第13話 魔道具店から銀行へ
「それでいいですかな、じゃあ、契約といきましょうか」
リンデンは品物を魔法陣の描かれた紫紺の布の上に並べた。
「商品の上にあなたの血を垂らしてください」
メイに針を渡しリンデンは言った。
指を針でつついて彼女が腕輪とたたまれたマントの上に自分の血を垂らすと、何らかの作用が働いたような蒸気あるいは煙のような気体がそれら物から上がった。
その気体が消えるまで数分かかった。
そして再び、品物から気体も何も出てこなくなってから、リンデンは紫紺の布をしまい込み、メイに品物を渡した。
「身に着けてみていいですか?」
メイは尋ね、リンデンが、勿論です、と答えた。
メイは腕輪のサイズが自分には少し大きいのではと不安だったが、装着してみると手首にぴったりとはまった。
「ほうら、契約をしたので腕輪の方がちゃんとお嬢さんの手首の太さに合わせてくれるのです。これで腕輪とマントは完全にお嬢さんのものだ」
そこまで便利で使い勝手がいい道具とは!
メイは自分の装備のランクが上がった……、ような気がした。
「あの、契約の魔法はいつまで有効なのですか?」
メイは尋ねた。
「一生です」
「一生!」
「はい、持ち主が死ぬまでその契約は消えません。正確に言うと持ち主が死んでも契約自体はいきるんですよ。でもそれでは有用な魔道具が、持ち主がもういないのに他の人間には使うことができなくて無駄になってしまう。ですから魔導士が、これはかなり高度な技術がいるのですが、その魔道具を契約前の状態に戻すのです」
「へえ」
「私はそうやって中古の魔道具を持ち主がいなかった時の状態に戻して販売もするわけです」
「なるほど、初期化して再販するのですね」
メイが納得したようにうなずいた。
「初期化? 初めて聞く言葉だが言い得て妙です」
ウェブで使う表現はこの世界では一般的ではなかったか……。
「では、これを」
メイは大きな金貨一枚をリンデン店主に渡した。
「はい、毎度ありがとうございます。それから、コランダムの方も盗難や紛失防止の魔法をこめておきますね」
メイが手に持っていた色石にもリンデンは何か魔力を込めた。
「ありがとうございます」
メイがお礼を言う。
「それとこれも差し上げます。お肌に良い美容クリームです」
リンデンが小さな缶をメイに手渡した。
「魔物のスライムを細切れにして煮込んだ成分が含まれているので、スライムのように透明感のあるつるつるのお肌になれますよ、試してみてお気に召したなら大きい缶の物もあるので、また来てくださいね」
いわゆる試供品というやつだろう。
しかしメイは『スライム』という語にショックを受けた。
確かに、あの魔物はお肌にいいと言われているコラーゲンたっぷりの見た目ではあるが…。
「スライム……、煮込む……」
缶を手にしながらメイはぶつぶつ言った。
気を取り直し、とりあえず、メイはハンドバックの中身とこの店で手に入れた色石やクリーム缶などを腕輪の中に入れることにした。腕輪のふたを開けると中が三つに仕切られていてひとつづつきんちゃく袋が入っていた。そこにものを入れて腕輪をかざすと袋自体が中に収納できるくらい小さくなった。
ロージェが言ったとおりだ!
持ってきたハンドバックが空になったが、とりあえずコーディネイトだとメイは思うことにした。ロージェも、ありがとうございました、と、快活に礼を言い、二人は魔道具店を後にした。
店をいったん出るとロージェは、少ししゃべりすぎたし言葉も丁寧さを欠いたかな、と、振り返って思った。リンデンがつくる店の雰囲気に影響され、友人と一緒に訪れていたような気分になり、雇用主と護衛という関係性を忘れていた。
メイの方は外に出てみると、店を訪れる前と違い、本当にマントの温度調節効果で暑さを感じないことを喜んだ。まるで携帯エアコンを購入したかのようだ。
気持ち鼻歌まじりで浮かれて歩くメイの腕をロージェはつかんで言った。
「満足のいく買い物ができたのは何よりです。だが、ここから銀行までの道、少し気を引き締めた方がいいでしょう」
はしゃぎすぎるな、と、いう意味である。
魔道具店から銀行までは別の店を一件過ぎ、四つ辻を渡ってすぐのところではあるが、ロージェの注意にメイは笑顔を引き締め速足で歩くようにした。
さいわい銀行までは特に何も起こらず到着した。
重い開き戸をロージェが押して開けメイとともに銀行へと入った。
中に入ると広々としたフロアの先に受付のカウンターがあった。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」
受付の女性が用件を尋ねた。
「こちらで口座を作りたいのですが……」
メイが言った。
かしこまりました、と、女性は言い、メイとロージェを個室に案内した。
「少々お待ちくださいませ」
案内した女性は部屋にあった茶器で二人にお茶を入れると、そういって出て行った。
この世界の銀行はただ口座を作りたいだけの顧客でも個室に案内するのか?
元いた世界の銀行とはずいぶんと違うものだ。
まさか自分のことを上客だと勘違いしているのか?
メイは若干不安になった。
口座を開くためのお金も、元いた世界で二十万相当、大金貨二枚ほどしかないのに…。
落ち着かない気分のまま、ティーカップにチビチビと口をつけて待っていると、こげ茶色の髪をした中年の男が入ってきた。
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