タンザナイトの中で
「やっと見つけたぞ」
ロートヴァルはぶっきらぼうに言う。
暗い暗い、夜の世界。散りばめられたミルクのしずく。ここではずっと、夕闇と夜を繰り返す。ゼロの望んだ世界。大いなる闇の姿のゼロが、うねりながらそっと振り向く。
「メビウス。ずいぶんと雄雄しくなったな」
「お前の肉体に宿っているからな。お前の脳味噌に詰まった記憶のせいで、前のように物腰柔らかにふるまおうと思えない」
ゼロは苦笑する。
「…ほら、返すぞ」
ロートヴァルは肉体から抜け出ようとする。
「待て」
「…?」
ロートヴァルは動きを止め、首を傾げる。ゼロがいたずらっぽく笑う。
「もうしばらく、その肉体に宿っていたらどうだ?それに、また記憶喪失になられても困るしな」
ロートヴァルはムッとした顔で、低く言う。
「もうそんなヘマはしない」
しかしすぐに顔をほころばせ、感謝の意を込めてゼロに言う。
「だが…お前がいいなら、もう少しこの姿でいるとしよう」
満天の星、そして天の川。様々な色の火が燃えるタンザナイトの夜空の下で、ふたりは静かに、隣り合って座る。
「長い旅は、楽しかったか?」
ゼロが微笑みながらたずねる。ロートヴァルもまた、優しく笑って返す。
「ああ、世界一」
「懐かしいな、この花」
ゼロが、実体があるのか無いのかあやふやな手でそっと、赤い花を撫でる。
赤い、赤い花。赤い、赤いアマリリス。
「特別なアマリリスだ。メビウス、お前の血と涙から生まれた…」
「私の…?」
ロートヴァルは驚く。まさか、この花が…?
「本来、アマリリスは香りがほとんど無いと言われている。実際、私が向こうの世界でかいだときも、においはしなかった。しかしこの花は、甘く爽やかな香りを放つ」
ロートヴァルは黙って耳を傾ける。うねる黒色。ゼロは再び、愛おしそうに花を撫でる。
「…特別なんだ。あの戦のとき、お前の血と涙から生まれた花だから。いわば、悲しみの結晶だ」
静かに聞いていたロートヴァルが、ふいに口もとを片方引き上げ、にやりと笑う。
「土産には向いていなかったか?」
「ふふ、まさか!」
闇がうねり、ねじれ、やがてロートヴァルと瓜ふたつになる。笑顔のゼロがささやく。
「とても嬉しいよ」
空の色が移り変わっていく。夜から夕闇時へ。夕闇時から夜へ。そしてまた、夜から夕闇時へ。メビウス…否、ロートヴァルとゼロが、強いオレンジ色の光の中に座っている。ゼロはロートヴァルから、長い長い旅の物語を聞く。神殿での目覚め、嵐の日の出会い、小さな悪魔の子、本だらけの書斎、教えてもらった文字、長い旅路、炎、目の見えないゴーレム、花畑での別れ…そしてふたりは寄り添いながら、可愛い悪魔の子と、無口なゴーレムに想いを馳せる。
R4-Bなら、いつか必ず、ジェイドとともに自分たちに会いに来るだろう。ロートヴァルの、揺らがぬ確信。
「…待っているぞ。いや、こちらから押し掛けてやろうか?」
「メビウス…いや、ロートヴァル。お前、いつからそんなにいたずらっぽくなったんだ?」
「うるさいな」
ふたりは笑う。
仲良しな神々は今日も、大切な世界を守りながら、大きくなった天使と静かなゴーレムを待っている。こっそり会いに行って、びっくりさせてやろうか、などと悪だくみをして、楽しそうに笑いながら。
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