古代の守護者

どこまでも広がるその黒い森のはるか奥には、恐ろしいゴーレムがいる…

「本当なのかな、あのうわさ」

R4-Bが首をかしげる。ロートヴァルが、いつもと変わらぬぶっきらぼうだが静かな態度で、彼にたずねる。

「うわさ?何のうわさだ?」

R4-Bは困り眉で首を傾けたまま説明する。

「うんとね、この先の深い深い森にね、古代のゴーレムがいるってうわさがあるの。そのゴーレムは、森の中にはいってきた人を連れ去ってしまうんだって。連れ去られた人はもう二度と、その森から出ることはできないんだって」

R4-Bはぶるっ、と震える。

「なんだか、怖い…」

それを見て、ロートヴァルが低く優しげな声で言う。

「安心しろ。ただのうわさにすぎない可能性もあるし、たとえ本当だったとしても、俺がお前を守ってやる」

「ふふ、ありがとう」

R4-Bは頬を赤くする。

平原の地方のメビウス神殿を訪れたあとも、ロートヴァルの様子は何も変わらない。神殿で何か思い出せたのか気になったが、火事のときとは違い、神殿では特に何も思い出さなかったらしい。ふたりはめげずに、今度は森の地方のメビウス神殿へと向かう。世界のすみっこにあるその森は、一年中うっそうと葉がしげっており、日の光が届かず暗く見えることから「黒い森」と呼ばれている。人は住んでおらず、神殿だけがぽつん、とあるとのことだ。


「…ここが、入り口だね」

がさがさと落ち葉を踏む。土は黒くしっとりとしており、深緑の葉にさえぎられて、暖かな日の光はほとんど入ってこない。

ふたりは入り口の粗末な門の前で、いったん立ち止まる。R4-Bが再び、ぶるっと震える。門のすぐ向こうはうっそうと緑がしげっており、かすかな獣道が続いているだけ。

「怖いなら、やめておくか?」

ロートヴァルが静かに言う。R4-Bは震える声をどうにか大きくしてこたえる。

「ダメだよ、ロートヴァルの記憶が取り戻せるかもしれないのに!」

「…本当に大丈夫か、アル?」

「だ…大丈夫、大丈夫。僕は大丈夫。ほら、行こう!」

R4-Bは大きく手をふって、すたすたと歩いて見せる。ロートヴァルはやれやれ、と息をつくと、R4-Bを追う。


細く薄暗い獣道を進んだその先に、神殿はある。石造りの、どっしりとした雰囲気の神殿。海の地方のメビウス神殿とは違い、素材の石は磨かれておらず、無骨でざらざらとしている。光り輝く装飾もない。入り口には、落ち葉がじゅうたんのように敷きつめられている。おまけに神殿は、名前のわからない植物に、まるで寄生されているかのようにまとわりつかれている。

「ここが…メビウス神殿?」

R4-Bは首をひねる。

「ずいぶん長い間、ほったらかしにされているみたいに見えるけれど…本当にここ、メビウス様の神殿で合っているのかな?」

R4-Bは地図を確認する。しかし何度見ても、地図はふたりがいる場所を神殿だと確かに示している。

「と、とりあえず中に入ってみる…?」

R4-Bは笑顔で言ってみるが、その笑顔はひきつってしまう。ロートヴァルがなだめるように言う。

「アル、やめておこう。怖いのを我慢してまで…お前にそんな苦労はさせたくない」

「そ、そんなのいまさらだよ!僕は入るよ、入るからね!」

そう言って、R4-Bは中へするりと入っていってしまう。

「おい、無理をするな」

ロートヴァルもR4-Bを追って大股で中に入っていく。

明かりのほとんど無い森の中で、神殿はふたりを吸い込んでしまう。運命。待ち人は来たれり。


窓はある。しかし窓ガラスはない。まるでずいぶん昔に建設され、それきりそのまま放置されているように見える。当然、人もいない。しかし奇妙な光景がそこにはある。人間の代わりに人形が一体、祭壇を守るように立っている。ふたりはその動かぬ人形に、そっと近づいてみる。

