第9話 被用者たちの宴
公爵に呼ばれた後、ロージェは東館に戻った。
使用人たちが使う食堂で夕食を食べていると、若い男性の使用人や騎士たちにつかまり、そのまま一緒に酒盛りとなった。
「聖女様ってどんな人?」
一人が質問してきた。
大邸宅となると役割も分担されており、彼女の顔すら見たことのない使用人も珍しくはない。
「俺も今日初めて会ったんだ。こっちが聞きたいよ」
ロージェは返した。
「聖女様なら、俺とほぼ同じ時期に雇われた娘が仕えてたよ。この前まで一緒に厨房の仕事をしてたんだけどな。おーい、ルイザ!」
ファビオと名乗っていた若い男が、食堂に入ってきた同年代くらいの若い女性二人連れに声をかけた。
巻き毛の小柄な少女が気づいて近づいてきた。
中肉中背の亜麻色の髪の少女も後ろから様子をうかがっている。
「こいつ、聖女様に雇われた護衛だってさ」
ファビオが彼女たちに言った。
「へえ、じゃあ一緒ね、仲間だ。私はルイザ。この子はハンナよ」
巻き毛の少女が言った。
「あのね、この屋敷じゃ聖女様じゃなくアイシャ様って呼んだ方がいいよ。なんだっけな、儀式の名が……」
もう一人のハンナと呼ばれた少女が口ごもりながら説明しようとする。
「列聖識別式?」
「そう、それが終わるまでは正式な聖女じゃないからって、けっこううるさく言われるの、執事のヴィンターさんやメイド長のレテさんに……」
「どっちでもいいじゃん」
ハンナの説明をさえぎりファビオが言った。
「そう思うんだけどね」
ルイザがため息つきながら反論しさらに続ける。
「あたしたちは十日ほど前から仕え始めたから、アイシャ様のことも実はあまりよくわかってないんだ。彼女が来られた時から仕えているエミリならもっとよく知っているだろうけど、なんか、頭痛がひどいからもう休むって部屋に戻っちゃった」
ルイザはわりと口がよく回る性格、それを時々横からハンナが補うという形が彼女たちのパターンらしい。エミリは今ここにいないのでわからないが。
「もともと、この邸宅には男性の公爵閣下しか、仕えるべき方がいらっしゃらないでしょ。奥様やお嬢様がいらっしゃるところなら女性のお世話に長けた侍女がいるだろうけど、いない状態でアイシャ様を引き取ったから、しかたなく、以前閣下の継姉さまがいらしていた時に、その末席で雑用のようなことをしていたエミリをお世話の責任者に任命したのよ」
ルイザが説明を続ける。
女性貴族というのは生まれた時から一蓮托生で仕え続ける侍女が普通は存在する。
彼女のためにこまごまとした世話はもちろん、衣装の手入れや化粧や髪結い。
女主人の美貌と知性を貴族社会でより効果的に魅せるための知恵と技術を身に着けた、専属のスタイリストやメイクアップアーティストの役目も期待される。
にわか仕立てで満足にノウハウも身につけていない使用人をあてがえば、仕えられている側にも不満が生じ、主人と使用人どちらにとっても不幸な結果となるのは、火を見るより明らかであった。
「アイシャ様のもともとの性格だったのか、エミリの世話の要領が悪すぎたのかはわからないけど、ひどい𠮟責のされ方で数か月我慢していたようだけど、とうとうエミリは、自分にはできませんってメイド長に泣きついて、私たちが補助に回ったというわけなのよ」
ルイザの話はさらに続く。
「エミリは何がアイシャ様の癇に障るのかわからないから、自分はもう絶対しゃべらないって言ってね、言いつけられたことに『かしこまりました』っていう以外はまったく口きかないの。私たちだけだとけっこうしゃべるんだけどね」
「でも最近はアイシャ様の様子が特におかしいよね」
ハンナが言った。
「確かにね、急に知っているはずのことをまた確認しだしたり、まあ、一番びっくりしたのは護衛を外から雇ったことかな」
ルイザも同意する。
「俺?」
びっくりと言われても、雇われたロージェとしてはどうすればいいのやら?
「なんか性格も変わっちゃったみたいに見えるわ。いつもキリキリした雰囲気に見えたのに、何となく最近…」
「今夜も仕事が終わって下がる間際に、私たち三人に貴族様御用達の化粧品を譲ってくれたりしてさ。まあ、自分の稼ぎじゃ買えないものだったからうれしかったけど」
ハンナが語り、ルイザがさらに詳しく状況を説明する。
「へえ、物をくれたりするのは珍しいの?」
「そうだね、エミリにも聞いたけど今までそんなことなかったって」
今までのアイシャには見られなかった言動の数々。
実はメイはギリー商会との面談から帰ってきてから、部屋にある化粧品を適当に見繕ってメイド3人に譲った。
読んだ物語の中ではアイシャはしょっちゅう使用人に罵声を浴びせたり、暴力までふるっているという記述があった。
自分がやったことではないのだけどとりあえず謝っておこう。
理不尽さは感じたが恨まれ続けてもつまらない。
それで今夜、仕事が終わって彼女たちが退出する直前に、お詫びとこれからもよろしくという意味を込めたプレゼントをした。
「次元を超えた衝撃でどうも情緒不安定になって、感情がコントロールできないことがあったの、ごめんなさい」
うん、そういうことにしよう。
そういう言い訳で納得してもらえれば幸いである。
素直に頭を下げればそれに付け込んで、謝罪が足りない、わびの気持ちがあるならもっと貢げ、などとねじ込んでくるクレーマーは少数派だろう。
以上の理由で、メイが三人に贈り物をし、その後、エミリは頭痛を理由に先に自室に引っ込んだのだった。
「違う次元って、帝国外から人がやってくるのとはまた違うのかな?」
「そりゃそうだろ。だから聖女に認定するとかなんとか言われてるんだろ」
男たちも口々に言っていた。
そうこうしているうちに厨房の長的な立場の者、アニスという名の中年の婦人が、あと半時間で消灯だから早く食べろとせかし始めた。
いつも午後十時過ぎに館の灯りを消すことになっている。
少女二人はしゃべるのをやめて座って食事を始めた。夕方にもある程度お腹に入れていたのだが、小腹がすいたので軽食を取りに来ていたのだった。
男性陣も立ちあがる者が出てきた。
飲む気満々の者たちは、消灯しても自室から灯りを取ってきて食堂に居座って飲むつもりである。
ロージェは、明日も早いので、と、いうことで退出し自室に帰った。
☆―☆―☆―☆-☆-☆
【作者メモ】
貴族など身分の高い女性の傍近くに仕え話し相手になったり身の回りの世話をしたりするのを「侍女」。家の中で様々な雑用を行う女性使用人を「メイド」という。
ルゼリア公爵家では、急場をしのぐためにメイド的立場の少女たちを
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