泣きそうだ

空が小さな子供のように泣きじゃくっていた。

実際に空が泣くわけないが、幼い頃からずっと、雨が降るのは空が泣いているからだと思っていた。それも、母さんがずっと私にそう教えていてくれたからだ。雨が降ってくる度に母さんは私に言った。

「そらがないてるね。きっと、とってもかなしいことがあったんだろうね」

あの頃の私は母のその言葉に頷いていた。

でも、今の私は思う。もし本当に空が人間のように感情があって、雨が降るのは空が泣いているからなら、それは空が悲しいと思っているんじゃなくて、




寂しいと思っているんじゃないか、と、








「内海さんさ、三者懇談ねえの?」

七月下旬、一学期終業式の日、そんなポエムみたいなことを外を眺めて考えながら、1人帰ろうと鞄を掴み立ち上がると後ろから急に話しかけられた。

驚いて振り向くと、長身の男子が切長の吊り上がった目でまっすぐこちらを見つめている。

「は?」

私から間抜けな返事が出たにも関わらず、彼の目は私を離さない。

思わず自ら目線を逸らしてしまった。


「なんで、私が三懇やってないって、知ってるの?」

私はこのことをクラスの誰にも言っていない。普通は知っているわけがない。



「俺、親がパン屋やってるんだけど、この懇談期間中だけバイトしにそのパン屋まで行ってんたんだよ。俺金ないからさ。」

意外だ。このルックスでパン屋でバイトとは。エプロンをしていらっしゃいませなんて似合わなすぎる。いや、でも、ちょっと面白い。

「なにニヤニヤしてんだよ。あ、俺接客じゃねぇぞ。パン作る方な。」

なぁんだ、厨房か。少し残念に思った。どうせなら、ピンク色のエプロンとか着ていてレジ打ちとかしていて欲しかった。パンのポップを描いている光景なんて思わず吹き出してしまいそうだ。

すると、今度は彼が一瞬目を大きくして、上にキュッと吊られていた目を細め、ニヤリと口角を上げて言ってきた。

「内海さんって結構わかりやすいな、なんか、思ったこと全部表情に出てる。俺、霧雨さんはポーカーフェイスのイメージがあったから。意外かも。」

「え?」

また間抜けな声が出た。

表情に、出ていたのか?

「ほら、その顔、すげぇ間抜けだぞ。お菓子を待っていたのに飼い主さんが意地悪してくれなかった時の犬みたいな顔。」

「なに?揶揄ってんの?何もないんだったら帰るから」

早々に立ち去ろうと歩き出すと、

「ごめんごめん、揶揄ってなんかないから」

いきなり肩を掴まれる。

「なに?じゃあなんなの?」

早く帰らせて欲しいのでおもいっきり彼を睨む。

「だからさ、その、パン屋に行く時に乗る電車に必ず霧雨さんが乗ってたんだよ。俺さ、懇談の日以外全部バイト行ってたんだけど全部霧雨さんいたからさ、懇談は俺とおんなじ日なんだなって思ってたんだけど、その日の懇談の時間割に霧雨さんなかったから。変だなって思って。」

私が帰りたがっているのを察したのか、早口で説明してくれた。相変わらずキリッとした迷いのない目でまっすぐこっちを見てくる。

「でも、私とは限らないじゃん。その時間だったら羽山が見ていた人は多分私服でしょ。」

羽山はまた目を大きくした。

「あ、俺の名前知ってたんだ」

そりゃ知ってる。羽山。羽山春。学校でも有名だ。特に女子の中で。見た目は黒髪の短髪で、横は刈り上げられている。耳元には校則違反であるはずのピアスが光っている。キリッとした目元も相まって、初対面では彼のことを少し怖がる人が多かった。真偽がわからない悪い噂が広がったときもあった。でも今は、なんだかんだクラスに打ち解け、いい噂もよく耳に入ってくる。まあ、悪い噂が全てなくなったということではないが。


羽山は話し続ける。

「でも、あれは内海さんだよ。髪をおろしてたから最初は気づかなかったけど、目とか鼻でわかった。」

、、、、、、、、

少しゾッとした。なぜ目や鼻だけでこの人は私とわかったのか。

でも一番不気味だったのは羽山が言っている情報は全て間違いじゃないことだった。実際に私は懇談中、毎日髪の毛を下ろして出かけていた。もしかしたら、本当に見られていたのかもしれない。あり得なくはない。

そう思った瞬間、何かが胸に込み上げてきた。

「気のせいだよ。」

適当に誤魔化す。自分にも羽山にも。

「懇談が出来なかったのも、親の予定が合わなかっただけだから。夏休み中にちゃんとやるよ」

羽山の顔が険しくなる

だけど、今度はなぜか彼の目線が痛い。

なぜ。

さっきまでそんなことはなかったのに。

なぜ。

この気持ちは

なぜ。

なぜこんなにも私の胸は焼けるように痛くなっているのだろうか。

「じゃあ、私予定あるから。」

耐えきれなくなって、その場から逃げた。 

胸が焦げてしまいそうだ。

後ろで私の名前を呼ぶ声が聞こえたが、足は決して止まらなかった。



どうして、こんなに泣きそうなんだろうか。



駅まで足は、止めなかった。
















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