はじける

さわやかな緑。

腐敗しかけた黒いトカゲの死体。

奇妙なコントラスト。

ロートヴァルは両目を見開いたまま、ゆっくりと口もとに手を当て、低い声で唸る。

「メビウスは…何もしなかった」


R4-Bは、異様な雰囲気を纏うロートヴァルに戸惑う。まるで、出会ったことのない、知らない人を見ているかのよう。じわりと顔に冷や汗が湧く。R4-Bはゆっくりと、恐る恐る、ロートヴァルに話しかけてみる。

「ロ、ロートヴァル…?」

しかしロートヴァルは返事をしない。両目を見開いたまま、石像になってしまったかのように固まっている。R4-Bの胸の中に、どす黒い煙のような恐怖が湧き出てくる。彼はそれを振り切るようにぶんぶんと頭を振ると、大きな声でロートヴァルの名を呼ぶ。

「ロートヴァル!ロートヴァルってば!」

彼は必死の思いで、ロートヴァルの肩をぺちぺちとたたく。何度も肩を叩かれてようやく、ロートヴァルは我に返る。

「…す、すまない」

R4-Bの方を向いて、ロートヴァルは慌てて謝罪する。

「びっくりしたよ、もう!」

R4-Bはふう、と体の力を抜いて、草むらの石にぺたりと座り込む。彼はもう一度ロートヴァルの顔を覗き込むと、静かに問う。

「いったいどうしたの?何か思い出したの?」

たずねられたロートヴァルは、苦虫を噛み潰したような顔をする。R4-Bは不思議そうにロートヴァルを見つめるが、彼はなかなか口を開かない。R4-Bはじれったくなってくる。

「ねえってば!」

少し大きな声でせかすと、ロートヴァルはようやく口を開く。鉛のように重い口調。

「…すまない、少し時間をくれないか?」

そう言うと、ロートヴァルは大きな真っ黒い両手で顔を覆い、再び動かなくなる。R4-Bはただ、大人しく待つことしかできない。どす黒い煙は未だ、胸の中にくすぶっている。


ロートヴァルは思い出す。頭の中で、火花のようにバチバチと、記憶がはじける。記憶は記憶を呼び起こし、連鎖して、すべてが鮮明に目に映る。炎、赤い花、濁った空。

ロートヴァルは思い出す。天使たちに襲われ、悲しみのあまり泣き崩れるメビウスの姿を。天使たちと戦争になったとき、彼女は何もしなかった。何もできなかった。そしてそれは、紛れもない…

ロートヴァルは思い出す。ゼロの炎で命たちが焼け焦げていく中、メビウスはただ泣くことしかできなかったことを。

…天使?悪魔?

ロートヴァルは鋭い目つきで己の手のひらを見つめる。…メビウスこそ悪魔だ。

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