第22話 皇宮&神殿では魔道具はご法度

「精霊か、ほんとうにいるのかしらね?」


 ファンタジー色の強い精霊神話に圧倒されながらメイはつぶやいた。


「視た人や存在を感じたりした人はほとんどいないからね。だけど、歴史的な事件の端々に人間を超えた大いなる力の干渉が見て取られるんだ。それゆえに視えないけれど実在を信じている人は多い。現に大陸の北方のフェノーレス山地は『精霊王の御所』と呼ばれていて、幻獣や魔物が放たれた聖地となっている。僕たちも入ったことがあるのだけどね」


 精霊王の御所。

 そういえば魔道具店のリンデンさんがそんなことを言っていたような気がする。


「あの件は他人の秘密にもかかわるから、気軽にしゃべるのは禁じられてるんじゃなかったか?」

 クリスティアンの長話に少々ダレ気味だったロージェが口をはさんだ。

「そうだったな……」

 クリスティアンが頭を掻いた。

「まあ、そこでどんな幻獣と遭遇したとかいう話は別に機密事項でもなく、後に続く冒険者たちの参考のために公表していいんだったかな?」

「ああ、すでに記録はまとめているよ、先輩魔導士たちからも参考になると評価されて、それに関わる記録を読むのを許されたのも大きな収穫だったな」



「クリスティアンは話が長いだろ。魔法についてしゃべらすといつもこうだ」


 ロージェがからかうように言った。


「ええ、でも、参考になったわ、どうもありがとう」


 メイがお礼を言った。

 

 クリスティアンは要するに、好きなことには徹底的に凝り饒舌になってしまう、いわゆるオタク体質というヤツかもしれない。

 「オタク」という語がこの世界で通じるとはとても思えないが……。


 それにしても、ファンタジー小説のありがちな不思議パワーと考えていた『聖力』とそれに対抗する『魔力』の背景にメイは驚愕した。自分には備わってないのだからそこまで深く悩む必要はないだろうけど、『聖力』が無いことが証明された後で逃げ出すだけのことも単純にうまくいくだろうか?

 

「どうする? 知りたいことはもうないか?」


 考え込むメイにロージェがうかがってきた。


「ええと、この世界の地理とか歴史とか……。さっき言っていた『精霊王の御所』とかも興味あるから、それも含めて聞きたいかな。リンデンさんも話してたものね」


 メイは答えた。


「リンデンさん、もしかして君が今身に着けているマントも……」

「ああ、リンデンさんの店で購入したものだよ、腕輪もな」


 クリスティアンとロージェが語り合う。


「ふうん、確かにマントの布地に様々な効果が付与されているね。あ、僕は修行中だから、どんな魔法が使われているかとか、まだ中途半端にしかわからないのだけど、これは良いモノだってわかる」

「ほんと!」

 魔導士のお墨付きをもらってメイかなりうれしい。

「でも、聖女だったら神殿や皇宮に出入りすることの方が多いし、そういうところじゃ使えないだろ。無駄じゃないの?」

「えっ?」

 メイはうろたえた。

「確かに皇宮や神殿には持っていかない方がいいかな、魔力が無効化されるから。でもそれ以外の場所ならいいだろ?」

 ロージェがメイの不安を受けてクリスティアンに言った。

「まあ、そうだろうけど、聖女様が魔道具を持っているのが意外過ぎて……」


 すいません、私、実は聖女になる気はないのです、と、メイは語りたくてうずうずしたがかろうじてこらえた、その代わり、

「皇宮では魔力が無効化ってどういう意味? 魔法が使えないというのは知っていたのだけど……?」

 これまた「本」で、と、いう言葉を呑み込んでメイは聞いてみた。


「皇宮全体にね、仕組みは神殿の秘密で知る由もないのだが、魔力を奪い去って消滅させる装置があって、それを数メートルおきに地面に埋め込んでいると言われているんだ。だから、皇宮に入ったとたん、君がつけている優れものの魔道具も魔法効果を消去されてただのマントや腕輪になってしまう」


 まじですか、そんなことになったら大損じゃないですか!

 

「神殿の方は皇宮と違って、中が聖力で満ち溢れているから魔力が全部相殺されてしまう。魔力の持ち主が神殿に入ると力を奪い取られ、身体に力が入らなくなって立っているのもつらくなってしまうらしいんだ。もちろん道具に込められた魔力も相殺されてしまう」


「神殿と皇宮でからくりが少し違うというわけか」


 ロージェが感心したようにうなった。


「へえ、今聞いていてよかった。それじゃあ、皇宮で開かれるデビュタントボールにはマントや腕輪は持って行っちゃだめだね」

 メイも感心して言った。


「「デビュタントボール!」」


 メイの言葉にロージェとクリスティアンがそろって声を上げた。


「あ、うん。当日までまだ四日あるけどね。観覧客として参加したいからその日も馬車の運転とか頼みたいの。護衛も一緒に入っていいのかな?」


「いやいや、『まだ』じゃなくて『もう』四日しかないのに準備は大丈夫か!」


 メイの軽い調子にロージェが反論した。


「えっ?」


 ロージェの真剣な口調にメイはうろたえる。


「あくまでたとえだけど、デビュタントの準備は戦争より大変とよく言われるんだ。俺は行ったことないけど、兄とエレノアが社交界デビューのために参加した時の準備もそりゃすごかった。特に女性はドレスを半年前から注文して、髪結いも侍女じゃなくわざわざそれ専門の者を予約して……」


「いや、私はただ見学に行くだけだし……」


「一緒についていった両親も見るだけで主役じゃなかったけど、母の準備はエレノア同様さわがしかった。エレノアっていうのは兄の妻で幼馴染なんだけど、デビュタントボールでデビューする年を兄と合わせて一緒にしたんだ」


 なんかデビュタントボール甘く見ていた……?

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