虹のかかる未来より、心をこめて

ガソリンエンジンは去り、ディーゼルエンジンは去り、電気自動車が道を闊歩する。

車道脇に植えられたツツジがいっぱいに花開き、その静かな道は、まるで何かをお祝いする特別なもののように見える。小さなアルバートの乗った車が、運転手の母親によって、駐車場に丁寧に停車する。

「ただいま、ジェイド!」

車が停まるやいなや、アルバートはドアをパッと開け、駐車場の脇で静かに待機していたジェイドのもとへ笑顔で走る。ジェイドは困った顔で、静かに叱る。

「こら、アルバート様。駐車場でまわりを見ずに走っては、危ないですよ」

「えへへ、気をつけるよ!」

アルバートは元気よくこたえる。


遠い未来。アンドロイドが普及し、人間とアンドロイドが共存する世界。

エンジンのうなりは遠くへ去り、今はもう、静かな車ばかりが街を走る。ジェイドのもとには、エンジンの車が、エンジンのあのうなりが好きだという、近所の多くの車好きたちの嘆く声が届いている。そんな人間たちのがっかりする顔に、ジェイドはただ、苦笑する。


ジェイドは今、小さな人間の子・アルバートとその家族とともに、旧型のアンティーク・アンドロイドとして、小さな赤い屋根の家で平和に暮らしている。相変わらず目はほとんど見えないが、持ち前の気配を見抜く特技で、難なく日常生活をこなしている。


雨上がり。窓を覗くと、虹がかかっているのが見える。輪郭のぼやけた、かすかな七色の光。ジェイドはすぐに、アルバートを呼ぶ。

「アルバート様、ご覧ください。虹ですよ」

小さなアルバートはパッと顔を上げる。

「ホント!?」

ててて、と窓へ走り寄り、アルバートは鼻を押し付けんばかりに窓を覗く。そして、満面の可愛らしい笑顔。

「本当だ!キレ〜イ!」

はしゃぐアルバートを横目に、ジェイドはそっと、ふふ、と微笑む。彼らを思い出す。

小さなアルバートがたずねる。

「ジェイドは目が見えないのに、どうして虹がかかってるってわかったの?どうして僕がすぐそばで遊んでるってわかったの?」

早口で質問を投げかけてくる彼に、ジェイドはくすくすと笑ってしまう。なんと可愛らしいヒトの子よ。

「それはですね、アルバート様。わたくしは、感じるのですよ。あなた様の気配も、虹の輝きも。全ては眩しい光を放っております。目がよく見えなくても感じられるくらいの、強い光を」

アルバートはきょとんとする。まだこれらを理解するには幼い。ジェイドは笑う。

「いずれ、わかるときが来ますよ。目が見えていようが、見えていなかろうが、この世界は輝かしいってことが…」

ジェイドはアルバートに微笑みかける。アルバートもにっこりする。熟れたリンゴのように、赤い頬。思い出す。思い出が溢れる。

「ところでアルバート様。ひとつ、物語をお聞きになりませんか?わたくしのとっておきなのですが…」

アルバートはすぐに、満開の花のような笑顔をジェイドに向ける。

「なになに!?聞かせて!」

口もとをほころばせ、ジェイドは静かに話し出す。


昔むかし、あるところに、小さな可愛らしい天使の子と、強くて優しい大男がいました…


ジェイドは滔々と語る。懐かしい、懐かしいあの日々を。溢れる記憶、もう無いあの場所、戻ってこない人たち。


神々の戦争も、空を飛び回る天使たちの存在も、もうどこにも無い。今はただ、虹のかかる空の下、ツツジを揺らしながら、家の前の車道を静かに車が行き交うだけである。


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虹のかかる世界へ、心をこめて 虹色のナイフ @r41nb0w

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