第11話 リンデンの魔道具店(2)

「収納用の腕輪ね。探してみましょう。」


 リンデン店主はそういって奥に引っ込んでいった。


 店主リンデンが奥に引っ込んだのち、メイは店に陳列されている商品を見てみた。


 しかし、説明を受けないとどういう製品なのかはさっぱりわからない。


 ただ、宝石や貴石、あるいは色ガラスのようなキラキラしたものがついたアクセサリーのようなグッズは見ているだけでも楽しいので、そういった商品が並べられているところにメイは立ち止まり、あれやこれやと手に取ってみてみた。


「これはとんぼ玉?」


 小さな球形に色とりどりの模様が入ったガラス玉のようなものにメイは惹かれた。

 かなり凝った模様がそれぞれ入っていて、二つとして同じものがない。

 そして不思議なことに、色ガラスの細工物ならひもを通すための穴くらい開いてそうなものだが、それらの物にはなかった。


「ああ、とんぼ玉だな。」


 後ろからロージェが声をかけた。


「私が元いた世界でも花柄やマーブル柄、いろいろあったけど、ここのとんぼ玉は、どうやって作るんだろって不思議に思うくらい凝ってるね。」

「作る? とんぼ玉は龍の眷属の蜻蛉を狩ってその目玉を切り取った物だろ。」

「はっ?」


 二人の話がかみ合わない。


「ええっと……、とんぼ玉っていうのは色ガラスをいろいろ組み合わせて作られたアクセサリーなどに使用するビーズのようなもので……。」

「君の言うそれは『ビーズビジュー』のことじゃないのかな。とんぼ玉っていうのは精霊王の御所のふもとの魔物退治で手に入れる魔道具の素材の一つで……。」

「魔物退治……。」


 なんだか話が急にファンタジーじみてきた。


 魔物退治、やっぱりするんですか?


「いや……、これって触った感じがほとんどガラスなんだけど?」

「死んだあと解体すると縮んで、その大きさになって表面も硬くなるんだ。生きている時の目玉はそれの二、三倍はあるかな。」

「じゃあ……、実物の蜻蛉って大きさはいったいどのくらいに?」

 直径1センチくらいの玉をつまみながらメイは言った。

「そうだな、だいたいこれくらい。」

 と、ロージェは体の前で自分の胴と同じくらいの幅を両手で示した。

「いや、日本……、私がいた国ですけど……、そこじゃ指先にチョンと乗るくらいの昆虫ですよ。それが秋にはたくさん飛んで、まあ、そういう風景が見られるのも田舎くらいなんですけどね。」

「ずいぶんとかわいらしい大きさなんだな、君の国の蜻蛉は。」

 ロージェが感想を漏らした。


 いつも見慣れている昆虫が巨大になって飛んでいる光景。

 目の当りにしたら、ファンタジーというよりジェラシックパークを連想しそうな気がする。


 ロージェは話をつづけた。


「蜻蛉の飛んでいる近くには必ず龍が潜んでいて、それゆえ『龍の眷属』とも言われる生き物なんだ。目玉には確か……、どんな効果があったかな」



 龍の眷属?


 確かに元いた世界でも蜻蛉を英語でドラゴンフライと言っていたけど……。


「俺も昔狩ったやつを友人に加工してもらって首にかけているからね。」

 ロージェは襟のボタンを一つ外して首にかかったチョーカーのとんぼ玉を見せた。

 透明な珠の中で金と黄緑の針のような筋がマーブル状にいくつも絡み合っているものだった。

 よく見ようとして、メイは背伸びをし支えのために無意識にロージェの腕をつかんでいた。


「お邪魔だったかな?」


 リンデンが奥から出てきて声をかけた。


 彼の近くに立ちすぎていたことにメイが気づいて慌てて離れた。


「はは、冗談じゃよ。それはとんぼ玉じゃな。もしかしてお前さんも精霊王の御所近くまでいったことがあるのかい?」

「ええ、二年ほど前に。」

「そうかい、あそこはふもとを探索するだけでも他にはない珍しい魔道具の素材が見つかるからね。私も昔は自分でそれらを収集して売りに出していたもんだよ。」

 リンデンは懐かしそうに言った。

「精霊王の御所をはじめ、各地を巡り魔道具の素材や珍品を探したり、買い集めたりして売った。その時の縁で、東方の国で産出されるコランダムの卸を任されるようにもなり、今もようよう店を続けてられるのだけどね。」


 リンデンという店主はかなり経験豊富な魔導士であり冒険家であったようだ。


「話がそれたね。とんぼ玉のことじゃが、蜻蛉の近くには必ず龍がどこかに潜んでいる、ゆえにこの虫は『龍の眷属』と言われておる。実際、自分たちの縄張りに入ってきた侵入者を見つけて龍に報告しているのかもしれない。」

 監視カメラみたいな虫だね、と、メイは思った。

「ご利益はそういった性質にもとづいて、危機察知能力や真実を見抜く洞察力が向上すると言われておるんじゃよ。要するにより注意深く騙されにくくなる。個人差はあるがの。」

「優れた者なら底上げ率はかなりのものだが、そうでない者もそれなりにって言われたな。」

 ロージェが付け加えた。


「お嬢さんも気になった玉があればどうぞ。彼が持っているものと同じようにすぐに加工できますよ。」

「う~ん……?」

 とんぼ玉が並べられている箱を見てメイは思案する。

「素材と人にも相性があるからピンときたものを選ぶのが大事なのです。無いならそこにはあなたに合うものが無いということです。」

「ちょっと、わかりませんね」

 メイは答えた。

「こういうのはご縁ですからね。ぴったり合う素材が見つからないなら、見送って次を待つのも手ですよ。そうそう収納用の腕輪でしたね。女性用のが一つありました。」

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