第8話 馬車の中で

「なるほど、腕輪の中の箱を床に置くと元の大きさに戻る、と」

 メイとロージェは馬車の中にいた。


 進行方向を向いた二人掛けの席しかないクーペ型の馬車に隣り合って彼らは座っている。

 床面積もそれほど広くない。

 四人乗りの大きめの馬車にすればよかった、それなら実演してもらえる広さがあったのに、と、メイは後悔した。


 バングルは上蓋が扉開の構造になっていて、中が三つに仕切られていて、それぞれ小さな箱が入っている。小さな箱を床に置くとそれが荷物を積められるくらいに大きくなり、中に必要な物を積める。そして箱に蓋をしてバングルをかざすと小さくなり中に収納されるのだ。

 腕輪そのものの金属加工と、物を自在に大きくしたり小さくしたりする魔力加工。

 どちらの加工も熟練の技が必要で、携われる人はそれほど多くないため、欲しがる人は多いが供給が追い付かず、かなり高値で取引される魔道具の一つである。


 ロージェは十五才で故国を出てオルムの学校に行くことになった際に、実家で購入してもらったものを今も使っている。


「でも、アイシャ殿の世界のポイなんとかみたいに、家や乗り物までは収納できないですよ」

「いや、それはあくまで、物語の中だけの話で、実際にものを小型化して携帯しているのは初めて見たんです」


 さらに話は続く。


 供給が追い付かないので、欲しい人は長ければ半年以上待たされることもしばしばらしい。お金は今「支援金」という名目である程度融通の利く状態のメイでも、半年先はどうなっているのかわからないので、手に入れることは無理そうだ。


「中古なら運が良ければ魔道具店に置いているかもしれない」

「魔道具店、どこにあるか知っていますか?」

「コランダム、つまりルビーやサファイアの装飾品を主に扱っている店の裏通り。扱っているのは魔道具だけじゃなく、コランダムの裸石の卸しもやっているところだけど、この界隈じゃ一番大きな魔道具店はそこでしょう」

「コランダム専門店と言えば、女性でも口座を開くことのできる多国籍機関がその近くにあったはず、そこにも行きたいのですよ」

 と、いうことで彼らの翌日の予定は決まったようである。


 任務においての詳しい要望もロージェはメイから聞いた。


 出かける際の護衛はまず基本として、明日の用事もルゼリア家の者には誰一人知られたくない形で行いたいので、出かけるのは二人きり。

 ゆえに小型の馬車の御者もやってほしいとのこと。


 さらにメイは屋敷内においてロージェにある行動を要請した。


 できるだけルゼリア家の使用人たちと仲良くなって様々な話をし、それをメイに教えてくれと、社交的な人物を求めたのはそのためだ、と。

「市井で日常話されていることを知りたいだけなんです」

 メイは説明した。


 内容は特定せず、無作為にうわさ話でもなんでも情報を仕入れ分析する。

 諜報でも時々やっていることだ。


 難しい任務ではないので了解したが、ロージェは昨夜、オルムにいるギリー商会の社長と魔道具を通じて話した事を思い出した。


「それにしても、ロージェ君は働き者だね。故国に帰っても依頼を引き受けるなんてさ」

「デビュタントボールの盛り上がりがおさまるまでは実家に近づきたくなかったもので、ちょうどよかったんですよ」

「話題の聖女だから、君の実家と無関係ともいいがたいしね」

「それはどうでもいいです」

「なんにせよ、お近づきになっていて損はない。ルゼリア公爵とのうわさも含め探りを入れておいてよ。本当にうわさどおりなら、未来のルゼリア公爵夫人を仕事で護りきって感謝され、さらに大口の仕事が舞い込むかもしれないしさあ」


 この人、俺をコネ作りのために利用しようとしている。

 風聞の裏どりって正規で依頼された任務と違って報酬出ないよな。


 考えているうちに馬車は邸宅の門をくぐった。


 門をくぐってすぐ離れの建物があり、さらに敷地内の道を進むと本館。両翼に西館と東館。その裏に庭園が広がり、あちこちに離れやあずまやが配置されている。


 馬車は本館入り口で停車し、二人は降りて屋敷内に入った。


 貴族の邸宅で本館に隣接して別館がある場合、必ずと言っていいほど、東側が使用人たちが居住する棟となる。主人たちより早く起きて仕事をするためには、朝日をいち早く目にすることのできる棟が都合がいいからだろう。

 メイは西館の自室へ戻り、ロージェは東館へと案内された。

 部屋に通され荷物を開けている途中、公爵閣下がお呼びなので本館の執務室に行くように、と、ロージェは言われた。


 執事に連れられて執務室に入ると、上背のある銀髪の男が待ち構えていた。


「君があの女に雇われたというギルドの隊員か?」

 部屋の主はロージェに尋ねた。


「ここに滞在するからには守ってほしいことがいくつかある。一つは食事や起床時間などここのやり方に合わせること。うちの使用人ともめ事を起こしたら、その時点でたとえ契約途中でも出ていってもらう」

 冷然と公爵は言い放つ。


「あの、一つ質問していいですか?」

 ロージェが口をはさんだ。

「なんだ?」

「聖女様と喧嘩でもしたんですか?」

「はあっ⁈」

「雇われた身で言うことじゃないかもしれないですけど、れっきとした騎士も常駐しているお屋敷で、なぜギルドの傭兵がやとわれるのかなって?」

「あの女の考えなどわからぬ。ド・フォールが報告したことを信じるなら、ここを出ていくときの準備らしい。それなら歓迎すべきことなのだがな」

「あの、うちの父親の話なんですけど、夫婦喧嘩をした場合、とりあえず男の方が謝るのが円満のこつだって。我が家だけで通じる決まり事か、と、思ってましたけど、円満な夫婦を見ていると確かにそういう傾向があるな、と……」

「何の話だ! もういい、あと、ここで見聞きしたことはむやみに外でしゃべらぬこと、いいな、もう行け!」

 不快感を隠すことなく公爵は言い放ち、ロージェに退出を促した。


 怒らせてしまったようだ。

 探りを入れるにしてもつっこみすぎたかな。

 即追い出されなかっただけ良しとするか。

 それにしても、ここで見聞きしたものを外にしゃべるなだって?

 そういうことは公爵家が正規に雇っている使用人に周知徹底させた方がいいんじゃないか。報道には使用人など内部関係者が見聞きしたような話が多々あったぞ。


 それから公爵が聖女を「あの女」呼ばわりしていることも気になる。

 あの言い方には完全に嫌悪及び侮蔑の感情があふれていた。

 仮に恋人関係がこじれたとしてもあんな言い方するか?


 と、いうことは報道自体がガセで、むしろ彼女は疎まれている存在、と、考えると、この依頼にも合点がいく。 


 まあ、俺は俺のやること、きっちり彼女を護衛するだけだけどな。

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