まどろめる神
きらきらと巨大な宝石のように光る海のそばのその街は、活気に溢れている。あちこちで人々の挨拶が聞こえる。まるでその街の人たちは皆、友達であるかのような。おはよう。おはよう。いや、こんにちはかな?バターをください。新鮮なトマトはいかが?そこの兄ちゃん、お肉どう、お肉?このお皿、綺麗だわ。釣りたてほやほやの魚だよ、安いよ!素晴らしいランプだね、いくらだい?
そのわいわい、がやがやとした光景にR4-Bは目を輝かせる。
「すごい!噂に聞いていたとおりだ。まるでお祭りみたい!」
横のロートヴァルに興奮気味で言う。
「僕、こんなの初めて!」
一方でロートヴァルはうろたえている。
「目がまわりそうだ」
人々がせわしなく行き交う。店の者は大きな声で手を叩きながら客を呼びこむ。にぎやかで、明るい場所。大通りを闊歩する人々に混じって、ふたりは進む。
「ねぇロートヴァル、暑かったらフードを脱いでもいいんだよ?」
「いや、暑くはない」
ロートヴァルは目の前の人混みを見る。
「俺の顔は目立つだろうからな。あまり人の視線を浴びたくない」
「そっか、でもいつでも脱いでいいんだからね?ひとくちに人間と言っても、ここには獣人さんやツノ人さんなんかもたくさんいるんだ。目立つ見た目の人はたくさんいるから、ロートヴァルも安心していいんだよ」
R4-Bは歩きながら説明する。彼の言う通り、見回せばすぐに毛むくじゃらの獣人や、立派なツノを生やしたツノ人が見つかる。
「そうか、ではこの息苦しい人混みをぬけたら脱がせてもらおう。視界が狭まるからな」
しかしR4-Bはうつむいて、独り言のように小さく、ぼそっと続きをつぶやく。
「でも、ロートヴァルはその中のどれにも属していないと思うけどね…」
「何か言ったか?」
ロートヴァルは不思議そうな顔でR4-Bを見おろす。
「ううん、なんでもないよ」
笑顔で返す。
そのままふたりは店の建ち並ぶ大通りをぬけて、坂を登る。すると少しずつ、石造りの立派な建物のてっぺんが姿を見せ始める。
「見えてきた!あれだよ、あれ」
R4-Bは指をさしてみせる。歩くにつれて、しだいにその建物は大きくなる。目の前まで来ると、その迫力にふたりは圧倒される。
「こんなでかいもの、よく造ったな」
ロートヴァルはほう、と息をつく。
海の地方のメビウス神殿。坂の上にあるその建築物は、ほとんどが名前のわからない丈夫そうな石で造られている。それらはつるつるしていて、R4-Bの顔を鏡のようにうつしだす。半径1メートル以上はあるであろう太い柱が一定の間隔で何本も立ち並び、その上にはどっしりとした平たい石の屋根が鎮座している。すべてに金や銀、ラピスラズリのような青い石などで装飾がほどこされている。日の光を受けて、それらは雄大な海と同じようにきらきらとまばゆく輝く。両開きの重くて分厚い扉が、人々を吸い込まんと開かれている。
扉の前に立ち、ふたりはその荘厳さに息を呑む。そびえ立つ、神と祈りのための城。
「…入ってみよう」
R4-Bはいささか緊張気味で言う。ふたりは無言で、中へと足を踏み入れる。
そこはまるで別世界だった。外の音は断たれ、静寂が支配する。薄暗い。窓は無く、かわりに太陽を模した色鮮やかなステンドグラスが六つある。祈りを捧げる場として長椅子がいくつも置かれている。今も、そこで敬虔に祈りを捧げている人々がちらほら見える。彼らはぴくりとも動かず、祈りの姿勢を崩さない。R4-Bには、彼らが祈りながら石像になってしまったように見える。
ふたりは何も話さなかった。静寂の中、不用意に音を立てるのは罪なことだとさえ感じた。眠れる神を乱暴に起こす、罪深い音。ふたりは静かに歩き出す。奥の中央にある、祭壇の上のひときわ巨大なステンドグラスの前に立つ。それは、ひとりの美しい女性を描いている。まぶしい太陽の光がガラスをぬけて、色とりどりの鮮やかな光の束となってふりそそぐ。ロートヴァルがそっとフードを脱ぐ。ふたりはその美しさに、しばらくの間、時間も忘れて見とれてしまう。R4-Bは目だけ動かして、隣のロートヴァルの様子を見る。綺麗な横顔。見とれている。しかし何か妙だ。懐かしむような目。優しい目。まるで、このステンドグラスを前にも見たことがあるかのような目。彼が今何を思っているのか、R4-Bは聞きたくてたまらなかった。しかしぐっと我慢する。強い静寂。
コツコツと、R4-Bの控え目な靴の音だけが響く。ロートヴァルは裸足だ。ふたりはお供えものと祈りを捧げると、ようやく外に出る。日の光がまぶしい。目が眩む。
「僕、初めて中に入った。すごかったね…」
興奮がおさまらない様子で、R4-Bは語る。
「なんてすてきなステンドグラス!あんなに立派なもの、見たことないよ。すごくきらきらだった!それに床や壁も。ぴかぴかに磨かれていて、まるで高級な鏡みたい」
無邪気に感想を述べるR4-Bの横で、ロートヴァルは顔をほころばせる。
「愛されているんだな、めびうすとやら」
R4-Bはぶんぶんと首を動かして、何度もうなずく。
「そうだね。まさかこんなにも圧倒されるとは思っていなかったよ!メビウス様ってすごい!」
そしてロートヴァルに、あのとき何を思っていたのか、ついに聞くことにする。
「ロートヴァルはどうだった?何か思い出せた?」
ロートヴァルはあごに手を当ててうつむき、目を閉じる。
「あのステンドグラスの女性が、何か引っかかる。ひどく懐かしいような…」
「懐かしい…?」
「ああ。ずっと前、そばにいた誰かにとても似ている気がする。誰なのかは思い出せない」
そして小さくつぶやく。
「紫の、長い髪…」
R4-Bはぱっと顔を明るくする。
「もしかして、家族とか?それとも友だちかな?」
「…おそらくそのあたりだろう。とても親しみを感じた」
おおっ、とR4-Bは声をあげる。かばんからペンと真っ白な新品のメモ帳を取り出し、ロートヴァルの話をその白紙のページにメモする。
“ロートヴァルの家族、あるいは親しい友だちに、紫の長い髪を持つ、きれいな女性がいた。”
メモ帳をぱたんと閉じると、R4-Bは右手で拳をつくり、空高くかかげる。
「一歩前進だね!」
ロートヴァルがかすかに笑う。
「そうだな」
一つ任務を達成したふたりは、坂を下って街のレストランへと向かい始める。太陽が頂点に登り、昼がやってくる。
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