もうひとり

かつて、天使たちは剣をもって神々に反旗を翻した。そしてゼロの炎に敗れ、天使たちの生き残りは大地に堕ち、己らの行いを悔いてひっそりと暮らすようになった。森や、谷や、山の中で、ひっそりと。

彼ら堕天使、すなわち悪魔たちは、己らに天使のような立派な名前は分不相応だと、記号のような無機質な名前をつけるようになった。子が生まれれば、母親と父親から文字をとって、新たに名前をつくった。

彼らには、呪いがかけられた。それは「誰かのために涙を流すと、その者は永遠に大人になれない」というものだった。これは「誰かのために涙を流すと、一人前になれる」という天使の掟とは真逆のものだった。悪魔よ、大人になりたければ、誰のためにも涙を流すな、ただ己のために生きよ。そういうことだ。それからというもの、悪魔たちは大人になるべきか、ならぬべきか、葛藤にさいなまれながら生きることとなった。


しかし、悪魔はもうひとりいる。戦争になっても、己の身を守ることも、愛しい人を守ることもせず、ただ泣き崩れていた者。ゼロがその炎で世界を焼いても、ただ泣くだけで何もしなかった者。

…メビウス。

最も無力で、最も忌まわしい者。

彼女こそ、本当の悪魔だ。

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