静かなる告白

山の地方のメビウス神殿から出てきてから、ロートヴァルの様子がおかしい。めっきりと口数が減り、時々、一点を見つめたまま動かなくなる。苦虫を噛み潰したような表情をしょっちゅうする。焼け焦げたような真っ黒い両手で、よく視界を遮るように顔を覆う。その異様な雰囲気に気圧されて、何があったのか、R4-Bはきくことができない。彼はただ、ロートヴァルの気がすむまで彼をそっとしておくことしか、静かにそばにいることしかできない。R4-Bは何が何だかわからず、じれったくなって体をそわそわさせる。ロートヴァルから何も聞き出せない彼は代わりに、ジェイドに数千年にわたる神殿でのお守りについて聞く。

「黒い森の神殿では、どんなことがあったの?そういえば詳しく聞いていなかったなって思って。教えてくれる?」

ジェイドはいつものようにぱちりと瞬きをすると、R4-Bの方を向く。静かに語りだす。


はい、もちろんでございます。わたくしは数千年、否、下手をしたら一万年以上にわたり、あの黒い森の神殿にて神々の眠りを守ってきました。しかしあるとき、ゼロ様が起き上がったかと思うと、生気のないお顔で神殿を出ていこうとなさいました。わたくしは、変だ、と感じました。なぜなら、眠りから覚めたばかりのはずなのに、ゼロ様のそのお顔は、死者のようにげっそりとしていたからです。わたくしは神殿を出ていこうとするゼロ様を必死で止めました。しかし結局、神の決めたことにしつこく口出しをするわけにもいかず…ゼロ様は神殿を出ていってしまわれました。無力なゴーレムたるわたくしには何もできなかったのです。そののち、わたくしはふと、神殿の中の、何かがおかしいことに気がつきました。ゼロ様とともに、我らが母の気配が、あの優しい気配が消えてしまったのです。我らが母は、今まさにその神殿で眠りにつかれているのに、です。わたくしは確かに見ました。そこに我らが母が横たわって、眠っていらっしゃるのを。それなのに、気配がしないのです。ぬくもりも無い。我らが母の気配は、まるで風のように消え去ってしまわれました。わたくしは不思議に思いましたが、神殿を離れるわけにもいかず、ひたすらに我らが母の冷たい御神体を守っておりました。やがてその御神体は朽ち、無くなっていきました。わたくしはそれはもう、とても焦りました。神の肉体が、それも命の神たる我らが母の肉体が無くなることなど、あるものかと。しかしわたくしにはどうすることもできず、結局、神殿は空っぽになったのです。…ああ、戦のあとのゼロ様ですか?ゼロ様はあの忌まわしい戦ののち、神殿の祭壇、神々の寝床の前でばったりと倒れてしまいました。しかしそれを見て嘆いた我らが母が、ゼロ様をどうにか寝床に引き上げました。そしておふたりでそろって眠りにつかれたのです。ああ、そうです、我らが母が、ゼロ様を愛おしそうに、ぎゅ、と抱きしめていらっしゃったのをよく覚えております。…そうして、わたくしは、空っぽになってしまった神殿を、ゼロ様と我らが母の気配が帰ってくることを信じながら、守り続けていたのでございます。やがてのちに、わたくしは貴方がたに出会います。ゼロ様の肉体と、懐かしい我らが母の気配を連れたロートヴァル様と、優しい悪魔たるR4-B様、貴方がたにです。わたくしは…わたくしは混乱しました。その時にはわたくしは、もう目がほとんど見えなくなっておりました。それゆえに、ロートヴァル様の気配を、てっきり我らが母のものと勘違いし、我らが母が帰ってきたのだと思い込んだのです。しかし、貴方がたと過ごすうちに、やがてわたくしは悟りました。ロートヴァル様はゼロ様ではなく、またロートヴァル様は我らが母ではないと。あの方から感じられる気配は、我らが母のものに非常に似ておりますが、少なくとも今現在、ロートヴァル様はロートヴァル様なのです。…わたくしは、今も探しております。我らが神々の行方を。


「そう…だったんだ。僕たちが訪ねたとき、神殿が空っぽだったのは、そういうことだったんだね」

R4-Bは悲しそうに、静かに言う。僕たち悪魔がかつてあんなことをしなければ、ゼロが傷つくことも、メビウス様が悲しむことも、この優しいゴーレムがひとりぼっちになることもなかったんだ…

「話してくれて、ありがとう」

R4-Bは、ジェイドにきちんとお礼を言う。

「いえ、お礼を言われるなど、恐縮です」

このゴーレムはどうも、お礼を言われることに慣れていないらしい。居心地悪そうに手をもぞもぞと動かす。それを見てR4-Bは、うふふ、と微笑むと、首をまわして、未だに彫刻のように固まっているロートヴァルを見る。

「ねぇ、ほら!もういい加減に話してよ!」

R4-Bは右の手のひらで、ロートヴァルの背中を力いっぱい叩く。ばんっ!

「うおっ!」

面食らったロートヴァルは思わず前のめりになる。うめきながら背中をさする。

「きゅ、急に何をするんだ!なかなかに痛かったぞ」

「いい加減、何があったのか話してって言ってるの!いつまでも固まられてちゃ、こっちだって困るんだから!」

「…」

ロートヴァルはきまり悪そうにする。口もとをひん曲げて、R4-Bから目をそらす。

「どうしたの!」

R4-Bはきっ、とロートヴァルを見据え、ぐいと顔を近づける。ようやく、ロートヴァルは観念する。

「わかった!わかったからそれ以上顔を近づけるな!近い!」

そう言われると、R4-Bはもとの距離にさっと戻る。はぁ…と息をつくと、ロートヴァルは頭をがしがしとかく。そして低く言う。

「…わかったんだ。俺は、メビウスを憎んでいるってことが」

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