絡みゆく夢

とろけるように眠りこんでいく彼らは、不思議な夢を見る。ふわふわとした、現実とはまるで違う空気。辻褄の合わない光景。夕闇を掘り進めていく、見たことの無い人々。


R4-Bは、黄昏時の雨の降る深い森の中に、ひとりぽつんと立っている。ここはどこ?寒い、寒い。彼は震える。すると彼の前に、一羽の小さなフクロウが現れる。首を傾げてこちらを見る。彼はそのフクロウが、自分の家族になるということを知っている。彼は手を伸ばす。彼女を撫でようとする。彼女は彫像のようにかたまっていて、ぴくりとも動かない。彼は触る。彼女はかたくて、冷たい。まるで死体のよう。彼は慌てて手を引っこめる。そして彼は泣き出す。ひとりにしないで…ぽろぽろとこぼれ落ちる悲しみの涙。夕闇が空に広がり、オレンジ色の光が静かに闇に飲みこまれていく。星は無い。彼は泣き続ける。彼女は長生きしない。いつか必ず、お別れのときが来る。彼にはわかっている。彼の涙は青い宝石となる。それは地に落ち、花を咲かせる。彼はそれを見ると、涙をぬぐう。花を一輪摘んで、彼女のもとへと持って行く。彼女はそれを一瞥すると、大きな羽を広げて、遠くへ飛んでいく。

「アマリリスですか?」

ジェイドが現れて言う。

「不思議なことが起こるものです」

R4-Bは黙って頷く。そして彼は気づく。ロートヴァルがどこにもいない。

「ロートヴァル…?」

彼は名前を呼ぶ。その途端、空の闇がうねり、降り注いで、ひとりの大男の形になる。ロートヴァル。いや、それともゼロか。彼は静かにR4-Bを見る。言葉は発さない。しかしR4-Bにはわかる。闇から孤独を感じる。R4-Bとジェイドは、大男に寄り添い、手を繋ぐ。少し歩くと、闇の塊の彼は薄れ、霧が晴れるように消えていく。さようなら、と彼は言う。涙を流しながらR4-Bは、現実に引き戻されていく。


ジェイドは眠らない。彼は、泣きながら眠りから覚めたR4-Bの頭を撫でる。静かに、とても静かに。

「夢にね、ロートヴァルとジェイドが出てきたよ」

R4-Bは小さな声でジェイドに囁く。ジェイドはにっこりと微笑む。

「それは光栄です」


ロートヴァルは燃える星を見ている。神代の光景。ゼロがつけた赤い炎。生き物たちが燃えていく。彼らは断末魔の叫びを上げる。しかし彼女には止められない。ロートヴァルの頭には大きなツノが生えている。高貴な紫色の髪は地につきそうなほど長い。メビウスの本当の姿。彼女は思い出す。彼女は炎に手を伸ばし、燃える生き物を抱きしめる。腕から胴へ、胴から足へ、彼女の体に火が移っていく。火はどんどん広がり、彼女の全身を包みこむ。人肉の焼けていく音。生きた肉が燃える異臭。彼女は歯を食いしばり、黙って熱さと痛みに耐える。燃える。燃えていく。耳をつんざく、誰かの悲鳴。

「あなたは優しいのです」

ジェイドの声が聞こえる。

「あなたの死など、誰も望まない」

彼女は言う。そんなことはない、と。私は死ぬ。今ここで。するとジェイドは手を伸ばし、燃える彼女を死んだ生き物から引き剥がす。そしてジェイドは、彼女の頬に触れる。彼女を焼き焦がす炎が消える。彼女は熱さと痛みから開放される。

「なぜ邪魔をする?」

彼女はジェイドを睨みつける。ジェイドはこたえない。ただ黙って、彼女の目を見る。彼女は苛立つ。何か言おうと、彼女は口を開きかける。するとジェイドは歪み、泡立ち、うねって、ゼロの姿に変貌する。彼女は驚く。

「決して死のうなどと考えるな。その選択を、我々は選んではならない」

ゼロが言う。彼女はこたえられない。空が赤い。あちこちに灰が舞っている。彼女は声の限り、叫ぶ。

「誰もが死んでいく!」

火のように熱い涙が頬を伝う感覚を最後に、彼女は現実にはじき出される。


「大丈夫ですか?うなされていましたよ」

ジェイドが心配そうに囁く。ロートヴァルは体を起こして、ジェイドを見る。すぐ隣には、すうすうと静かな寝息を立てて眠るR4-Bがいる。彼はR4-Bを起こさないように小声で言う。

