ラジオと小さな哲学者

ミルクのしずくがまき散らされた夜。ふたりは風呂から出ると、冷えないようにそそくさと部屋に戻る。それからほどなくして、ロートヴァルはふかふかのベッドに横になって寝てしまった。静かな寝息。

R4-Bはぼんやりと部屋を眺める。テーブルの上の、大きなラジオ。古い形のラジオだが、きちんとほこりが取り払われており、大切にされているのがわかる。R4-Bはそれをつけてみる。空の中を無数の電波となって声は飛び交い、遠い遠い場所から、その言葉たちはやってくる。R4-Bは思う。ラジオってなんて不思議なのかしら!遠くの人の声は聞こえないはずなのに、どうしてラジオはそれをこうして届けられるのだろう?糸電話でもないのに!R4-Bの思いをよそに、ラジオはなめらかに語る。


聞こえているかい、子どもたちよ。今日はちょっとだけ、哲学について話そうと思う。哲学って聞くと、ひげをはやしたおじさんたちが、なにか難しい顔をして、なにか難しいことを考えている…そんな光景が目に浮かぶかもしれない。でもね、子どもたちよ。違うんだ、違うんだよ。哲学って、すごく身近で普遍的なものなんだ。普遍的って、わかるかな?そこらじゅうに普通にあるってことだよ。哲学の問いは、みんなの心の中に宿っている。そう、みんなの中に、だ。少し、考えてみよう。この世界はいつ、どうやって生まれた?考えてもごらん、私たちはこの世界に生きているのに、それがいつ、どうやって生まれたかも知らないんだ!でも、だからこそ誰もが思う。この世界はいつ、どうやって生まれた?でもね、子どもたちよ。多くの人はこのことについて知らんぷりする。もっと楽しいことが身のまわりには溢れているからね。しかし、哲学者は違う。哲学者はこのとびきり難しい問いに、果敢に勝負を挑むんだ。…子どもたちよ。哲学者になるべきだ、と私は言いたいんじゃない。そうじゃなくて、私は「この世界の不思議さに驚くこと、そしてその謎に立ち向かう勇気を忘れないで」と言いたいんだ。大人になって、この世界に慣れっこになってしまうと、みんなこれらのことを忘れてしまう。だから、子どもたちよ、忘れないで。世界は本当に面白い。目が永遠の暗闇に覆われてしまう前に、なるべくたくさんのものを見ておいで。たくさんの美しい世界のかけらをね。そして存分に驚いて、存分に楽しんで、存分に感動しておくれ。哲学者たちっていうのは、それを大人になっても続けている人たちなんだ。忘れないで、子どもたちよ…


「世界はいつ、どうやって生まれた…?」

R4-Bはラジオの言葉をくり返す。そしてつぶやく。

「メビウス様が創ったんだよ」

しかしここで、R4-Bは考える。

「本当にそうなのかな?それじゃあメビウス様は、どうやって生まれたの?神話の本には、混沌の中の光の部分が集まってメビウス様になったってあったけれど…」

R4-Bは首をひねる。

「それなら、混沌はいつ、どうやって生まれたのかな?無からなにかが生まれるなんてこと、あるのかしら?」

R4-Bは不思議な感覚になる。こんなこと、今の今まで、考えたこと無かった!「世界は本当に面白い」。ラジオの語った言葉を思い出す。本当にね!R4-Bは思う。大人になっても、この不思議さ、面白さを忘れないでいたいな。絶対に、僕は大人になって、世界を旅するんだ。いろんなものを見て、その美しさに感動して、本を書くんだ。何冊もね!大人になったあとのことを考えると、R4-Bはわくわくする。しかし同時に、かつて自分が鏡の自分自身に向けて放った言葉を思い出す。誰かのために決して泣かないこと、それは幸せなことなの?正しいことなの?途端にR4-Bは気が重くなる。自分は、本当に大人になりたいのか。それで自分は、幸せになれるのか。こたえはまだ、どこにもない。

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