオンと呼ばれる品種から成るそうですね。花言葉は「輝くほどの美しさ」だとか。我らが神々に、ぴったりでございます。我らが母…ロートヴァル様は、この花束を、ゼロ様のもとへ持って行かれるつもりだそうですね。きっと、いえ間違いなく、ゼロ様はお喜びになられますよ。ええ、必ず。


夜がやって来ましたね。もうすっかり真っ暗です。まだ空には暗い雲があちこち浮かんでおりますが、その切れ間からは、ほら、小さな星が見えますよ。


おや、お眠いのですか?申し訳ありません、少し話しすぎてしまいました。

それでは、おやすみなさい。いい夢を。


それにしても、この香り…

本当に、アマリリスなのでしょうか?

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