「大丈夫だ。少し、夢見が悪かっただけだ」

彼は再び横になり、目を閉じる。暗闇と炎。明日…明日だ。明日、私は別の世界へ行く。ロートヴァルはもう一度眠りにつき、今度は黒い翼を生やした小さな悪魔の夢を見る。


小さな少年、R4-Bが言う。

「ここは、僕のお家だよ」

黒い髪、黒い翼、そして白い肌。彼はロートヴァルの方を向き、ふわりと微笑む。

「いつまででもいていいからね!」

ロートヴァルは感謝する。

可愛らしい家。こぢんまりとしているが、大きな書庫や書斎が詰まっており、本好きの彼の性分がよくわかる。ロートヴァルは家の中を見回す。本がところ狭しと並んでいる。彼は気づく。本が、本棚がじわじわとこちらに迫ってくることに。彼は少し驚くが、動揺はしない。本を一冊、本棚から抜き出して手に取る。すると本棚の動きは止まる。手に取ったその本は、ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』。R4-Bが楽しげに言う。

「僕は大きくなったら、世界中を飛び回る小説家になるんだ!」

ロートヴァルは微笑む。

「なれるさ、必ず」

その途端、ロートヴァルの体は霧となり、実体がなくなる。R4-Bが声を上げる。ロートヴァルはそのまま、どこからともなく吹く風に流され、別の景色の中へ行く。彼はなぜだか、とても懐かしい気分になる。

赤いアマリリスの咲き乱れる、花畑。そこに彼は立っている。となりには、ジェイドが七色に光る、不思議な石のついた杖を持って立っている。彼はジェイドにたずねる。

「ここはどこだ?」

ジェイドは静かにこたえる。

「旅立ちの場所でございます」

「旅立ち…」

ロートヴァルはあたりを見回す。一面の赤い海。アマリリスの海。彼は一輪、摘んでみる。赤い液体が滴る。彼は知っている。それがほかでもない、自分自身の血であることを。彼は手についたその血を舐める。鉄の味。彼は顔をしかめない。無表情のまま、しおれていくアマリリスを見る。悪いことをしたな…彼は心のなかで、アマリリスに謝罪する。彼はその赤い花を地面にそっと置くと、空を見上げる。鮮やかなオレンジ色の空。夕暮れ時の空。いつもこうだったら…彼は考える。強い風が吹く。彼は再び霧となり、風に運ばれていく。ジェイドは驚かない。彼はひどく落ち着いている。まるで、そうなることがわかっていたように。ロートヴァルはジェイドに別れを告げると、広い広い空へと旅立っていく。彼の意識は空に散らばり、離ればなれになって、世界を見る。森の近くにR4-Bを見つける。彼は寂しそうに空を見上げている。人々は長い帰路についている。帰ろう、早く帰ろう、懐かしい家へ。夕闇がやって来る。そして闇の中で人々は、せわしなく生と死を繰り返す。人々は喜び、次には泣き叫ぶ。彼は見続ける。やがて、彼はある疑念にとらわれる。

「ああ、生命たちよ…私はお前たちを生み出した。しかしそれは、間違いだったのだろうか?やがて死を迎えることが決まっているお前たちを創るのは、愚かだっただろうか?」

誰もこたえない。人々は早足で家へと向かうだけ。寒い、寒い。彼は何もなせずに漂う。やがて、西の向こう側でR4-Bが口を開く。小さな少年は、ロートヴァルの問いに静かにこたえる。

「あなたに出会えて…よかった」

その途端、空は強く鮮やかな黄金の色になる。空をゆらゆらと流れる彼はその色に取りこまれ、やがて光の一部となる。温かい脈動を感じながら彼は、黄金の流れとともにゆっくりと現実へ運ばれていく。


空の藍はしだいに薄れ、明るくなっていく。星々は太陽の光に照らされて消えていき、やがて空は澄んだ水色になる。少しずつ表情を変えていく空の下、彼らは布団の中で寝返りをうち、心地よさそうにまどろんでいる。やがて来る別れのときを、今だけは忘れて、彼らは七色の夢の終幕を見る。朝が来る。

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