「すごい…球体関節人形って言うのかな?僕、初めて見るよ」

その球体関節人形は、残念なことに顔の上半分を大きく損傷しており、表情が確認できない。口もとは冷たく無表情。R4-Bは人形をまじまじと観察する。材質は不明。陶器のような白い肌。翡翠色の短い髪。人形はその髪を、上品にオールバックにしている。右手には、長い不思議な杖。角度によって色が変化して見える不思議な石がはめ込まれている。そして古めかしい、漆黒の分厚いコート。フードは少し、人形の頭から脱げかけている。しかし何よりも不思議なのは、人形がなんの支えも無しに立っていること、そして空っぽのはずの人形の中から、翡翠色の光がゆらゆらともれ出ていること。

「ゆ、幽霊や幻ではないみたいだね」

R4-Bは人形をつついて言う。

「こら、わけのわからんものに触るんじゃない」

ロートヴァルがR4-Bを軽く叱る。

「だ、だって…」

R4-Bが反論しようとした、そのとき。

「我らが母よ」

透きとおる青年の声。

「えっ?何!?誰!?」

R4-Bはびくりと震え、声の主を探さんと首をぶんぶんふってあたりを見回す。しかしいくら探しても、まわりにロートヴァル以外の人間はいない。

「ま、まさか…」

R4-Bはおそるおそる目の前の人形を見る。ロートヴァルはその前から、さもわかっていたかのようにその人形を見つめている。人形はくり返す。

「我らが母よ」

R4-Bはひゅっ…と息を呑み、あとずさる。そしてふにゃふにゃと腰をぬかす。

「おいアル、大丈夫か?」

「なんでロートヴァルは驚いてないのさ!」

「逆に、お前は何をそんなに驚いているんだ?」

R4-Bは頭がこんがらがる。

「だ、だって人形がしゃべっているんだよ?顔の上半分が無い人形がさ!」

「ニンギョウはしゃべらないものなのか?」

「当たり前でしょ!」

どうやらロートヴァルは、ここまで大きく、ここまで人間にそっくりな人形は見たことがないらしい。獣人やツノ人のように、この人形も動いてしゃべる何か、と思っていたようだ。R4-Bは大きくため息をついて、両手でがしがしと頭をかく。髪が爆発したかのようにぼさぼさになる。

「と、とにかく、球体関節人形はしゃべらないものなの!今のこの状況はおかしいの!」

「…そうか」

反応の薄いロートヴァルに、R4-Bは途方に暮れる。どうしよう。こんなところにひとりでいる人形だ。もし呪われた、危ない人形だったとしたら…R4-Bはどんどん怖くなる。しかしここで思いつく。この人形、しゃべるのなら、僕たちと会話ができるのかも…

「あ、あの…」

R4-Bは震える声をしぼり出す。

「どちら様ですか?お名前は?」

人形は首をわずかに動かしてR4-Bの方を向く。失われた目でこちらを見る。R4-Bはくちびるを噛みしめる。

「我らが母よ。そして母の子よ。お帰りをお待ち申し上げておりました」

「おかえりを…?僕たちを待っていたの?」

「…」

それきり、人形は話さない。R4-Bはますますわけがわからなくなってしまう。今度はロートヴァルが人形に話しかける。

「お前、名前は?」

人形は静かにこたえる。

「ガーディアン=ジェイド」

「…がーでぃあん?」

すると、R4-Bが割って入る。

「も、もしかしてこのお人形さん、この神殿を守っている守護者みたいな存在なんじゃない?今、ガーディアンって言っていたし」

そして、声を落として続ける。

「どうしてしゃべれるのかは、わからないけれど…」

その話を聞いたロートヴァルが、驚くべきことを言う。

「なるほど、こいつ、ゴーレムだな」

R4-Bは度肝を抜かれる。

「え!ゴーレム?どうして?」

ロートヴァルが頭をかきながら説明する。

「いやその、なんとなくゴーレムの知識はあるんだ。…ゴーレムっていうのは石や陶器なんかでつくられた人形に、エネルギーをいれることで出来上がる。そしてゴーレムはからくり人形みたいにひとりでに動き出して、主人の命令を果たすんだ。悪く言えば奴隷、良く言えば執事や使用人みたいな感じだな」

