第7話 契約締結とポイポイカプセル。
「先ほどおっしゃっていた人柄の点でも依頼主様のご注文にかなうと存じますし、それに、けっこう男前でしょう」
この人グイグイ来るなあ、押しの強いセールスマンみたい。
メイがティリーの言葉を引き気味で聞いていると、
「おや、そのお顔は、彼が若いので不安ということですかな。本社に登録して約二年。まだ若手に分類されますが、剣や格闘の腕は一級品で護衛の任務も初めてではありません」
売り込みをかけられている男の方が恐縮し少し居心地が悪そうだった。
しかしティリーにはティリーの事情がある。
内容は「護衛および時々雑用」と、比較的単純な業務のはずだが「要注意案件」に分類されている。
というのも、依頼主『聖女』の保護先がルゼリア公爵家であり、れっきとした護衛騎士たちがつくにもかかわらず、わざわざこんな民間の万請負業に頼んできたその意図がよめないからである。
それゆえ「業務は単純、払いは良い」という優良案件にもかかわらずしり込みをする隊員が多くいた。その中で若いロージェが手を挙げたのも、外国帰りで公爵家の怖さを実感できないからであろう、と、他の隊員は考えていた。
だから、ロージェが断られると他に紹介する人材がいないのだ。
こいつで了解してくれないかな、と、ティリーは切に願って売り込みをかけている。
「いかがでしょうか?」
ティリーが尋ねる。
「そ、そうですね…」
メイは確認のためやってほしい仕事や期間をあげた。問題なさそうな返答をロージェからもえられたので、お願いします、と、いうことで、契約は成立した。
次に報酬の支払いの話になり、メイは持参した金を差し出した。
皇宮からの支援金はルゼリア家の家令のド・フォールが管理しており、買い物の際には聖女の名を出しルゼリア家に請求してもらうのが常だったらしい。
ド・フォールはメイが現金をもって外出するのに難色を示したが、メイはあきらめずつめよった。
ルゼリア公爵は聖女として認められるか否かにかかわらず、いずれ自分が出ていくことを望んでいる。それならばこちらも自立のため、自前の護衛や侍女を雇ってその時の準備をするのはおかしいことではないはずだ。だから、このたび新しい護衛を雇うつもりだが、それにはメイ自身が料金を支払わなければならないので、現金を用意してほしい、と。
ド・フォールはぶつぶつ言いながらも、翌日にはメイが要求した金額の現金を彼女に手渡した。この世界では紙幣が使われておらず、金貨や銀貨、あるいは銅貨が使われている。
三つの異なる素材の硬貨はそれぞれ大小あり、メイがいた世界と同じく十進法で計算されていた。
おおまかに説明すると、
銅貨小・一円
銅貨大・十円
銀貨小・百円
銀貨大・千円
金貨小・一万円
金貨大・十万円
に、対応するとみて差し支えない。
今回の依頼は前金及び成功報酬がそれぞれ金貨大三枚分。
人件費は護衛の人数×日数が金貨小の枚数で、今回は一か月弱一名なので、約三十枚分。
その他諸経費は金貨小三枚。
「すいません、これでおつりはあるでしょうか?」
メイは金貨大十枚をティリー・ノームに渡した。
「成功報酬は任務が完了してからでいいのでこれを」
十枚ある金貨からノームはまず三枚をメイに返した。
「それから隊員の日当と諸経費もあわせて三枚でかまいません」
さらに一枚メイに返した。
最初に高く値段を言っておいて、あとで負けてあげる形にして顧客にお得感を抱かせるのは商売人のあざといやり方だ。しかし、店の値札に書かれた値段をそのまま支払う経験しかしたことのないメイはちょろい客だったので、得した気分になって少しうれしくなっていた。
成功報酬はまた支援金からド・フォールに出させればいいし、金貨大四枚は銀行口座の資金にしようっと、などと、メイはメイで心の中でちゃっかり計算もしていた。
「では、私はこれで」
ティリー・ノームが立ち上がった。
「ロージェ、社への定期連絡は欠かさぬようにな」
そう若い隊員にくぎを刺すと三人分のお茶代を清算し先に店を出て行った。
さて、店に残された若い男女。
雇い主のメイと護衛役をおおせつかったロージェ。
依頼人を見てロージェがまず思ったことは、人のうわさや報道はあてにならない、と、いうことである。
新聞などの報道では長身で妖艶な美女となっていた。
目の前にいるのは、この国の女性の平均身長と同じくらいの細身の女、年はわからぬが十五・六才くらいに見えた。
報道や風聞で間違ってないのは黒い髪と瞳くらいだろう。
「えっと、ロージェさん。ルゼリア邸へ帰りましょう。護衛をお願いする間のあなたの部屋は、使用人の寝泊まりする棟に用意してもらっているので」
メイがとまどい気味に口を開いた。
「わかりました」
ロージェも立ち上がる。
「荷物は用意していないのですか? 必要なら帰る途中にあなたの家に立ち寄ることもできますけど」
「いや、用意しているので、このままルゼリア邸に向かって大丈夫です」
ロージェが答えたのに対しメイは首を傾げた。
「あの、一か月ほどの期間になるけど着替えとか大丈夫なのですか?」
「ええ、全部収納用の腕輪に収めているので問題ないです」
ロージェは左手首を少し上げ、白銀色の金属に艶消し加工がされた太めのバングルをメイに示した。
メイはまじまじとロージェの手首に装着されているものを見つめた。
「これは荷物を小型化して携帯できる腕輪ですよ。見たことないですか?」
「マジですか、リアルポイポイカプセル初めて見た!」
「へっ、ポイポイ…」
ポイポイカプセルとは、メイの元いた世界の人気漫画に出て来る便利グッズで、家でも乗り物でも、あらゆるものを小型化してカプセルの中に閉じ込め、スイッチを押しポイっと投げると元の大きさに戻るシロモノである。
漫画の中だけの空想の産物、それに似たものが今目の前にある。
「どうなってるんですか? どういう仕組みで荷物が小型化するんですか?」
メイは興奮した。
五歳児の甥っ子と同じような目で迫ってくるメイに、ロージェは少し驚いた。
好奇心が暴走しすぎて、メイはロージェの腕をつかんでいた。
そして我に返った時には店中の注目が自分たちに集まっているのに気づいた。
痴話げんかではなさそうだが、若い男女、特に女性側が興奮したような声を上げていたのだから、客たちの興味を引くのは当然だろう。
「で、出ましょう…」
恥ずかしくなり、メイはロージェを促して店を出た。
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