嵐の日に
「ねぇ、覚えている?」
山の町の宿屋の温かい部屋の中。
R4-Bがにこにこしながら、ロートヴァルにたずねる。ロートヴァルは首を傾げる。
「ん、何の話だ?」
R4-Bはえへへ、と笑う。
「僕たちが出会った日のこと!」
ロートヴァルは微笑む。
「ああ…もちろん、覚えているとも」
「すごい嵐だったよね」
苦笑い。
「そうだったな。雷の中、誰かさんが空から落っこちてくるしな」
「なにさ〜!」
「いや、別に」
ロートヴァルはくすくすと笑う。
その光景を見て、ジェイドが体をもぞもぞとさせる。何か言いたげな様子。
「ジェイド、どうかしたか?」
ロートヴァルが首を動かして横のジェイドを見る。翡翠の瞳。翡翠色の眉。ジェイドは少し、寂しげな顔をする。
「いえ、わたくし…その、わたくしも、もっと早くにおふた方に出会えていたらなと思いまして…」
ロートヴァルは少し眉を上げる。この無口かつ無表情の彼が、そんなことを思っていたとは。彼は再び微笑む。黒く大きな手で、翡翠色の髪をわしゃわしゃと撫でる。そして明るく言う。
「俺もだ、ジェイド」
そう、嵐の日。あの日は、ひどい嵐の日だった。雨がざあざあと降り、雷がゴロゴロと鳴り響いていた。
R4-Bは思い出す。
一瞬の強い、眩しい光。遠くから聞こえる低い轟音。全身の焼けるような痛み。そして、洞窟の壁でぐったりとしていた、優しくて不思議な大男。
今思えば、あのときのロートヴァルは、黒い森の神殿から出てきたばかりだったのだろう。ひどい傷を長い眠りで癒やし、ようやく目を覚ましたと思ったら、記憶がすべて失われていた…どれほど心細かっただろう。R4-Bは目を閉じる。目を覚ましたら、自分が何者なのかも、どこへ行くべきなのかも、どこへ帰るべきなのかも、何をするべきなのかもわからなくなっていただなんて。
R4-Bは目を開け、その小さな右手をロートヴァルの大きな左手に重ねる。ロートヴァルがこちらを向く。
「もうすぐ、本当に、お別れなんだね…」
両の目頭がじわりと熱くなる。涙が浮かぶ。泣きそうになる。だめ、まだ泣くのはだめ。
その様子を見て、ロートヴァルはふいに、R4-Bの右腕を掴む。R4-Bはきょとんとする。ロートヴァルは彼を自身の方へするりと引き寄せると…太く、たくましい両腕でギュッと抱きしめる。温かい。R4-Bも、強く抱きしめ返す。ぬくもりが増す。
しばらく、ふたりは黙って互いを抱きしめ合う。そして、ふたり同時に顔を上げると、首を動かしてジェイドを見る。微笑みながら彼を手招く。ジェイドがおずおずと近寄る。その腕をロートヴァルがぐいと掴むと、今度は三人で抱き合う。
しばらくの間、黙って、ずっと。
雨が降る。雨の日独特の、湿った匂い。黒くなっていく土と、カエルたちの鳴き声。しかし今日は、あの日のような嵐ではない。たとえ同じ量の雨が降ったとしても、あの日に戻ることは決してできない。
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