第12話 リンデンの魔道具店(3)

 それはロージェが所有しているものより細身で、ルビーが中央にはめ込まれ、その周りにつる草模様の浮彫があった。


「これは彼の持っているものより収納力は小さくて、出かける時にバックの代わりに貴重品を収納するくらいのものなんだけどね」


 確かロージェは泊まり込み用の荷物を全部腕輪の中に収めていると言った。


「腕輪などの高度な魔法技術がつめ込まれた魔道具は、所有する際に持ち主に特化させる契約を道具と結ぶ。すると持ち主以外は使うことができなくなるのだよ」

「魔道具と契約?」

 メイは首を傾げた。

「そうだね、実例を見せようか。ちょっと君の持っているとんぼ玉を渡して彼女にわたしてくれないか」

 店主はロージェに頼んだ。

「いいですけど?」

 ロージェはチョーカーを首から外しメイに渡した。


 手に取ってみると意外に紐が短い。留め金はない。

 紐がゴムのように伸びるのだろうか?


「それを君がつけてごらん」

 店主はメイに言った。

 メイはチョーカーの紐が伸びるのだと思って引っ張ってみるが伸びない。

 着けろと言ってもどうすればいいのか?

「できない? ならそれを彼に返して」

 メイはチョーカーをロージェに返した。

 ロージェな難なくとんぼ玉のチョーカーをもう一度首にかけた。

「どうやったの?」

 メイが尋ねた。

「普通に紐が伸び縮するからそのまま頭からくぐらせて…」

 ロージェが答える。

「いや、さっき触ったけど全然伸びなかったし…」

 メイが言うと店主が笑った。


「それが持ち主との契約の結果なんだよ。魔道具が彼を持ち主と認識しているので、それ以外の人間が触っても反応しないが、彼が身に着ける時にはやりやすいように紐も伸び縮みするし、身に着けた後は彼の首にぴったり合った長さに変わる」


 楽しそうに説明するリンデン店主。


「腕輪にしてもそうだよ。持ち主以外は使えないように契約するのが普通だから、腕輪を盗んでも他人は中のものを取り出すこともできない。だから盗みの対象にはされにくい。これも彼の腕輪より収納力は落ちるが、バックを持って外を歩くよりは防犯になるというわけです」 


「いいなあ、おいくらくらいですか?」

 売り込む側の思うつぼ的な穴にはまった感じもするが、その道具がメイにとって魅力的に映ったのも確かである。

「そうだね、小さい金貨で八枚。先ほどのマントも一緒に購入してくれるなら大きい金貨一枚でいいよ。マントは小金貨三枚分くらいの値打ちがあるけどね。」

 リンデン店主がまとめ売りの提案をする。


「どちらも持ち主契約までちゃんと致しますからね。」


 店主が確約した。


「二点、契約込みで大金貨一枚ですよ、どうですか?」


 もう一度店主が尋ねた。


 メイが決断しようとした矢先ロージェが口をはさんだ。


「ちょっと待って。友人と来たときには、そいつは商品を三つ買ったけど大金貨一枚もしなかった。商品も今のと遜色なかったし、しかも、マントは古いやつを下取りするんだろ」


「そうきましたか! ははは、お嬢さん、あんたいい交渉人を連れてきたね」


 リンデン店主が笑った。


 えっ、もうちょっと値切れるってことだったの?

 頼もしい「交渉人」の顔をメイはまじまじと見た。


 出すつもりのなかった口をつい出してしまったロージェがきまり悪そうに頭をかいた。


「負けましたよ、それじゃあ、もう一品。何がいいかな?」


 店主が店の商品を見回した。


 そして陳列物の下の引き出しを開け、色とりどりの石を収めた箱を見せた。

「コランダムの裸石、ルビーとサファイア以外の比較的キレイな色の大きめの石です。どれでも好きなものをどうぞ」


 コランダムとは酸化アルミニウムの結晶でダイヤモンドに次いで硬い鉱物である。

 中の含有物によって色が変わり、赤い石がルビー、青い石がサファイアと呼ばれる。店主が見せた石はそれ以外の色合いのものであった。


 ピンク、オレンジ、ゴールドなど、メイが元いた世界ではファンシーサファイアと呼ばれる類の石だ。これらの物をおまけ扱いしていいのか、と、メイはいぶかった。


「この色石ってパパラチアサファイアと言われるものじゃないですか?」


 オレンジとピンクの中間の色合いの石を手に取ってメイが言った。


「パパラチア?」

「蓮の花という意味ですよ。」

 リンデンの疑問にメイが答えた。

「なるほど蓮の花ね。言われてみれば似てますね」

「私たちの世界じゃ相当値段が高かったはず」

「こっちじゃ真紅のルビーや紺青のサファイア以外のコランダムはあまり評価されません。魔導士たちの事情ですが、それ以外の色のコランダムが評価されて高値が付くようになるとちょっと困る事態が起きるのでね」


 困る事態とは?


 メイは首を傾げた。


「青や赤以外のコランダムを錬金魔法でルビーやサファイアもどきに加工した石は、皇宮や神殿にはつけていけないけど、それ以外の場所に出かける時の普段使いのアクセサリーに使われます。その加工料は魔導士にとっていい収入になるし、魔導士の卵たちがそれを練習するためにも、別の色のコランダムはそこそこ安いほうがありがたいというわけです」


 なるほど、メイのいた世界でも宝石に加熱処理を施し、より良い色を出したりすることがあるが、この世界ではそれが魔法で行われているらしい。


「でも、他の色のコランダムにも魔法で色を変えるのはもったいないというくらいきれいな色の石がたまにあるから、そういうものを残していたのですよ。アクセサリーにしてもいいですし、魔力を含ませてタリスマンの中心に据えるという使い方もできますよ」


 ところかわればである。

 メイは手に持っていたオレンジがかったピンクの石を選んだ。



 

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