「そ、そうなんだ…」

「ゴーレムによっては、高い知能を持ち、しゃべることのできるやつもいるらしい。ゴーレムのつくり手の技術が高ければ高いほど、出来上がったゴーレムは優秀になるそうだ。俺は初めて見るがな」

「よく知ってるね。思い出したの?」

「あ、ああ…」

「早く言ってよ!」

「だから言っただろう、今」

「もぉ〜…」

R4-Bはがっくりと肩を落とす。これじゃあまるで、僕が臆病者みたいじゃないか!そしてふと思い出す。待てよ…

「もしかして、うわさのゴーレム?」

「おそらくな」

ロートヴァルがなんてことのないように言う。ロートヴァルの話を聞いたR4-Bは考えをまとめる。ゴーレムがいるのは本当だった。しかし人を連れ去るという話は結局、うわさでしかなかった。でも、だからといって安心はできない。このゴーレムはいつ、誰によってつくられ、どんな役割を果たしているのだろう。会話もなんだかちぐはぐしている。R4-Bは再び、ガーディアン=ジェイドと名乗ったゴーレムと会話を試みる。

「ここで何をしているの?」

なるべく短く、簡潔にたずねる。ギギ…ときしむ音をたてて、ゴーレムは首を動かす。

「ここを守っております。我らが母のために」

「我らが母って、誰のこと?」

「その名を口にするのは恐れ多い」

「ずっとここにいるの?」

「我らが母はお帰りになられました。今こそ、ご命令を」

「もう!なにがなんだかわからないよ!」

「アル、落ち着け」

今度はロートヴァルが割って入る。ロートヴァルはわしゃわしゃとR4-Bの頭をなでると、ひとつずつ説明する。

「おそらく、このゴーレムはこのメビウス神殿を守っている。見た目からして、相当長い間な。そして入ってきた俺たちを、“我らが母”とその子どもと勘違いしているんだ。たぶん、“我らが母”っていうのはメビウスかなんかのことだろう。ここはメビウス神殿だからな。その“母”の子どものことはよくわからないが。…まぁそんなところじゃないか?」

ロートヴァルはR4-Bを見る。

「理解できたか」

「な、なんとなくは…」

ロートヴァルはうなずくと、くるりと向きを変える。

「ゴーレムのこと以外に、特にここで思い出したこともない。出るぞ」

「えっ…このお人形さん、置いていくの?」

「そいつはゴーレムで、命令を守り、果たす存在だ。俺たちの手出しは無用だろう」

しかしR4-Bは悲しそうな顔をする。

「このお人形さん、こんな寂しいところで、ひとりぼっちなんだよ?」

「いや、まぁ、それはそうだが…」

「それにさっきこのお人形さん、“ご命令を”とかなんとか言っていたでしょ?僕たちをご主人さまと勘違いしているなら、僕たちが責任を持って連れて行かなきゃ!」

ロートヴァルは度肝を抜かれる。

「えっ、連れて行くのか?」

「だって、かわいそう!」

「アル、お前…何かわくわくしてないか?」

R4-Bはロートヴァルに向かってにへへ、と笑う。そして腕を伸ばし、ゴーレムの冷たく青白い手をぎゅっと握ると、新しい友だちができた子どものような明るい笑顔でゴーレムに言う。

「一緒においで!」


見捨てられた神殿から、落ち葉を踏みつつ、神とともに守護者は去る。あとに残ったのは静寂と、沈黙を貫く神々の残り香のみ。

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