青い、青い空

青く透きとおった大空を、チェシャは自由自在にひらひらと舞う。綿あめのような純白の雲をするりとぬけると、彼女は神殿から出てきたご主人の肩をめざして舞い降りる。チェシャのはばたきで、ふわり、とR4-Bの髪が揺れる。

「おかえり、チェシャ!」

体長、約20センチ。褐色。主食はネズミの肉だが、珍しいことに果物も好んで食べる。全身がふわふわの羽毛で覆われている。くりくりとした、琥珀色の宇宙の広がる目で、きょろきょろとあたりをせわしなく観察する。性格は少しだけ臆病で、R4-Bに対してはいたずら好き。よく懐いている。可愛らしい、愛すべき家族。

R4-Bは微笑む。横のロートヴァルが思い出したように言う。

「そういえばそいつ、今までどこにいたんだ?」

R4-Bがあっ、と目を丸くする。

「ごめんごめん、言ってなかったね。この子は僕たちが街から街へ移動している間や、目的の街をうろついている間、空で待機しているんだ。空中散歩してるの。人混みにもみくちゃにされたら大変だからね。夜になると、僕のところへ帰ってきて、かばんの中にもぐりこむんだよ」

説明すると、ロートヴァルが納得した顔で言う。

「だから姿を見かけなかったわけか」

「そうそう。今は人も少ないし、疲れたみたいだから、羽休めに僕のところへ来たんだろうね」

「なるほど、賢いやつだな」

「えへへ、でしょ〜?」


ロートヴァルは空を見上げる。空は、どこまでも青い。ところどころに、柔らかな雲が浮かんでいる。かつて見た炎とは反対に、空はとても涼しげに彼の目にうつる。その澄んだ色に、彼は途方に暮れる。もし私がゼロだったとしたら…彼は考える。私はかつて天使たちに怒り、この美しい世界を燃やしたことになる。

胸の奥の炎が勢いを増す。

そして今、私は立っている。その世界に。天使とともに。

彼はもう知っている。今すぐ横にいるこの可憐な少年の正体を。認めてはならない。気づかぬふりをせねばならない。何としても、沈黙を貫き通さねばならない。

空を見上げたまま、彼は目を閉じ、呼吸する。まぶたの裏の暗闇に、ごうごうと燃える赤い炎がうつる。吸い込む空気は冷たい。豪炎から聞こえる、幾千ものささやき声。彼は耳を傾ける。しばらく深呼吸をしたのち、彼は静かに目を開ける。

…幻想だ。恐ろしい幻想だ。

目にうつるのは、どこまでも青い、青い空。

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